最終話 神話の始まり
二ヶ月後。
カナメはアールリーミル城内の、聖堂ではなく王宮にいた。
きらびやかな純白のバルコニーから見渡せるのは、アールリーミル城下の街並みと抜けるような青い空だ。
カナメの背後では今、赤い絨毯が敷き詰められた広間の一室で立食パーティーが開かれている。
出席者は国王やその取り巻き、国王派の上位聖騎士にアールリーミル各州から招待された要人たち。
それだけではない。なんと聖女派の面々も全員揃っていた。
「主役がこんなところでなにをたそがれている?」
メイリーがカナメのそばまで来て声をかけた。
「別にたそがれていたわけじゃないが……。なんつーか、王様とか貴族とかああいうジジイたちと話をするのは疲れるんだ。みんな同じような事しか言わない」
酒に酔ったとうそをついて、なんとかパーティーから抜け出したのだ。
「それはそうだろう。今や世界中の権力者があなたの顔色を窺い、なんとか取り入ろうと必死だ」
メイリーの表情は晴れやかだ。会ったときのツンツンした様子はもうなくなっていた。
「まったく……迷惑なことをしてくれたもんだ。世界の守護者就任の祝辞? 俺にぶっ飛ばされた仕返しとしか思えん」
「ははは。そうかもな」
カナメはあのとき神に提案した。
世界の守護者に自分がなるのなら、もう魔王もモンスターも必要ないだろうと。それら一切をなくして、世界の人々が安全に暮らせるようにしてくれるのなら、なってやってもいいと。
今まで冒険者をしてきて、冒険者ギルドのマスターをしてきて、カナメは数えきれないほどの悲しみを目にしてきた。
モンスターの被害による悲しみがなくなってほしいというのは、カナメだけではない――世界のすべての人間の共通の願いだ。
神はカナメの提案を聞き入れた。
だがそこからが予想外の展開だった。
世界の守護者の前任者――遠い遠い昔から世界を守ってきたという始まりの四聖竜。彼らが再び王都上空に現れたのだ。
空を覆いつくすほど巨大な四聖竜の登場に、人々は大混乱に陥った。
雷竜ギルフォリグスが王都中に雷を降らせた恐怖の記憶はまだ人々から消えていない。
この世の終わりかと誰しもが思った。
しかし四聖竜は人間を滅ぼしにきたわけではなかった。
世界の守護者就任の祝辞。重責を引き継ぐカナメへの感謝と労いの言葉を言いに来たのだった。
どういう仕組みか知らないが四聖竜の姿と声は、王都だけでなくアールリーミル全州の人々に、同じ大きさで見え聞こえた。
世界の守護者がカナメであること。モンスターの脅威から解放されたのがカナメによるものであることが、一度に、同時に、世界中に、伝わったのだ。
カナメは英雄どころかまるで神のような扱いを受け、全人類を束ねるアールリーミル国王ですらカナメにへりくだった。
カナメの世界の守護者就任の仲立ちをしたのがテミアリスだとわかると、それまでないがしろにされていたテミアリスの権威も復活した。国王派と聖女派の対立はうやむやのうちに消え、今は国政と宗教それぞれのトップとしてお互い尊重し合っている。
「カナメ!」
バルコニーに新たな声が響き渡った。
振り返ればラキ、サナ、フェリン、スー、セスティナ、カエデ、リミリー、リエラ、リセッタ、サリアの<<守護の盾>>の面々。それに聖女テミアリスとオリアナとリーナの全員がやってきていた。
一人にしてほしいと言えばカナメを恐れ敬って国王ですら言う通りにするというのに、彼女たちにはまったく関係ないらしい。
今回は国を挙げての、カナメの世界の守護者就任式典だ。みんなも招待され、式典後のパーティーにも出席することになったのだ。
王宮の最上級の貴賓室に寝泊まりし、王からは無期限の滞在を求められた。
「あっ、メイリーさんずるい! 先にマスターを独り占めしてたんだ!」
フェリンはカナメの腕をがっしりと抱いてから、メイリーに非難の目を向ける。
「ちっ、ちがっ……別にそういうつもりじゃ……」
メイリーは顔を真っ赤にしてムキになる。
実はカナメはすでにテミアリス、メイリー、オリアナの三人とも夜を共にしている。
なんでも神のお告げで、カナメができるだけ多くの女性と関係を持つことが望ましいと言われたそうだ。カナメの【大守護】に進化の集大成を見出した神は、【大守護】の発動範囲の拡大を望んだのか、それともカナメの子孫にも同様の力を期待しているのか。
もちろんいくら神の意向とはいえ、それを望まない女性と関係を持つつもりはカナメにもなかった。だがテミアリスから神の意向だけではなく自分の意思でもあると言われてしまえば拒む必要はない。カナメへの想いはオリアナも同じだった。
メイリーも最初は恥ずかしがって仕方ない様子だったが、テミアリスとオリアナがカナメにべた惚れな様子を見てついにカナメの寝所を訪れるに至った。
それからというもの<<守護の盾>>の面々が王都へ来るまでの間ずっと、リーナも含めた四人と代わる代わる濃密な夜を過ごしていたというわけだ。
もちろんそんなカナメの女性関係に<<守護の盾>>のみんなが気付かないはずもなく、今ここにいる全員がそれぞれカナメとそういう関係であることを承知していた。
「マスター、私も……」「……」
