町の危機
【転移】ゲートをくぐった先の光景に、さすがのカナメも息を飲んだ。
「これは……」
地平を埋め尽くすようにモンスターの死体が、どこまでも続いている。
見回す限りの死体、死体、死体。
そして唯一この場に立っているモンスター――筋骨隆々の体と口から大きくはみ出た牙と濁った黄色い目のオーガが、斧を振り上げていた。その振り下ろす先には――倒れている人間の女性。見間違うこともない、セスティナだ。
「間に合え!」
カナメの体から噴き出した【疑似生命流体】は凄まじい勢いでモンスターへと殺到する。セスティナに突き刺さる寸前のところでその斧を止めることができた。
「グオオ……グガガ……ガ……我は厳岩のザイクス。この程度の攻撃、屁でもないわ」
モンスターは【疑似生命流体】に背中を貫かれてなお言葉を紡いだ。ただのオーガではなかった。言葉を話す上位種だ。
どうやら耐久特化。【疑似生命流体】の一撃を耐えるとは、セスティナが倒しきれなかったのもうなずける。
しかし――。
『【大守護】発動中。対象の耐久力を確認。攻撃に【神光剣】を選択』
【大魔道師の影】が自動で最適な攻撃方法を選び出す。
モンスターの頭上に出現した【神光剣】の白い輝きは、そのままその頭部を刺し貫いた。
モンスターは悲鳴を上げる暇すらなく脳を潰されて絶命。直後に【神光剣】の効果によって光の粒子に分解された。
どうやら今のがこの辺り一帯の最後の一匹だったらしい。立っているモンスターは他にいない。
「うっ……」
オリアナは顔をしかめて口を押えた。辺りにはむせ返るような血の匂いがしていた。
「大丈夫か?」
「はい。……すみません」
一応声はかけたものの、今はオリアナを気遣っている余裕はない。
カナメは倒れたまま動かないセスティナへと駆け寄った。
「うぅ……」
下着姿のセスティナはかろうじて息があるという状態だった。
すぐに【疑似生命流体】で包み込んで人工の魂を染み込ませる。これでもし命を失うようなことがあっても【疑似生命流体】が体に満ちている限り、それが身代わりとして機能してセスティナが死ぬことはない。
セスティナがうっすらと目を開いた。
「マ……スター……」
「無理にしゃべるな。すぐに<<守護の盾>>に連れてってやる」
セスティナは抱き起そうとするカナメの腕を掴んだ。その手には意外なほど力がこもっていた。
「すまない……。おそらく一割程度の数は……減らせたはずだが……残りが……」
(この途方もない数のモンスターの死体、これで一割!?)
となると残りのモンスターは……。
(まさか……)
答えはすぐにもたらされた。
「町が……ミルタが危ない……すぐに……」
セスティナは意識を失った。
「セスティナ! セスティナ!!」
どうやらセスティナは疲労とダメージの蓄積が激しい。すぐに安全な場所で治療を始める必要があった。
カナメは再び【転移】ゲートを開いた。
セスティナを抱えたカナメとオリアナは<<守護の盾>>へと【転移】した。
<<守護の盾>>三階廊下へ出るなりすぐに空き部屋のベッドにセスティナを寝かせた。
「サナ! サナーーーー!」
【ヒール】をかけてもらおうと声を上げるが、返事はない。
カナメは三階各部屋を回るが、すべての部屋がもぬけのからだった。
一階に降りたカナメを待っていたのは泣きそうな顔をしたリエラ。
「マスター!!」
「なにがあった?」
「モンスターの襲撃です。リミリーさんが周辺の村々から逃げる人々を先導して、ミルタへその報をもたらしました。ほとんどすべての村の住民がミルタに入るのと同時に夜が明けて……地平の向こうにモンスターの影が……。そしてそれはすぐにとてつもない大軍団となって現れました。今は<<守護の盾>>の全員が迎撃に向かっています」
「そうか」
「ごめんなさい……。私は戦うことができないので……一人でここに……」
泣き出しそうな顔のリエラの肩にそっと手を置く。
「俺を待ってたんだろ? おかげで状況を知ることができた。ありがとう」
「マスター……」
リエラは涙のにじんだ目元を拭った。
バン!
入り口の扉が勢いよく開いた。
サリア他数人の人間を伴って駆け込んできたのはリセッタ。カナメの姿を認めると驚きと喜びが混じった顔をした。
「カナメお兄ちゃん!」
「リセッタ。けが人だ。お前の部下に治療ができるやつはいるか? 【ヒール】使いか、もしくは医者だ」
リセッタは力強くうなずく。
「今連れてきたとこ」
「助かる。三階だ」
モンスターの襲撃、そして仲間たちが全員迎撃に出たとなれば、絶対に治療要員は必要になる。それを見越して行動していたのだろう。さすがと言う他ない。
カナメはすぐに【転移】ゲートを開く。今度の行き先は町の外だ。
「オリアナ。いざとなったらお前の力も借りるぞ。聖騎士第三位の力――見せてくれ」
「もちろんです」
カナメとオリアナは【転移】ゲートをくぐった。




