オリアナとの語らい
用意された馬車には聖騎士オリアナとカナメが乗った。カナメは自分とオリアナを二人きりにするのは妙だとも思ったが、聖騎士の三位と言えば天上人と言ってもおかしくないほどの実力者だ。他の兵士が護衛として乗り込む意味はないとの判断だろう。
それに、経緯こそ強引だったが、カナメをちゃんと客人として扱うという意思の現れかもしれない。
その他十余名の兵士たちは馬車を囲むように隊列を組んだ。
一行は王都へ向けて行軍を開始した。
「強引な手段を取ってしまったこと、お詫びします」
馬車の客車の対面に座るオリアナが静かに言った。
「上から命令されて仕事で来ただけなんだろう? 仕方ないさ。それより……君は聖騎士の三位なんだろ、一介の冒険者ギルドのギルドマスターでしかない俺にそんな低姿勢でいいのか?」
オリアナはやはり目を閉じたままだ。
修道女のような雰囲気を持つ法衣姿のオリアナはまだサナやフェリンたちと変わらないような歳だろう。相当に若い。
こんな若さで聖騎士の……それも第三位とは。見た目や雰囲気に騙されてはいけない。相当な実力者に違いなかった。
「性分なものですから。お姉様にもよく言われます。聖騎士なのだからもっと威厳を持てと」
「お姉様?」
「ああ、いえ。お姉様とは言っても血のつながりはありません。私が聖騎士に選ばれたときから目をかけていただいて。色々よくしていただいている方です」
「へえ」
カナメが面白そうな声を出したのは、オリアナが楽しそうに話していることが意外だったからだ。
ギルドでも馬車の中でもずっと何を考えているかわからない様子だったのに、そのお姉様とやらの話をするオリアナはどこかうれしそうな、誇らしげな感じだ。
オリアナは少し頬を赤らめて口に手を当てた。
「す、すみません。余計なことを話してしまいましたね」
「いや、もっと聞かせてくれないか? そのお姉様ってやつのことを」
会話の種がないまま気まずい旅程になるよりも、楽しく話せる話題があるのならそれに越したことはない。このオリアナという少女も打ち解けてくれるかもしれない。
カナメを見るようにはっと顔を上げるオリアナだったが、やはりその目は閉じられたままだ。
「はい!」
オリアナはうれしそうに笑った。
馬車での旅の間、カナメはオリアナから様々な話を聞くことができた。
オリアナが慕うお姉様の名前はメイリー。なんと聖騎士の第一位だという。
<<無限>>の二つ名を持つメイリーはわずか十四歳で聖騎士に選ばれた。そしてその圧倒的な力で他の聖騎士を突き放してあっという間に一位となった。現在の二位とメイリーの間には天と地ほどの実力差があるのだという。
オリアナが聖騎士になったときにはすでにメイリーは第一位として確固たる地位を築いており、気弱なオリアナを気遣って幾度となく助けてくれたらしい。
神聖騎士団内の地位争いや政争にはオリアナはとことん向いていなかった。気が弱いオリアナは生まれつき視力を失っていたこともあり他の聖騎士から何度も嫌がらせを受けていたという。
その度にオリアナを助けてくれたメイリーを、いつしかオリアナは姉のように慕うようになっていった。
気弱で目も見えないオリアナとは対照的に自信家で最強のメイリーは、オリアナにとって太陽のような存在だということだ。
メイリーのことを自慢げに話すオリアナからはそのあこがれの強さがうかがえた。
「へぇ。じゃあ俺も会ってみたいなそのメイリーってやつに」
オリアナの話を聞いて興味を持ったカナメはなんとなくそんなことを言った。
「はい。ぜひ! 三人でお話しできるといいですね。私やお姉様は城外へ出ることはあまりないのです。城の外のお話はお姉様もきっと興味があると思います」
「そうなのか? 俺の知り合いにも聖騎士はいるが外出が禁止されているわけじゃなさそうだったが」
オリアナは肩を落とした。
「たしかに禁止されているわけではありません。ですが……位階一桁の高位聖騎士は国王様や聖女様の警護に当たることが多いのです。今回私が派遣されたのは聖女様直々の命令だからで、こんな機会がなければ外へ出ることはほとんどありません」
「そうなのか……」
ルメルニリア州が未曽有の危機に陥ったときも聖騎士の派遣を出し渋ったアールリーミルだ。上位の聖騎士はそれだけ秘蔵の戦力ということなのだろう。
「じゃ、まあ楽しみにしておくよ。俺は冒険者ギルドを経営しているが、少し前までは俺自身が冒険者をしていた。話の種ならいくらでもある」
「ふふ、ありがとうございます」
目を閉じたままにこやかに笑うオリアナ。
出会ったときは感情の読めないやつだと思っていたが、意外と素直な少女なのかもしれない。自分のことを気弱だなどと卑下していたが、もしかしたら今まで緊張していたのかもしれない。
その緊張が解けて少しでも打ち解けてくれたのならよかったとカナメは思った。
オリアナは少し顔をうつむかせてぽつりと言葉を落とした。
「あなたは不思議な方ですね。私は人見知りで、特に殿方とはまともに話をすることもできません。なのにカナメさんと話すのは嫌じゃないんです。こんなことは初めてです」
「そうか」
「ギルドでは女性の方ばかりいらっしゃいましたね。カナメさんには女の子を安心させる包容力のようなものがあるのかもしれません」
安心させるどころか複数人と関係を持っているカナメとしては苦笑いしか出てこない言葉だ。
「いや、君が思ってるほど立派な男じゃない。こう見えて俺は――」
「いえ、わかります。私はこんな目ですからね。人の顔が見えない分気配を敏感に感じ取ることができます。私は鏡を確認することもできないのですが……男性方からは強い興味を向けられることがよくあります。時にはあからさまな賛辞の言葉として。ですが私はそういったことはあまり好きではありません。カナメさんからはそういう欲望のようなものを感じないので安心できます」
「まさか」
カナメは笑った。
オリアナはとても可愛いし、男なら誰だって見とれてしまうだろうというほどのものだからだ。
まあオリアナが可愛いからといってどうこうしようとは思っていないのは事実だったが。
そもそもカナメはモテたいという気持ちはあっても女の子を好き勝手にしたいという気持ちはなかった。
その辺のところをオリアナは感じ取ったのかもしれない。
ともあれオリアナが心を開いてくれて、気まずい行軍になる事態は避けられた。
王都までの一週間、道中いくつもの町や村で宿泊した。
カナメは馬車に揺られながらオリアナとの二人旅をまったりと過ごした。




