反乱計画の真相
「ビリー……。あなたがどうしてここに? 今回の作戦にあなたは参加する予定はなかったはず」
現れたのは連絡役ではなく、ここにいないはずのギルドマスター。その事実はとてつもなく嫌な予感をリセッタに覚えさせた。
商取引で大損を出したときのような、か細いつり橋から足を踏み外してしまったような感覚。
ビリーはサリアとリセッタを交互に見てから言う。
「事態が呑み込めてない……ってわけじゃなさそうだな。聡いぜ。それに声に震えが出ねえのもさすがだ。だてに姫の身分でありながら商売で成功した才媛じゃあないってことか。だが、隠すなら手の震えも抑えておかねーとな」
褒めるようなことを言いながらも、ビリーの口調にはからかいのようなものが含まれていた。雇い主の、それもリセッタのような高貴な身分の者に対するものではなかった。
「っ……!」
リセッタは思わず自分の手をもう片方で押さえてしまう。
今さら取り繕ったところで見抜かれた動揺は隠せない。リセッタはビリーをにらみつけた。
「私の部下はどうしたのですか?」
いくら<<碧狼団>>からの接触とはいえ、優秀なリセッタの護衛たちが黙って通すとは考えにくい。たとえ本来の連絡役が来たとしても素通りはさせず、同行しているはずだ。
ビリーは笑みを深くする。
「ほ。そっちがお前の本性ってわけか。いいぜ。商売用の笑顔よりよっぽどそそる」
「答えなさい!」
するどい一喝には姫としての威厳がたしかに含まれていた。
しかしビリーにはなんの効果もない様子だった。
「普段から少ない護衛しか付けない豪胆さには恐れ入るが、今回ばかりは少なすぎたようだな。全員下でおねんねしているぜ」
「リセッタ様を裏切ったのですか!」
サリアの声にははっきりと怒りの色がこもっていた。
「とんでもない。俺たちは冒険者ギルド<<碧狼団>>だぜ? いつだって正義の味方さ。今回裏切りを働いたのは、お前たちのほうなんじゃないのか?」
ビリーの言葉の意味するところは瞬時に理解できた。
「お父様ね……」
ビリーはくつくつと笑う。
「ご名答……と言いたいところだが少し違うな。黒の鍵を使った破壊工作に乗じて反乱を起こすよう仕向けたのは俺なんだよ」
「なっ――」
「お姫様は気付いていなかったようだが俺たち<<碧狼団>>はすでにマレダフラニア州王陛下と繋がっていてね。<<碧狼団>>は州王家が表沙汰にできないような任務を主に請け負っていたんだ。で、黒の鍵の暴発事件は俺の耳にも入った。こいつは使えると思ったわけよ。野心家の州王もさすがにそこまでの思い切った行動にはなかなか踏み切れずにいたが……。鍵を封印しようとしていた州王をなんとか説得して、ご決断していただいたのさ。ま、それでも今回の破壊工作自体は俺らが請け負うことになったがね。下手に州兵を使って失敗してマレダフラニアが関わっていると知られたくなかったんだろう」
怪しいとは思っていたが、まさかここまでの男だったとは。
テロを起こそうとしていたのは州王ではなくこの男だったのだ。
黒の鍵を持つ偽聖職者一行は<<碧狼団>>の人間ということだ。
「説得……。まさか……お父様を恐喝したの!?」
「娘を人質に取られるとさすがに決断が早い。お前が商売にかまけてほとんど家出状態なのも幸いした。監視役だった俺たちはあんたの動向を州王に逐一報告していたからな。当然、身柄を押さえて命を奪うのも簡単だと思ったんだろう」
監視役。
リセッタの父ファルカ王がリセッタに自由に商売をさせていたのは、決して娘に対して興味を失ったわけではなかったということだ。
「お前も上手く引っかかってくれたぜ。俺たちみたいな冒険者ギルドを抱き込んでおけばいざというとき役に立つ、そう思ってたんだろうが。<<碧狼団>>に声がかかるよう工作したのは他でもない俺たち自身だ。そのために必要な情報は州王から聞き出していた」
気持ちだけは負けたくない。
罠にはまってしまったことを理解しながらも、リセッタはビリーを強く見返す。
「目的はなんなのですか?」
サリアが訊いた。
「腐ったアールリーミルを潰す。……それはどこの州の力を借りたってかまわない。まあマレダフラニア州が上手く乗らなくても王都で事が起こせればそれだけで俺たちの目的は達成されるのさ」
「なぜそんなことを……」
アールリーミルそのものが<<碧狼団>>の標的。国に対する、一体どんな恨みがこの男にあるというのか。
「俺のことはもういいだろう。それよりお前は自分の心配をしたほうがいいんじゃないのか? まさかこれだけの秘密を聞かされて、無事で済むとは思っちゃいないだろうな」
「くっ……」
身構えるリセッタにビリーは肩をすくめて見せる。
「安心しろ。お前は大事な人質だ。命までは取らねえよ。だがお前が商人として積み上げた資産は魅力的だ。まずはリセッタ商会が抱えるすべての取引・権利・資産の譲渡。この要求を呑んでもらう」
リセッタが積み上げてきた商取引の流通ルートや人間関係は、大きな利益を生み出す打ち出の小槌だ。
州に多大な利益をもたらすリセッタは、姫という身分から離れてほとんど父の権力の及ばない自由を手に入れていた。
それが、こんなところで足をすくわれることになろうとは。
「というわけだ。ついてきてもらうぜ、お姫様」
ぬっと伸ばされたビリーの腕をサリアが掴んだ。
「リセッタ様には指一本触れさせません」
「引っ込んでろガキが!!」
「きゃっ」
ビリーの腕が大きく振るわれ、サリアは吹っ飛ばされて壁に背中を叩きつけられた。
「サリア!!」
サリアは床に崩れ落ちて弱々しく咳込む。
「けほっ、けほ……すみません、リセッタ様……」
「姫様以外の身の安全については保証できねえ。この嬢ちゃんをこれ以上痛めつけられたくなかったら、おとなしくついてくるのが得策だと俺は思うがねぇ」
リセッタは唇を噛んでビリーをにらんでいたが、やがて力なく肩を落とした。
「わかり……ました」
「よし」
ビリーが満足げに笑ったそのときだった。
「マスター! 緊急事態です!!」
<<碧狼団>>のメンバーとおぼしき一人が叫びながら部屋に駆け込んできた。
「どうした?」
「襲撃です! 鍵を運ぶ班の潜伏先に、聖騎士が!!」
「なんだって!?」
ビリーは余裕なく指の爪を噛んで、顔に脂汗を浮かべた。
「ちくしょう! 決行は明日だってのに……そのための段取りも整えていた矢先にこれか。冗談じゃねえぞ……。聖騎士となんかやりあえるか! 姫様をお連れしてとっととずらかるぞ!」
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……。
その場の全員を、突然の揺れが襲う。
宿全体がギシギシと軋みを上げて揺れている。
部屋の家具が次々と倒れる。ビリーも含めて誰も立っていられない。それほどの揺れ。
「うおおおおっ!?」
ビリーの驚き。
「ひええええ!」
宿の主人も部屋の外から怯えた声を上げている。
「あっ」
小さなつぶやきはサリアのもの。
その視線を追って振り向いたリセッタは、窓の外が真っ白に染まるのを見た。
まるで昼間のような明るさに目が焼かれる。
リセッタの意識はそこで途切れた。




