リーナと再会
カナメはセスティナやラキやサナの回復を待たずに再び王都へ【転移】した。
町に残りたい気持ちも少なからずあったのだが、オリアナが戻って欲しいと懇願したのだ。
聖女テミアリスとの約束のことだ。カナメは治療に参加できないし、なら【転移】が使えるうちに用事を済ませてもいいだろうと思った。ミルタに残っても、あの様子では町の人たちはカナメを放っておかないだろう。<<守護の盾>>の仲間たちくらいならいいが、町中の人に囲まれてお祭り騒ぎになってしまったらかなわない。
出て行ったときと同じテミアリスの部屋へ直接【転移】したカナメを迎えたのは意外な人物だった。
「カナメ!!」
「うわっ! リーナ。どうしたんだいきなり」
【転移】ゲートを出るなりリーナに思い切り飛びつかれる。
「カナメさんが出て行ってすぐ、入れ違いに来たんですよ。血相を変えて」
テミアリスは落ち着いた様子で説明した。
カナメがこの部屋を後にしてから、まだ二時間も経ってはいない。テミアリスとメイリーはそのまま部屋でくつろいでいたのだろう。
メイリーは憮然とした顔だ。
リーナはカナメの胸に顔を埋めて泣きじゃくる。
「カナメ! カナメカナメカナメーーー! 私、カナメが王都に来てるって聞いて。でも聖女様は入れ違いで帰ったって言ってて……。会いたかった! 私、ずっとあなたに……うっ、ううーーっ」
「お、おいリーナ……お前な。少しは人目を気にしろ」
「だってー……」
一度素直になってからのリーナは、本当にでれでれと甘えるようになった。
(ま、そこがこいつの可愛いところでもあるんだけどな)
ちらりと後ろに目をやれば、オリアナは顔を赤くして恥ずかしそうにしていた。目は見えないはずだがリーナがカナメにべったり抱き着いて甘えている状況はわかっているらしい。
「……まったく、男に抱き着くなどはしたない。部屋へ来たときもそうだ。聖騎士ともあろう者が、あのように聖女様の部屋に飛び込んできて……礼をわきまえるべきだ。聖女派だからといって調子に乗りすぎなのではないか?」
咳ばらいをしてから、説教じみたことをぶつぶつと言うメイリーの顔は、オリアナに負けじと紅潮していた。もしかしたらメイリーもこういう状況には慣れていないのかもしれない。
「その聖女派というのはなんだ?」
カナメはリーナの頭をなでながら、その肩越しに訊いた。
答えたのはメイリーではなくオリアナだった。
「今神聖騎士団内は、国王派と聖女派に分かれて対立……というほどではありませんが、あまりいい関係ではありません。国の実権のほとんどは王が握っていて……聖女様は厳しいお立場に立たされているのです。お姉様と私を除いてはリーナさんと、他には数名しか味方がいません」
メイリーは腕を組んでため息。
「だから私は聖女様の護衛を外れるわけにはいかないんだ」
テミアリスは意外なほど苦しい立場にいるようだ。
カナメを英雄として迎えると言っておいて、国を挙げての歓迎式など一切なかったのも、その辺の事情が関係していそうだ。
お飾りの聖女――そんな言葉が頭に浮かんだ。
(本人の気性なのかもな。権力や政争と言った言葉が似合う感じじゃなくて……親しみやすさを感じるというか)
「聖女とは言っても、実は結構暇なんです、私」
テミアリスはそんな自分の立場を気にしている様子もなくさらりと笑っている。
「リーナ、ちょっと離してくれるか?」
顔を上げたリーナは不満そうだった。
「せっかく久しぶりに会ったのに……」
「ああ、俺も会いたかったよ。本当だ」
とたんにふにゃっと顔が緩むリーナ。
「えへへー」
にっこり笑ってから、ようやくリーナはカナメを解放した。
「仲がいいんですね。うらやましいです」
テミアリスが笑みを浮かべて言った。
「聖女様っ!」
なにを勘違いしたのかリーナが叫んだ。
「私はずっと聖堂内で暮らしていますからね。恋もしたことがないのです。ですからお二人のような関係には憧れます」
素直に話すテミアリスからは、聖女という肩書は想像もできない。
「なんだかそうして笑うと、聖女様も普通の女の子って感じだな」
恋に恋する乙女といったところか。
「ええ、そうなんです。ですから私のことは聖女様ではなく名前で呼んでくれませんか?」
「聖女様……」
「あなたもですよメイリー。お友達になって欲しいと、何度も言っているではありませんか」
「ですからそれは……」
テミアリスが少し頬を膨らませると、メイリーはたじたじといった様子だ。
カナメはテーブルを挟んでソファーに座り、テミアリスと向かい合った。オリアナとリーナもそれぞれカナメの両側に座る。
「さて、じゃあ話の続きか。テミアリス、さっきは急な用事で席を外してすまなかったな」
さっそく名前呼びになったカナメにメイリーは非難の目を向けるが、なにも言って来なかった。
「なんでもないことのように言うんですね」
くすりと笑うテミアリス。
「だって今お前がそう呼べと……」
「違いますよ。十万を超えるモンスターの軍勢を打ち破ってきたというのに、まるでちょっと散歩にでも行ってきたというような感じだったものですから」
「なっ――」
さすがにカナメは驚いた。
【大守護】の発動条件はテミアリスも知っているのはわかっていた。が、詳しい危機の内容については知らないはずだ。
「そんなことまでわかるのか」
「はい。そして今回のような大襲撃が今後も起こりうるということも」
「なんだって!?」
ミルタを襲ったモンスターの大襲撃は、過去をさかのぼっても前例のない規模のものだ。それが何度も起こるというのは、にわかには考えられない。
(待てよ……)
カナメは思い至る。
ルメルニリア州大襲撃の事件だ。
人類史上ほとんどないような大襲撃が、今回と合わせて立て続けに二回も起こっている。これを偶然と片付けることはカナメにも出来なかった。
テミアリスは少し目を伏せて、口元から笑みを消した。
「そしてそれは……カナメさんにとっても無関係ではありません」
「それは――」
全員の視線がテミアリスに集まる。
「カナメさんに宿る【大守護】とは別のもう一つの力。魔王の権能についてです」




