国家転覆のたくらみを阻止せよ
「反乱……無茶だ」
カナメは絞り出すように呟いた。
アールリーミルには精強な軍隊と、最強を誇る神聖騎士団がある。
モンスターと戦い続けて疲弊した属州の反乱などいともたやすく鎮圧されてしまうだろう。
「私も成功の可能性はあるとは思っていません。でもお父様は強い野心を抱いているみたいなの。お父様は英雄譚を読みふけるような夢想家で、そういった考えにとりつかれてしまうのも、仕方ないと言えばそうなんだけど……」
リセッタは笑みを消して目を伏せた。
「ルメルニリア州のモンスター大襲撃の事件は知ってるよね?」
「ああ」
「動員された兵がアールリーミル王都ではなく各州から集められたことも、たぶん影響してる。マレダフラニア州内でも民の不満が高まってしまっていて」
派遣された聖騎士が三名だけだったことも、もしかしたら国は戦力を小出しにして各州をわざと疲弊させるつもりだったのかもしれない。当然、州の領主たちはいい感情を抱かないだろう。
「俺を何度も呼び出そうとしていたのは……」
「二年前私が商談でミルタを訪れていたとき、偶然モンスターの襲撃があったときのこと、覚えてる? ミルタ守備兵では歯が立たなかったモンスターをあっという間に倒したお兄ちゃんの実力は本物だった。その力でお父さまを止めてほしいと思ったの」
カナメはリセッタに手のひらを向ける。
「待て待て。どれほど実力ある人間だろうと、王家に乗り込んで王族に説教なんてできないだろ。そのお父様とやらは一介の元冒険者の話に真剣に耳を傾けるようなタマなのか?」
「もちろん違うよ。……お兄ちゃんは失われた古代文明について知ってるかな?」
古代文明。
たしかセスティナが結界に囚われていた古城の遺跡がその一つだったと記憶している。
<<外>>の世界にはあの結界のような解明不可能な魔法の技術を持った文明の残滓が、稀に発見されることがあった。
「一応見たことならあるが……それがどうしたんだ?」
リセッタは目を丸くして驚いた。
「さすが。やっぱりお兄ちゃんは私が見込んだお兄ちゃんだよ。実はマレダフラニアのとある冒険者が、<<外>>で古代の魔法装置を発見して、持ち帰ったの」
よくある、とまではいかないがたまに聞く話だ。<<外>>を探索できるような冒険者は本当にほんの一握りの超級実力者。そんな冒険者がこれまたごく稀に、そういった遺物を持ち帰ることがある。カナメは詳しく聞いていないがセスティナの装備にも古代の文明による希少装備が含まれているはずだ。
リセッタの瞳が真剣な色を帯びる。
「それは黒の鍵と呼ばれています。マレダフラニアの研究機関で専門家が調べていたんだけど、その調査の最中突然モンスターが出現。研究施設は大きく損壊したの。なんとかモンスターは鎮圧したんだけど、黒の鍵は第一級の危険アイテムとして封印されることになった」
「そんなヤバい物があるのか……まさか――」
リセッタも深刻そうにうなずく。
「うん。お父様はそれを国家転覆の……文字通りカギとして使うつもりだと思う。もし王都でモンスターが召喚されれば人々は大混乱に陥るではず。その隙を突いて攻め込めば、他の州も呼応して独立の旗を掲げると……そういう風に考えているんだと思う」
「カナメ……」
カナメの後ろに控えるラキが心配そうな声を発した。
話のスケールの大きさに戸惑っているのだろう。
カナメはソファーの背もたれに深く体重をかけて天井を見上げた。それからリセッタに向き直って言う。
「無理だ。成功するわけがない。その黒の鍵とやらはモンスターを何体呼び出せるんだ? たとえ数十体の単位で召喚できたとして、一時的な混乱は引き起こせても聖騎士が鎮圧するだろう。他の州も都合よく参戦してくるとは考えにくい」
「私もお兄ちゃんと同じ考えです。私はあちこちの州に赴いて商売してるから。マレダフラニアの王族という立場もあって各州の有力者とお話しする機会も多いの。他の州では独立を夢見ることはあっても、実際に行動を起こすような気概はないみたい」
「その黒の鍵、研究所が壊れるような騒ぎになったんだろ? 存在はアールリーミルには知られてないのか?」
「たぶん。州王家の内部だけで処理できてるはず」
カナメは額に指を当てる。
「それで、俺になにを望んでいるんだ?」
「黒の鍵の奪取。それさえできればお父様の野望を阻止することができるはず」
リセッタはここへ来たときと同じ、人懐っこい笑顔を浮かべて言う。
「引き受けて……くれますか?」
放置すれば大きな被害が出るような話だ。それにリセッタには<<守護の盾>>の船出を手伝ってもらった恩もある。力になってやりたいとは思った。
しかし、それ以前にカナメは<<守護の盾>>のギルドマスターだ。
「クエストの依頼なら受付を通して掲示させてもらうことになるが、構わないか?」
こうしてわざわざ相談に来るということは、表沙汰にできない話ということ。カナメの返事は事実上の拒否に他ならない。
リセッタは笑顔を崩さなかった。
「わかったよ。ごめんね、お兄ちゃん。無理なお願いをしちゃって」
「え?」
こんなにあっさり引き下がられると思わなかったので、カナメは思わず言ってしまう。
リセッタは立ち上がった。
「まあ可能性としては、そんなに高くないと思ってたんだ。私の手紙にいい返事をしてくれなかったお兄ちゃんだもんね。この町にはお仕事で来てたの。お兄ちゃんはついで」
「借金をタテに脅すって方法もあるんじゃないか?」
「あはは。そんな方法で言いなりになるような人になんか、私は大金を投資したりしないよ。それじゃあ、またね」
リセッタは来たときと同じように、あっという間に帰っていった。




