招待? 連行? 聖女からの呼び出し
一階フロアには銀装鎧に身を包んだ兵士たちがざっと十人ほど詰めかけていた。先頭の一人は他の兵士たちと違って軽装。全身をすっぽり覆うローブ姿。ただものでない雰囲気を持っている。おそらく彼女が聖騎士だ。
修道女と言っても通用しそうなしとやかな雰囲気の少女。短い黒髪はおでこの上で切りそろえられていた。その目は常に閉じられていて開く気配がない。
さすがにこの人数で詰めかけられては営業妨害もいいところだ。今はリセッタ関係の商人たちも忙しく出入りしているのでギルド内の人口密度は高い。
「あ、マスター」
ラキを伴ってカナメが現れると、リエラはあからさまにホッとした声を上げた。
「なんだ大勢でぞろぞろと。国からの使者という話らしいが……」
聖騎士の少女は羽織っているローブの内側から一枚の紙を取り出した。
「アールリーミル神聖王国聖女テミアリス様の命により、認可ギルド<<守護の盾>>のギルドマスターを王都へ召喚します」
やはり目を閉じたまま、淡々とした口調で言葉を発する少女。突き付けられた紙は正式な召喚状だ。
「俺がギルドマスターのカナメだが、まずは説明してくれないか? なぜいきなり呼び出しを食らうのか……理由を教えて欲しい」
「……マスター」
リエラが不安そうな声で言った。常識的に考えれば一介の小ギルドの人間が聖女の使者――それも聖騎士に無礼を働くことは許されない。普通なら質問すらできるものではないのだ。
だからこそ聖騎士の少女も名乗りすら上げずに淡々と命令の内容を告げたのだろう。
少女は気分を害した様子はなく――というか無表情な上に目も閉じたままなので何を考えているのかわからない。
「私は聖騎士第三位、オリアナと申します。先日王都に突如出現した巨大なドラゴン。あの事件は王都の多くの人間が目にしました。たった一人で立ち向かったという人物のことも。多くの住民は輝く翼を持った天使だと噂していますが……聖女様のお考えは違います。この意味がわかりますか?」
確たる情報がなければ第三位の聖騎士をわざわざ派遣したりはしないだろう。カナメが件のドラゴンを倒した本人だとバレているのだ。
「さっ、三位!?」
テーブルに座っていたフェリンが叫ぶ。
カナメは一応とぼけてみることにした。
「天使……ね。まさかその正体が俺だとでも? 翼を確認したいなら背中を見せようか?」
オリアナは表情を変えない。
「これは聖女様直々の要請です。冒険者ギルド<<守護の盾>>のギルドマスターを国の危機を救った英雄として迎えるようにと。私たちにご同行願えますか?」
落ち着いた口調。相変わらず目は閉じたままだがオリアナからはカナメに対する一定の敬意が感じられる。
「英雄……」「マスターが……」「はわぁぁ……」
女の子たちの視線がカナメに集まる。
「いきなり言われてもな……。こっちには業務だってあるし、ギルドマスターの俺が離れるとなれば、色々と……」
「もし断られるとなれば、ギルドの認可は自動的に取り消されてしまいます。申し訳ありませんがこれは私にはどうすることもできません」
言い方ひとつで脅しとも取れる内容を、嫌味を感じさせることなく言えるのは一つの才能だろう。彼女の態度には威圧的な様子は一切含まれていなかった。
「マスター」
リエラがカナメの袖を引いた。
国派遣の職員であるリエラが不安なのはわかるが、かといって認可取り消しをチラつかされてはいそうですかと言いなりになるのは本意ではない。
「悪いけど――」
言いかけたカナメをさえぎってオリアナが言葉を滑らせた。
「認可の取り消しだけではありません。あなたは強制的に連行されることになります。聖女様の命令とはそういうものなのです」
「英雄として招待するにして強引だな。やってみればいい」
カナメが短く言うと、その場の空気が変わった。
テーブル席のフェリンたちは小さく身じろぎし、壁際に背中を預けて立つカエデは腰の刀を動かした。
目の前の聖騎士連中が実力行使に出るというのなら、黙って見過ごすつもりは彼女たちにもないということだ。
「それだけでなく……心苦しいのですが、拒否するならこの場の全員。ギルド所属の冒険者の方々も犯罪者として指名手配されることになってしまうのです」
「まさか……」
そんなことが可能なのか? いや、可能なのだろう。
世界の最高権力とはそういうものだ。
カナメはここで意地を通してもよかったが、さすがに女の子たちにまで迷惑をかけるのははばかられた。
「しかしな……ついて行くとして、その間のギルドの運営は……」
「それなら私がなんとかするよ」
凛とした声が階段上から聞こえた。
降りてきたリセッタが笑顔で言う。
「私もただ居候しているというわけにはいかないからね。カナメお兄ちゃんが不在の間のお店番くらいするよ」
「降りてきて大丈夫なのか?」
リセッタは見た目こそすっかり回復した様子だが、王都では瀕死の重傷を負っていたのだ。
「寝たきりのほうが体にはよくないよ。それに経営のことなら私に任せて。こう見えて商会の長なんだから」
「それはそうだが……」
カエデが壁際から一歩進み出て姿勢を正した。
「警備の問題なら私がいればよいじゃろう。縄張りを守るのはお手の物じゃ」
「じゃあラキは俺の代わりにギルドを――」
「僕も行くよ」
カナメに最後まで言わせず、ラキが口を挟んだ。
「ダメだ」
「でも……」
ラキは食い下がる。その表情にはどこか必死なものがあった。
「俺が離れている間ギルドを任せられるのはお前だけだ。……頼む」
リセッタの経営手腕はたしかなのだろうが、<<守護の盾>>のすべてを知るのはラキだけだ。たぶんカナメより詳しいだろう。カナメの代わりが務まるのはラキしかいない。
「えっ、う……。ええっ……」
大きく目を見開いたラキは口をもごもごさせて驚いている。ラキにしては珍しく動揺していた。
そして恥ずかしがるように目を逸らしたラキはぽつりと言った。
「し、しょうがないなぁ……。もう。卑怯だよ、そういうの……」
「なにがだ?」
ラキの言っている意味が分からないカナメは首をひねるだけだ。
「じゃあカナメ。絶対に……絶対に気を付けてね」
「ああ」
ラキは真剣な目をして見つめてくる。
「本当に、絶対だからね。僕、カナメがいなかったら……」
「いなかったら?」
ラキがここまでしつこいのは本当に珍しい。
が、そこへフェリンが割り込んできた。
「マスター、私たちだって心配なんだからね。そのことをちゃんと忘れないでね」
「わかってるって」
「話はまとまりましたか?」
オリアナが言った。
「ああ」
カナメはしっかりとうなずいた。
それからギルドの女の子たちを見回して笑う。
「ま、英雄扱いってことは一応は客人として歓迎されるってことだろ。不本意ではあるけど、ちょっとした旅行だと思って楽しんでくるさ。心配するようなことじゃない」
カナメはろくな準備もできないまま、オリアナに連れていかれることになった。




