フェリンとスーの気持ち
幸いなことに三人とも命に別状はなく、受けたダメージも完全に回復可能だった。
呪いを【疑似生命流体】に移し替えたおかげで回復したフェリンは、目に見えて楽になったようだった。
「もう大丈夫。すっかりよくなったみたい」
「ダメだ。まだ寝てろ。自分が大丈夫だと思っていても、まだ安心はできない。今はゆっくり休むのが冒険者としての仕事だ」
ギルド三階の空き部屋の一室。
ベッドから起き上がろうとするフェリンを諭して止める。
「ごめんねマスター、何から何まで……」
苦笑いするフェリンはやっぱりちょっと元気がない。今日のピンチは相当堪えるものがあったのだろう。
しかし表情すら作れず死んだように土気色だった戦闘時よりは、生気が戻っていた。
「ゴブリンは非力だが数が集まれば脅威になる。道具を使う知性もあるし、あれだけの大軍となると厄介な相手だ」
それにゴブリンシャーマンは特殊な魔法や呪術を使う。サナたちでは荷が重かったはずだ。
「マスター、本当にありがとうございました」
スーとサナもぺこりと頭を下げた。
「いいって。それよりお前たちが無事でよかった。……本当に」
カナメの言葉に、サナはくすぐったそうに微笑んだ。
この様子なら三人とも、大丈夫そうだ。
カナメが本当に心配だったのは、体よりもむしろ心のほうだった。
あれだけの過酷な状況を経験すれば、心が折られて二度と戦うことができなくなってもおかしくなかったからだ。夢を胸に抱いて冒険者を目指す彼女たちの未来は、こんなところで閉ざされてはいけない。
「それにしても、マスターが来てくれるなんて思わなかった。マスターって凄いんだね。信じられない」
フェリンに、どこか夢見るような眼差しで見つめられてしまう。
「お前たちにはまだ話していなかったな。俺の【大守護】のことを」
カナメは三人に話して聞かせた。
カナメが守りたいと強く思う相手に危機が訪れた際、発動する能力であること。【大魔道師の影】の制限が解除されて様々な超上位魔法を使うことができるようになること。【空間転移】もその一つだということ。
「守りたいと強く……って、私のことを……マスターぁぁ……」
「はわぁー……」
フェリンとサナの様子がおかしい。目をうるうるさせて、熱に浮かされたみたいにカナメを見ている。
「スー?」
スーは顔を真っ赤にしてうつむいてしまっていた。
なにかヘンなことを言ってしまったのだろうか。
気を取り直すように咳ばらいを一つ。
「言っておくが俺の【大守護】はあくまで危機に反応するものだ。いつも都合よく間に合ってお前たちを助けてやれるとは限らない。それは理解しておいてほしい」
今まで【大守護】を秘密にしていた理由だ。もしも【大守護】をアテにして無茶な行動を取ろうとしたら、それはとても危険なことだからだ。
「マスター、私たちだって冒険者。自分の命の責任は……自分で持つ」
顔を上げたスーは真剣な目をしていた。
「そうだよ。マスターはすぐに驚くことになるんだから」
カナメは片方の眉を跳ね上げた。
「それは?」
「成長して、偉大な冒険者になって歴史に名を残す……私たちの勇姿に」
にっと笑うフェリン。
もう安心だろう。
カナメも笑顔を返した。
「楽しみにしてるよ」
カナメはもう一度三人を見て言った。
「じゃあ今日はもう遅い。フェリンは泊っていくといい。そうだ、スーはどうする?」
ギルドに寝泊まりすることになったサナは別として、たしかフェリンとスーは二人ともこの町で宿を取っているはずだ。
「私も……今日はここで」
部屋にベッドは二つあった。
「そうか。じゃあ俺は向かいの部屋だから。なにかあったら呼んでくれ」
「おやすみなさい」
カナメとサナは二人を残して部屋を出て、それぞれ自室へと戻った。
(今回は間に合ったからよかったが……)
自室に戻って明かりを消し、ベッドに寝転がったカナメは、窓から覗く大きな月を眺めながらつらつらと考えていた。
(即死するような状況の場合、【大守護】が間に合わないこともある。死の危険は当たり前のように冒険者に付きまとうものだが……あいつらがもし命を落とすようなことになったら、俺は……)
「ふん……」
心に忍び寄った不安を振り払うようにひとつ息を吐いた。
そこへ、部屋のドアがノックされる音。
「ん……」
誰だ、と一瞬思ったが、すぐにわかった。入ってきたのはフェリンとスーだった。
「どうしたんだ、お前たち」
「あ、あの……マスター」
フェリンは視線をずらしてもじもじと指を絡めていた。
元気いっぱいの普段からは想像もできないような、なんというか恥ずかしがってるような感じだ。
「なんだ? 体調が悪いのか? やっぱり呪いの後遺症か何かか?」
「ち、違うの……そうじゃなくて……」
なんなんだと思った次の瞬間、スーの口からとんでもない言葉が飛び出した。
「抱いて欲しい。私たちを」
「は?」
カナメは思わず間が抜けた声を出してしまった。
「今日助けてもらって……マスターすごくカッコよかった。私、なにかお礼したくって……だから……」
「バカっ、お礼ったってそんなお前……。それに俺は別にそういうつもりで助けたんじゃない。ギルドマスターとして当たり前のだな……」
突然こんなことを言われれば誰だって慌てる。カナメは自分の声が少し上ずるのを感じた。
「違う。ただのお礼でこんなことを言うと思う? フェリンもややこしくしない。ちゃんと素直に自分の気持ちを伝えなきゃ」
「え」
思わずフェリンを見た。
フェリンはなんと両手で顔を覆ってしまった。恥ずかしさに耐えらえられないとばかりに。
「……好き。大好き。だから……」
あまりにもまっすぐな告白。なんて答えればいいのか迷い、一瞬間が開いてしまった。
沈黙に耐えかねたようにフェリンがぽつりと。
「それとも……やっぱりラキさんが」
「なんでここでラキの名前が出るんだ」
「だってマスターは……」
「やめろやめろ。あいつとはただのくされ縁だ。関係ない」
ここでラキが男だと明かしたらこいつらはどんな顔をするだろうか。
「じゃあ――」
フェリンの目に期待の色が宿る。
女の子にここまで言わせてしまったのだから、覚悟を決めなければならない。
「あ、ああ。わかった。でも……なんでスーまで」
スーは顔をうつむかせて小さく言った。
「そんなの……私も……だからに、決まってる。……大好き」
「私たちの――」
フェリンとスーの言葉が重なる
「「初めてをもらってください」」
もう言葉は必要なかった。
カナメは二人と夜を共にした。