モード【執行者】
セスティナの脳裏にルメルニリア州モンスター大襲撃の事件が思い出された。
これではまるであの事件の話と同じではないか。
数万……いや数十万? どれだけの数なのか予想もつかない。
とにかくわかっているのは常軌を逸した恐ろしいまでのモンスターの群れが、地平を埋め尽くしてうごめいているという事実だ。
(モンスターの流れの方角……まずいぞ!)
モンスターは決まった動きをしているように見えないが、それでもなんとなく西から東へと進んでいるように見えた。
そしてそれは人類圏――<<守護の盾>>のあるミルタの町の方角なのだった。
セスティナは<<守護の盾>>の仲間以外のミルタの住民とそれほど親しかったわけではない。それでもセスティナに良くしてくれた町の人の笑顔はすぐに思い出すことができる。
(これだけの大軍。突っ込めば死ぬ。そんなことはわかりきっている。なのに私は……)
セスティナは先ほどまでのモンスターとの死闘で血濡れのままの大剣を足元に落とした。
背中の大鎌も、戦槌も、斧も、弓も、槍も、刀も、杖も、腰に差した短剣まですべて足元に落とす。
(マスターが助けに来ることを期待しているのか? いいや、一度助けられたからその次もなどと甘い考えは持つまい。それにたとえマスターでもこの数のモンスターはどうすることもできないだろう)
心の中で自問自答しながらセスティナは装備を次々と外して足元に落としてゆく。
胸当てやベルトやスカートまで全部脱いで、白い下着だけの姿になる。
(なのになぜ私は装備を脱ぎ捨てる動作に迷いがないのだろう。死ぬとわかっていてなお――)
セスティナは顔をうつむかせて目を閉じる。その口元に笑みが浮かぶ。
怖くないわけではない。死の恐怖より人々を守りたい気持ちのほうが勝っただけだ。無駄なあがきにしかならなくとも、一匹でも多くのモンスターを倒して数を減らす。
「マスター――いや……カナメ。愛しい人よ。もし力尽きこの身滅びることがあれば、そのときは今度は私が天からあなたを守り続けることを――誓う」
決意の瞬間。セスティナの脳裏に浮かんだのはカナメの笑顔。
背後に気配。
「ガアア……ニンゲン……ニンゲンンンン! 女ァ! グギヒヒヒ!」
いつの間に忍び寄っていたのか、新手のモンスターだ。
人語を話せる上位種モンスター。普通なら百名以上の特別な討伐隊でも編成して戦うような人類の脅威だ。しかし――。
「っ――――!?」
筋骨隆々の灰色の体は、セスティナが振り向くと同時に細切れに斬られてはじけ飛んだ。
あまりにも一瞬で跡形もなくなったため、モンスターの顔すら確認できなかった。
「武具士Aランクスキル――【操器神】。派生スキル――モード【執行者】」
下着姿のセスティナは青白い光に包まれていた。いや、それはただの光ではない。たった今脱ぎ捨てた鎧のような形をしていた。
さらにセスティナの周囲には足元に落としたのと同じ武器の数々が、青白い光の武器となってコピーされ、浮遊している。
それだけではない。セスティナが装備していなかった新たな武器まで百本近く。セスティナを中心に半径五メートルほどの半球状の範囲に展開していた。
セスティナのスキル【操器神】には【支配者】と【執行者】のモードがある。
普段使っているのは、あらゆる武具を呪いやデメリットなしで使いこなせる【支配者】のモード。
【執行者】のモードは今まで装備したことのある武具をすべて呼び出し、再現することができる。圧倒的な手数と殲滅力を持つスキルだ。
【執行者】は【支配者】を解除しないと使えないから、致命的な呪いや代償を持つ装備を装備したままでは使えない。全身呪いの武具まみれのセスティナは下着姿になる必要があった。
