世界の守護者
カナメが【大守護】発動条件下で使うことのできるスキル【大魔道師の影】は、呪いや毒、その他あらゆるマイナス効果を他者へ移し替えることができる。
ではカナメにかかった効果がマイナス効果だと判断されなかったら?
それが魔王討伐後のカナメに起こった。
魔王を倒した者は次期魔王となり、魔王城に永遠に束縛される。その魔王化の呪いと束縛の呪いは【大魔道師の影】により【疑似生命流体】に移し替えられた。
しかし魔王の持つ権能――自らが定めたルールを破る者を塩の柱に変えるという能力は、マイナス効果ではないのでそのままカナメに残されたのだ。
スキルではないから今まで他者に知られることのなかったカナメの奥の手。あまりにも致命的なので結局今まで使わずじまいだったそれを、テミアリスは知っているらしい。
全員の視線が今度はカナメに注がれる。
「待ってくれ。俺は魔王じゃない。たしかに魔王を討伐はしたが、俺は魔王にはなっていない」
「なんだと? 魔王を討伐したのはリーナではないのか? 魔王になるとはどういうことだ?」
魔王を倒したのは表向きリーナということになっていた。魔王化の呪いについても知らないメイリーは困惑するばかり。
これにはリーナが答える。
「実は……そうなんです。いつのまにか私が倒したことになっていて、言うタイミングを逃したままどんどん話が上へ……国王様の耳に入ってしまっては、もう訂正するわけにもいかず」
「カナメさんは魔王ではありません。ですが……それが問題なのです」
悲しそうに眉を寄せるテミアリス。
「どういうことだ?」
「まずは魔王がどういう存在なのか、そのことからお話しなくてはなりません」
「聞かせてくれ」
テミアリスは話し始めた。
今まで聖女以外、世界の誰も知ることのなかった世界の真実を――。
「神様はこの世界を作ったとき、世界を守護する存在を作りました。それが始まりの四聖竜。雷竜ギルフォリグス、炎竜グアラス、氷竜シリヘス、地竜ゴドドゥスです」
「始まりの四聖竜……」
この間王都上空に出現し、カナメがぶっ飛ばした巨大竜のことだ。
テミアリスは苦笑いを浮かべる。
「カナメさんが彼を殺さなくてよかったです。四聖竜は世界を守護する存在ですからね」
「にしてはずいぶんと人間に対して敵対的だった気がするが。俺の話をまともに聞いてくれなかったぞ」
「それには理由があるのです。神様は世界を守護する者の候補として、新たな生物を作りました。それが人間です。人間は四聖竜に比べるととても非力でしたが、進化する力が与えられました。最初から完成されていた四聖竜にはない力です」
「聖女様……そんなお話、私たちに聞かせてよかったのですか?」
メイリーは深刻そうな表情で問う。
それもそのはず、今テミアリスが語っているのは世界の誰も知らない重要すぎる秘密だ。
「問題ありません。いいえ、むしろ聞くべきなのです。またあのときのような過ちを繰り返さないためにも」
「過ち?」
テミアリスはカナメをしっかりと見てうなずく。
「ええ。神様の期待に反して人間は自身を鍛え進化するどころか、知識の探究に溺れて、魔法をスキルとして獲得するのではなく、魔力を使った道具技術の研究にばかり没頭していったのです。その知識欲は聖なる存在――四聖竜にも向けられました。人間は竜族と敵対。彼らを捕獲し、竜族の力の秘密を探ろうとしたのです。四聖竜は怒りました。人間は一度文明を破壊され滅ぼされかけたのです」
そういえばカナメがセスティナと探索した遺跡にもドラゴンが囚われていた。あのドラゴンも古代の人間の手によってあそこに閉じ込められていたのかもしれない。
古代の装置で王都に呼び出された雷竜ギルフォリグスは、人間が約定を忘れたと言って怒っていた。
テミアリスがこの話をカナメたちにすることを決断したのは、そのことも関係しているのだろうか。
「そんなことが……」
オリアナも当然初耳だったらしい。顔を青くして震えている。
「カナメ……」
リーナもすがるような顔でカナメの袖を掴んだ。
「事態を重く見た神様は考えました。そして魔王を作りモンスターを作りました。モンスターに人間を襲わせ、進化を促すことにしたのです。人間は常にモンスターの脅威にさらされるようになりましたが、次第に多様なスキルを発現させ、強くなっていったのです。四聖竜と竜族は人類と不可侵の約定を結び、いずこかへ消えてゆきました」
「魔王は神が作った……」
テミアリスは再びうなずく。
「ええ。魔王はモンスターの湧きを調整し、人間を襲う頻度を調整する管理人のような存在だったのです」
「そんな……冒険者が必死になって倒そうと立ち向かい続けた魔王が、神様の側の存在だったなんて……」
リーナはショックを受けたような顔をする。
しかしカナメにはどこか納得できる部分もあった。魔王の力の一部が体に宿っている今なら分かる気がする。
「対象を塩の柱に変える力。邪悪な力だと考えるには少し妙だとは思っていたんだよな……」
「その力がカナメさんに宿ったことで、魔王のシステムに異常が発生しました。通常魔王は万が一倒されたとしても、倒した者が次の魔王になるはずでしたが、カナメさんに力の一部が移ったことで次の魔王が現れず、不在となったのです。結果、モンスターの湧きは調整されず、人間を襲う規模も異常なものに……」
「待ってくれ。まさか……ルメルニリア州モンスター大襲撃の事件、それに今回ミルタをモンスターの大軍が襲ったのは、俺が原因だって言うのか!?」
オリアナとリーナが気遣うようにカナメの手を握る。メイリーも気の毒そうな顔を見せる。
テミアリスも気遣うような声色で続ける。
「結果的にはそういうことに……ですが、カナメさん自身が知らなかったのですから、責任はありません。私がもっと早くお伝えできていれば、二つの大襲撃はもっと違った形になっていたのかもしれません。ですが私は神様の代理人。神様の意思を無視するわけにはいきません」
神の意向がなければ勝手にカナメに真実を伝えることもできなかったということだ。
つまりテミアリスがカナメを王都へ呼んでこんな話をするというのは、神の意向でもあるということ。
(そうだ。テミアリスは言っていた。お告げがあったと。それを伝えるために俺を呼んだと言っていた)
「神の意思……お告げか。聞かせてくれるんだろうな?」
テミアリスはカナメをまっすぐ見据える。
そしてたっぷり間を開けてから、重々しく言った。
「カナメさん、神様はあなたに――世界の守護者になることを求めています」




