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お金は大事。

「うわ、気づかないうちにけっこう切っちゃってる」


 自分の体を見て、ところどころから血が流れているのに気づく。傷はどれも葉先がかすめた程度の微小なもの。致命的な直撃こそなかったものの、無傷とはいかなかったらしい。

 幹に叩き潰されなかっただけましか。

 私がこうして息をついているのは、あの嵐の及ばない空間へと抜けたからだ。ここは視認できる限りでは植物が見当たらない。

 心落ち着く。植物が目に入らないだけでこうも安心できるとは。


「安心はまだ早いと思うぜ。何せまだ試練の途中。第一の試練より第二の試練のほうが厳しいって、相場が決まってるもんだ」


 ダンジョン市場の常識なんて寡聞にして知らないけれど、熟練のトレジャーハンターが言うなら間違いないのだろう。

 まだ森を抜けたわけではない。安心は早い。


「そういえば試練試練って言いますけど、どうして? 旅人を試すような言い伝えは、この森にはなかったはずですけど」

「ああ、ついな。口癖みたいなもんだ。宝の前にある障害が、どうしてもオレに対する試練に思えちまう。お前はこの宝を手にするにふさわしいか、ってな」

「……難儀ですね」

「そうか? 楽しいぞ」


 そうなんでもかんでも試練ばかりだと、気疲れしそうだ。

 私なんて面倒くさがりなので、「そういうことなら結構です。辞退します。さようなら」とでも言ってあっさりと諦めそうなものである。


 基本的には楽して生きたいのだ。


 それならどうしてゴルドーさんについていくことを決めたのか。面倒くさがりなこの私が。

 私が流されやすい人間である、というのは的を射ていない。ましてや彼の言葉にほだされた、というのも違う。私の意志力は案外と強固なのだ。

 全ては打算的な計画のため。私は面倒くさがりでも、将来設計のできる面倒くさがりだ。

 ゴルドーさんは、思考に歪な部分はあれど、凄腕のトレジャーハンターであることには違いない。そういう噂を、彼が村で滞在している間に耳にしていた。

 だから彼についていれば、霊薬を手にする確率は非常に高い。


 一時の、多少の苦労を経て、霊薬を手に入れる。そして霊薬を売って大金に替える。

 これこそが楽な生き方だ。


「だが確かに、客観的に見て、ここは試練とは程遠いようだな」


 私が脳内で自論を展開していると、ゴルドーさんが呟いた。


「何か別の意思を感じるぜ」

「意思、ですか。万年樹の?」

「ああ。まあ大したことじゃないし、ヤツの考えなんぞ、侵入するオレ達にとっちゃあ関係ないが」


 そう言ってゴルドーさんは歩き始める。休憩はおしまいのようだった。

 私はだるい体を持ち上げて彼についていく。まだ完全回復とはいかないのだけど。

 外からでは霧と森林部分に阻まれて見えなかった地帯。周囲に木々はなく、開放的なものだ。

 視界は開けており、故に次の障害が目に入る。

 程なくして辿り着いた。


「これは……沼?」


 黄緑色で、粘り気があり、腐臭のする、生理的不快感の付きまとう感じの沼だ。間違っても入りたくはない。

 しかし行くべき場所は沼の向こう側にあるようだ。周囲をぐるりと沼で囲まれた、小島の中。


「む、これを渡るのか」

「どこかに橋とかありませんかね」

「あるわけないだろうが。舐めんな」


 何故か怒られた。


「う……この臭い、なんだか気持ち悪くなってくる」


 沼に近づくほどに不快感は増していった。水面から発生している瘴気を吸い込むと、鼻先が少し痺れる。なんだか顔が熱い。

 ゴルドーさんは沼の淵に屈んで観察をしているようだ。

 私も真似しようと、彼の方に寄っていった。彼と同様に屈んで、顔を近づけて。


 意識が、奪われた。


「――――――」


 わずかな空白があった。


「素人が。不用意に近づくんじゃねぇよ」


 ブラックアウトした世界の中で声がして、私は目を覚ます。目の前の光景は変わらない。どうやら一瞬だけ気絶していたようだ。

 瘴気から遠ざかろうと後ずさる。


「気持ちが、わるい……」


 私は胃の中からせり上がってくる液体を自覚して、それを足元に吐いた。酸っぱい胃液が、湿った土の上でびちゃびちゃと無様な音を立てる。

 吐き気が収まってきたころ、「水だ」という声と共に、顔の横に筒が差し出される。


「ありがとうございます……」


 目の前で散々な姿を見せておいて、今さら恥も外聞もない。私は受け取り、水を一気に呷った。


 うえぇ。気持ち悪い。もう嫌だ。帰りたい。家で温かいスープが飲みたい。お母さんが作ってくれる優しい味のスープ。飲んでお腹いっぱいになったらゆっくりとまどろみたい。そのまま朝が来るまで眠っていたい。とにかく動きたくないよぉ。

 それはさておき。


「毒沼。それも精神汚染系か」


 ゴルドーさんは呟きながら分析している。私ほどには瘴気の影響を受けなかったようだ。

 私も深呼吸をし、息を整えて問いかける。


「ふう……これ、どうするんですか?」

「どうするって?」

「どうやってこの沼を渡るんですかって聞いてるんです。まさか飛び越えるわけにもいかないし」


 沼の幅は一メートルや二メートルではきかない。幅跳びを二十回くらい繰り返してやっとたどり着ける距離だ。

 目の前に明らかな障害があって、その先に目的とするものがある。なら障害を何らかの方法で取り除くか、やり過ごす必要があるだろう。無視ができれば一番いいのだけど、この場合は望めそうもない。


「ああ、そんなこと……」


 けれどゴルドーさんに関して、私は考えが甘かったと言わざるを得ない。


「そんなことは関係ないだろう。行くべき場所が見えているなら、真っすぐ向かえばいい」

「うん?」


 聞き捨てならない、というか、聞いてはならない言葉が聞こえてしまったような。


「だから沼を泳げばいいだろ」

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