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大守護

 サナたち三人が砦跡でゴブリンに包囲される少し前。カナメは<<守護の盾>>でいつも通りの業務にいそしんでいた。


 新しいクエストの依頼を受けて書類を作成し、概要書を掲示板に貼り出す。冒険者ランク鑑定希望者や、ギルドへの登録希望者への応対などだ。

 今もギルドに登録したいという男が三人、やってきていた。


「へへへ。こんな弱小のギルドに入ってやるってんだ。この俺、ミゲール様に感謝しろよな! よく聞け。俺は<<外>>でドラゴンを討伐したことがあるんだ」


 <<外>>、というのはいわゆる人類圏の外側のことだ。


(やれやれ。この手合いか)


 三人の男たちは薄汚れた服を、めちゃくちゃな組み合わせで着ている。おそらく盗品。それにその顔つきはどう見たってまともとは言えないような荒み方をしていた。夜盗かなにかをしていたのが、正規のギルド証欲しさにやってくるというのは、ままあることだった。


 ドラゴンを倒したというのも当然嘘だろう。そんな実力があれば<<守護の盾>>のような新設の小さなギルドではなく、もっと大手のギルドに入れるはずだ。


 男の言うように小さいギルドだからこそ、この手のナメた連中が後を絶たない。

 カナメとしても、今朝入団したサナのような可愛い女の子ならいざ知らず、こんなチンピラたちを入れるつもりはさらさらなかった。


「悪いが、他を当たってくれ」

「んだとお!!」


 激昂する男たち。


「消えろ、と言っている。お前らのようなやつはうちには不要だ」


 この手の連中は容赦なく言ってやる程度でちょうどいい。丁寧に応対したところで付け上がらせるだけだからだ。


「てめえ! 喧嘩売ってやがんのかコラァ!」


 拳を大きく振り上げる男。そしてその拳はまっすぐカナメへと振り下ろされ――。


「ギルド内での暴力行為は禁止です」


 するりと割って入ったラキの細い指先が、丸太のような男の拳を受け止めていた。

 男は脂汗を浮かべて力を込めているのに、少女のように細いラキの指を押し返すことができない。


「なっ、こ、こいつ――!」

「素直に帰っていただけないのなら、直接排除させていただきますがー」


 普段のぽやぽやっとした声色のまま口調だけ丁寧になって、笑顔を崩さないラキ。

 男は拳を引いて「けっ」と毒づいた。


「女の陰にコソコソ隠れやがって。知ってるぞ。ここのギルドのマスターはFランクなんだってなぁ! 聞いたかよ! Fランク冒険者がギルドマスターだとよ!」


 他の二人の男が調子を合わせるようにギャハハと下品な笑い声を上げる。


「お気になさらず、すぐに終わります。どうぞ鑑定の続きを」

「あ、ああ」


 となりではリエラがまったくいつもと変わらない様子で、ビビる他の客の相手をしていた。この程度のことで顔色を変えるような人間は……まあ新人の子を除けば<<守護の盾>>にはいない。


 冒険者ランクは所持するスキルで決まる。国指定のスキルランクに対応したスキルを所持しているかどうかだ。例外としてSランクだけは指定Aランクスキルに加えて『人類への多大なる貢献または偉業』を成し遂げた者にだけ与えられる特別なものだ。


 カナメは通常状態で【大守護】たったひとつしかスキルがなく、ユニークスキルはランクスキルではないので、無いものとしてカウントされてしまうのだ。だからFランク。


 カナメは表情を険しくした。が、それは目の前の男たちの言動にイラついたからとか、痛いところを突かれたとか、そういうことではなかった。


 冒険者ランクに関しては別に隠していないし、今さら指摘されたところで痛くもかゆくもない。

 カナメが表情を変えた理由は別にあった。

 【大守護】の発動を感じたのだ。


「悪い。急用だ。行ってくる」


 男たちを無視して短く言うカナメ。

 【大守護】の発動はカナメ自身にしか感じ取れないが、ラキはその一言で全てを理解したらしい。笑顔でうなずいた。


「はいはーい。こっちは僕が相手しておくから。あ、お茶どうする? 今入れたところだけど、入れなおす?」

「いい。すぐに戻る」

「てめえ! 逃げんのか!! ……て、うおっ!? うわああああああああっ!?」


 男の怒鳴り声は、途中で驚愕の叫びに変わった。


『【大守護】発動。【大魔道師の影】制限解除。超上位魔法【空間転移】使用可能』


 カナメの脳内にだけ響くのは【大魔道師の影】による無機質な音声。

 そしてカナメの目の前には青白く輝く転移ゲートが出現していた。それは世界の常識の範囲を大きく逸脱した、とてつもない大魔法。それをカナメは自宅のドアを開けるような気軽さで作り出したのだ。


「おっ、おま……お前、Fランクなんじゃあ……なんだよそれ……」


 ぺたんとその場に倒れ込んで、震える指先でカナメを指す男たち。

 情けない姿を晒して怯える男たちを無視して、カナメはゲートをくぐった。



--------



「マ、マスターぁぁぁ……」


 ゲートから現れたカナメを見て、サナは涙を流していた。


「まさか……マスター!?」


 スーも大きく目を見開いている。


「うう……けほっ、けほっ……マ、マスター……」


 うっすらと目を開けたフェリンの目の端からも涙があふれる。

 素早く三人に視線を走らせるカナメ。


(サナは軽傷、自己【ヒール】で回復中か。スーは目立った外傷はないようだが……。フェリンはまずいな。意識を保っているのがやっとか)