サナとスーがカナメの腰に抱き着いた。
「カカカ、お主に一人になれる時間などない。覚悟しておくんじゃな」
少女姿のカエデがからからと笑う。
「そういえば……世界からモンスターが消えて、<<守護の盾>>はどうなってしまうのでしょう?」
リエラが首をかしげた。
「冒険者ギルド管理庁は解体されるかもしれませんね」
答えたのはテミアリス。リエラは目を見開いて驚いた。
「えっ、じゃあ私……クビになっちゃうんでしょうか」
「関係ないさ。前も言っただろ。そのときはうちの専属になればいいって」
笑うカナメにセスティナが言葉を挟む。
「しかしマスター、専属もなにも<<守護の盾>>自体存続できないのではないか? もう冒険者ギルドは必要ないのだろう?」
「<<守護の盾>>は解散しない」
「えっ!?」
全員の驚きの声が響いた。
「この世界は途方もなく広い。どこまでもどこまでも広がっている。セスティナが今まで探索してきた<<外>>なんてほんのごく一部だ。一生をかけたって探索しきれないくらいこの世界は広いんだ。ならせっかくモンスターがいなくなった今、その外の世界を見てみたいとは思わないか?」
テミアリスの手を取って神と通じ合ったあの一瞬、カナメは神の知覚の一部を共有した。それはテミアリスの聖女としての力の一端か、それともカナメが世界の守護者となるのに必要なことだからと、神が見せたヴィジョンなのか。とにかくカナメは人類の現在の生存圏が、世界の中において小さな点ほどの大きさしかないことを知ったのだった。
「あはは、そりゃ大冒険になるねー。たっのしみー」
リミリーが声を弾ませて言った。
「どれほど長期間に及ぶかわからない大冒険……。私が今まで稼ぎに稼いだ財産を投げ打つ日が来たみたいだね、お兄ちゃん」
リセッタが自信満々な顔で言う。
従者のサリアも静かにうなずいた。
「はい。姫様のお心のままに。さっそく必要な物資を手配させます」
「えっ、ええっ!? カナメさん、あなたは今や人類にとっての心のよりどころ。全人類の代表みたいなものなんですよ。アールリーミル七州諸侯はおろか、アールリーミル王ですらあなたには頭が上がりません。それほどの地位も名誉もすべて捨てて旅に出ると!?」
オリアナが必死な声で言った。
が、カナメの声は力強い。
「たしかにここしばらくの王宮での暮らしは贅沢と呼べるものだった。しかしどんな贅沢もいずれは飽きる。それに俺にはかけがえのない仲間たちがいる。お前たちさえいてくれれば他にはなにもいらないんだ」
カナメは一度全員の肩越しに大広間へと目を向け、小さく笑う。
「もうモンスターはいないからな。俺がいなくたって人間はきっと上手くやるさ」
「僕は、カナメがどこに行くって言ってもついていくよ」
ラキはなんでもないことのように言う。
「来るなって言ってもついてくるんだよな」
「もちろん」
さわやかに即答するラキ。
他の面々も期待に胸を膨らませた表情で微笑んでいる。
カナメがこの話を切り出した瞬間から、全員、自分たちがついていくのは当たり前だと確信しているのだ。
「よーし! みんなよく聞け! バレたら激しい引き止めに遭うのは確実だからな。しっかりと作戦を立てて準備をして確実に脱出する。わかったか!!」
「はーーーーーーーーい!!」
全員の歓声が重なった。
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そしてカナメたちは人類圏を脱出し、<<外>>の世界へと出発した。
リセッタが用意した物資はなんと最大級の荷運びゴーレム七体分で、たとえ途中で補給がなくとも十年はもつほどのものだった。
カナメたち一行はその後長い長い旅路の果てに、楽園としか思えないような豊かな土地を発見し、そこに住み着いた。
カナメが去った後の人類は、カナメに続けとばかりに<<外>>へ向けて開拓範囲を伸ばし、モンスターに脅かされない新たな土地に我先にと家を建てた。
しかしモンスターという共通の脅威がなくなれば、どうしてもお互いで争ってしまうのが人間の性。
アールリーミルの七つの州はそれぞれ独立を宣言して<<外>>へ領土を拡大し、競合する他の州と戦争を開始した。
責任ある立場にいたためカナメの一行について行かず泣く泣く残っていたテミアリスとオリアナ、メイリーは、この七州戦争に巻き込まれた。<<外>>への接地面を持たないアールリーミルは領土拡大に乗り出すことができず、苦しい戦いを強いられることになる。
メイリーとオリアナは、テミアリスを安全な場所へ逃がす口実で共に<<外>>へと脱出。カナメの足跡を辿った。
カナメは楽園に建国した自分の国にテミアリスたちを迎え入れた。
その後カナメは大勢の妻と子孫に囲まれて幸せに暮らした。
最初は村のような規模だったその国は、やがて争いから逃げ延びた人や迷い込んだ人たちも迎え入れるようになり、栄え、大きくなっていった。
その国の名前は<<守護の盾>>。国旗の図柄は盾とそれを囲む光輪だった。
そして――あとは神話に語られることとなる。
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