<<絶剣>>の二つ名は、武器をすべて手放すほど追い詰められたセスティナが【執行者】で戦う姿を見て、畏怖と敬意を覚えた者がつけたものだった。
ゲミゲルスの鎌、呪槍ゴルム、魔剣ムグルグ、覇弓レイトラス、アルトーの炎槍、フィグリスの弓、偽剣キュードラス、ミビリクの鞭、真魔の刃、ミリトの意志、魔光輪レガラザ、天刃フララス、昇華の剣、列魔の破刃、ミーミタリの拳、陽剣エルトラ、陰剣ニビトラ、アグワースの豪斧、鮮血の槌ダーブラス、ギラクスの顎、呪剣ニギオニ、イリファスの短剣、賢杖オークス、アレオピタの吹き矢、キーリの神弓、幻槍ムゲイル、ナミナギの扇、ケニタ鉄球、ミヒューブルの網、ベヒリタスの槌、霊剣フィルソラウス、光指ケニヒリユ、シサヴィクの魔剣、アクタルスの目、霊槍ニグス、アナタムの怨恨、コウジュタムの剣、呪いの鎌カミナ、神毒の刃ベヘリト、魔牙ドエルム、アーダックスの刃、リュエムの大剣、聖剣シンドリ、叡智の杖コー、光弓ジュートリ、悪魔の糸リヒギラ、ハザンの斧、メリリタの針、魔剣アノール、ハッススの嫉妬、覇剣ケニヒ、アラミの槍、ドエリクスの神棍、銀のハーギュタス、血のアビレイダ、幻剣オルジッタ、冥剣シラツユ、呪いの刃ガータ、アヒリフィの弓、神徹の魔槍ギギハス、リクス堕斧、シビラーの槍、堕落者の斧アスユ、滅魔の弓、幽剣サザメユキ、ミューリの大剣、流離の壊槌、幸運の刃ニミー、アルタンの奇跡、脅刃エス、マールーリー双剣、ハザマ神剣、魔女殺しの短剣、錆びた刃ニーゲリス、神剣ゴオウキタ、魔槍アガハタ、リグトの鎌、ケリユンの剛弓、吸血の爪、イルペリツァーリ光輪、リーソー流血剣、ガガナダの斧、ヴィザリツの剣、魔剣エーリツァ、ヨウトルの曲刀、ゴゴラキの鎌、呪剣キーエフ、回帰するジュラブリス、ナガムリの長剣、アキュー光剣、ユーメの短剣、イナファスタの槍、ジュエテッソ怨槍、ミカユワの覇弓、火花の怒りフルールー、後悔の短剣リソッタス、堕落せしアカッサ、討魔の清剣、融解の剣リョートウフェ、魔斧テテン、オータヴィウスの堕棍、呪弓ギーヴィーラス、魔剣ガドルガド、魔神の拳ルグレ、アキトウスの鉄槍、霊剣オルルム、魔槍ギドバヘッド、呪杖メグリオス。
【執行者】を展開したセスティナは、浮遊する百の光の武器を従えて死体の山を滑るように下りる。セスティナの足――つま先はわずかに数センチ地面を離れ、宙に浮いている。展開した呪装のうち一つの特殊能力だ。
宙に浮くセスティナは音も立てずにモンスターの大軍のただ中へと突っ込んでいく。
浮遊する武器たちは各々意志を持っているかのように飛翔し、周囲のモンスターを斬り裂いてゆく。
モンスターの大軍はセスティナに接触した部分から激しく暴れて混乱し出す。
セスティナはただ勢いのまま突っ切るだけでよかった。
セスティナが疾った後に残るのは無残なモンスターの死体のみ。
(倒すっ……! できるだけ多くのモンスターを!)
モンスターの吐き出したブレスが肌を焼き、やみくもに突き出された爪の何百回に一回が脇腹をえぐる。
セスティナの【執行者】は無敵のスキルではない。殲滅力に優れていても、これだけのモンスターの大軍だ。数百数千の攻撃のうちのいくらかは通ってしまうのを避けられない。
さらに【執行者】は圧倒的な殲滅力を有しながらも、他のAランクスキルにも見られるようにその行使には術者に多大なる消耗を強いる。普段軽々に使えない理由だ。戦い続ければいずれ力尽き動けなくなってしまうだろう。
そして倒すべきモンスターの数は途方もない。
セスティナはモンスターで埋め尽くされた大地を斬り裂きながらも、その顔に焦りの色を濃くしていくのだった――。