「もうちょっとの辛抱だ。待ってろ、すぐに片付ける」


 そう言ってカナメはゴブリンの大軍に向き直った。


『【大守護】発動中。超上位魔法【疑似生命流体装甲(ゴーストアーマー)】展開』


 カナメは輝く白いもやに包まれていた。それは数百万個からなる人工の魂の集合体だ。それを装甲のように身にまとうことによって、攻防一体の兵器として扱う。

 ゴブリンたちの視線がカナメに集まる。


「ギッ……ギシャシャ……」


 どこか恐れているようなためらうような身じろぎをするだけで、カナメに襲い掛かろうとはしない。


「最下級モンスターでも恐れという感情はあるみたいだな」

「キシャシャシャシャシャーーーーー!」


 カナメの言葉が通じたというわけではないだろうが、ゴブリンの一体がこん棒を振り上げて飛び掛かった。

 が、その体はカナメに到達する前に輝くもやに捕まり、ズタズタに引き裂かれた。


「シャシャシャシャシャシャシャーーーー!」


 (せき)を切ったように襲いかかるゴブリンの群れ。しかし全てはカナメの【疑似生命流体(ゴースト)】のもやに縛られ、貫かれ、千切られ、潰された。


 カナメは指一本動かしていない。

 【疑似生命流体】はまるで意志を持って自立しているかのように動き、ゴブリンを積極的に捕らえて殺していく。


「ギッ……ギギ……」


 ゴブリンたちの様子が変わる。

 戦う無駄を悟ったのか、単に恐怖に駆られたのか、一歩また一歩と後ずさり、ついに雪崩を打って大広間の出口へと殺到した。


「ゲギャッ!?」


 しかし出口はすでに白く輝くもやで覆われており、封鎖されていた。


「うちのギルドの大事な仲間をいたぶってくれたんだ。一匹たりとも逃がさねえよ。全員――駆除だ」


 ゴブリンの群れの奥から杖を構えた一匹のゴブリンが進み出てきた。


「ゴブリンシャーマン。お前が親玉か。で、お前はどんな芸ができるんだ?」

「気を付けてください! そいつは呪いを使います!」


 カナメの背後でサナが叫んだ。

 ゴブリンシャーマンの杖からほとばしる黒い炎。

 呪いはまっすぐカナメへと吸い込まれていき――。


「悪いが呪いの類は効かないんだ。呪いや毒、麻痺、混乱、マイナス効果の状態異常攻撃は全て【大魔道師の影】によって対象を移し替えられ、【疑似生命流体】に吸われる。お前が今呪ったのは数百万以上ある魂のうちの一体だけ。あと数百万回呪い続けなきゃ俺には届かない」


 まるで昼下がりの街中を散歩するかのような足取りで、無造作にゴブリンシャーマンへと歩いて近づくカナメ。


「グ……ギ……」


 ゴブリンシャーマンは蛇に睨まれた蛙のように動けない。

 動いたのは別のゴブリン。


「マスター!」


 サナの声。

 が、振り向くまでもない。死角からの攻撃はすでに【大魔道師の影】が感知している。


『攻撃感知。自動反撃には【神光剣(しんこうけん)】を選択』


 カナメの脳内に【大魔道師の影】の無機質な音声が響く。【大魔道師の影】が攻撃を感知し、自動で反撃スキルを選択し、自動で対応したのだ。

 太陽のように強烈な光が一条、暗い大広間に閃いた。


 【神光剣】の一撃を受けたゴブリンは一瞬体を白く輝かせた後、跡形もなくこの世から消滅した。

 あとはただ一方的な虐殺が繰り広げられる。

 ゴブリンたちの血臭でむせ返るほどになったところで、大広間から全てのゴブリンは駆逐された。



--------



 ゲートを通って戻って来たカナメたちを出迎えたのは、くぐもった悲鳴だった。


「ぐえっ!」

「ん、まだいたのかお前たち」


 フェリンを背負ったカナメは思わず足元を見た。

 今踏んづけてしまったのは、床に倒れ伏す先ほどギルドにいたガラの悪い男たちだった。目のあたりが青く腫れ上がっているところ見ると、どうやらラキに襲いかかって逆にやられたらしい。


「いやー……、この人が僕を触ろうとしたから、つい」


 ラキの尻でも撫でようとしたのか。ご愁傷様と言う他ない。


「ぐぎゃっ!」


 立て続けに悲鳴がもう一回。

 カナメに続けて出てきたスーが男を踏んだのだ。


「ぎゃああっ!」


 もう一回。

 今度はサナが踏みつけてしまう。

 男たちはもうたくさんだとばかりに飛び起きて、逃げるようにギルドを出て行った。


「あっ、ごめんなさい……って、行っちゃった」

「まあ、気にしなくていい」


 あっという間に出て行った男たちの背中をきょとんとした顔で見送るサナに言って、カナメはまだ熱いお茶の入ったカップをラキから受け取る。


「ん、いい味だ」

「どういたしまして」


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