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 もう何年も母親はベッドに臥せっている。ひどい難病なのだそうだ。名前も原因も分からない、不治の病。

 今は遠くの町にある診療所で治療を受けているけれど、治る見込みはほとんどない。ただただ治療費だけがかさむ。払えるお金も残りわずか。

 誰もが口を揃えて言う。もう助からないと。

 でも、一つだけ母を病から救う方法がある。

 それが広大な森林にそびえ立つ万年樹のうろに溜まる霊薬。飲めばたちまち生命力が漲り、どんな病気でもどんな怪我でも無条件に直してしまうという。


「その霊薬をオレに取ってきてほしいと、オマエは言うわけだ」


 小道の先にあるのは無限に見える木々の群れ。寄り付く人を誘うように、その道は伸びている。

 少し見上げると、一本だけ異様に巨大な樹がある。世界創成と共に生えたとされる万年樹は、確かな存在感を遥か遠方から放っていた。並の木の数千本分はある幅と高さは、何度見ても距離感を狂わされる。


「名乗るのが遅れました。私はレイシー・クリードといいます」


 いつまでもオマエ呼ばわりはあんまりなので名乗っておく。


「オマエの名前はいい。問題は宝だ」

「……そうですか」


 そうですか。


「やはり、あるんだな? あそこには誰もが欲しがる秘宝が……!」


 大樹を見て、目をぎらつかせるゴルドーさん。元々は彼も霊薬を求めてきたのだろう。誰かを治すといった目的意識があるのかは分からないけど、彼の目には燃え上がるものがあった。

 いや、聞くところによると彼はトレジャーハンターだ。なら宝そのものが目的であることは明白か。


「あると、言い伝えでは……」

「なら、辿りつくまでの試練も?」

「……はい。多くの人が挑み、そして行方知れずになりました」


 誰もが欲しがる秘宝は、未だ誰の手にも渡っていない。それは森の中の道のりが困難なためだった。

 尋常でないほどの艱難辛苦。入ったまま出て来ない者は数え切れない。帰還した者も、大半が精神に異常をきたしている。ここ数年はそういった状態だ。

 だから本当は、霊薬なんてものがあるのかも疑わしいのだ。


「ははっ、いいねぇいいねぇ。ますます手に入れたくなってきたぜ」


 ゴルドーさんはニヤリと口を曲げる。

 死ぬかもしれないと聞かされて、なおも不敵に笑う。危険を前にして縮み上がらず、堂々として。

 この人になら託すことができる。


「私の母を治すすべは、もはや霊薬ぐらいしかないのです。お願いします。お礼はしますから、霊薬を取ってきてはもらえないでしょうか?」

「オマエ、危険な場所だって知ってるんだよな? それこそ病気にかかるまでもなく、簡単に命を落とすような場所だって」

「はい」

「それを承知で、縁もゆかりもないオレに頼むんだな? どうか自分の母ちゃんのために死の危険を冒してくださいって」

「……はい」

「ほうほう、なるほどなるほど……」


 手で口もとを触りながら、私を吟味するように眺める。

 思わず顔を伏せそうになったけど、我慢しなくてはならない。傲慢な頼みを押しつけるのだから、せめて誠意を見せておかないと。それが彼の冒険の役に立たないものだとしても。


「……うーん、無理だ。断る。オマエの言葉は聞けねぇ。残念だが諦めろ。帰れ」


 畳みかけるような断り文句だった。


 無茶な願いだということは分かっていた。他人の勝手な都合で茨の道を行けと強要するようなものだ。だから断られるのは仕方のないことではあるけれど。


「別にオマエにお礼ってやつが期待できそうにないとかじゃないぜ? オマエが一介の村人に過ぎないからってのも違う。誰が、どんな金品をちらつかせようと、オレは同じように断る」


 誰の依頼も受けない冒険者。トレジャーハンター。


「オレが宝を求めるのは、オレが欲しいからだ。それ以外の理由で冒険するなんざ御免だね」


 彼の言い分は非情なようでいて、どこまでも真っすぐな芯が通っているように思えた。

 自分が欲しいから、宝を求める。それだけ。なるほど、覆しようがなく、付け入りようもない。

 私は再度頼みこむ気にはなれなかった。食い下がっても意味があるとは思えない。

 ああ、やっぱりダメか。


「そうですか、分かりました。引き留めてすみませ――」

「だから、オマエが獲れ」

「……え?」


 予想した展開とは違った。

 このまま諦めて引き返すことになるか、ふと奉仕精神に目覚めた彼が依頼を引き受けてくれるか、そのどちらかだろうなと思って彼を引き留めた。

 それが……どういうこと?


「何をアホみたいな面で呆けてやがる。オレはオマエのためには宝を取らない。だがオマエは霊薬が必要だ。ならオマエが自分で獲ってくるしかないだろうよ。当たり前だろ」


 いや、ちょっと待って。

 危険な森だよ? 入った人が戻ってこれないほどの場所だよ? 私、何の準備もしてないよ? スカートとかはいてるよ?


「うるさい黙れ」

「私、何も口に出してないと思うんですけど?」

「表情がうるさかった。なんだ、人には危険なことを平気で頼むのに、自分はその危険を冒せないってか? テメエの母ちゃんのためだろ?」


 そうだけど。確かにそうなんだけど。


「でもそんな、無理に決まってるじゃないですか。普通に考えて一介の村人がそんな危険な森に入っても、無意味に死ぬだけですってば」

「安心しろ。オレはオマエを助けないが、オレが切り開いた道を歩くのはオマエの勝手だ。言っとくが、これはチャンスだぞ? このゴルドー・ワースが――超一流のトレジャーハンターが、冒険の先導をしてやるって言ってるんだ。他の有象無象どもとは格が違うこのオレが。……その気があるならついて来い。テメエの宝は、テメエで獲れ」


 すたすたと彼は先を行く。私のことなんか気に留めず、あくまでも勝手にしろと背中で言う。

 この人は、きっとこういう人なんだろうな。彼は他人に興味を持たない。自分の外側のものに左右されない。どこまでも意志の命ずるままに行動する。

 意志を見せろと、私にも要求して。

 私には二つの選択肢が用意されていた。すなわち、行くか、帰るか。

 私の意志は、何を命ずる?


「……ま、待ってくださいよおー」


 結局、私はついていくことにした。

 この瞬間は、私にとってちょっとした革命だ。彼のような人を知り、道のりを同じくすることは、後にも先にもきっとこれが最初で最後。


 つまりは気が迷ったという意味でしかない。


 波乱万丈な冒険、はじまりはじまり。気が気でないけれど。

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