手紙に書けない相談
「ええと、彼女は別に俺の本当の妹というわけじゃない。なぜか俺をお兄ちゃんと呼んで聞かないんだ。金を借りてる手前、強く断れなくてな」
「え? もしかしてマスターに大金を融資したのって……」
フェリンに頷いて見せるカナメ。
「そう、こいつだ」
「みなさん初めまして。私はリセッタ・マレダフラニアです。よろしくお願いしますっ!」
そう言ってお辞儀をして、にっこり微笑むリセッタ。
高級そうなドレスを着てはいるがその笑顔からは高貴なお姫様というより、人懐っこい町の女の子を想像させる。親しみやすさを感じさせるような顔立ちをしていた。
きれいな金の髪をポニーテールにしていて、大きな白いリボンは見た目以上に彼女を幼く見せている。
しかしカナメは知っている。彼女はわざとそう見せようとしているのだと。自分の外見が人にどういう印象を与えるかまできちんと把握できているのがリセッタという少女なのだ。
手紙でのやりとりで以前からカナメは、彼女が気さくなだけのお嬢様ではないと感じ取っていた。
「マレダフラニアって……となりの州だよね。ってことは……お姫様!?」
フェリンが声を上げる。
リセッタはフェリンに大きくうなずく。
「はい。私はマレダフラニアの第二姫です。家を継ぐのはお姉さまだから、ほとんど一般人みたいな感じかな。一応商売をしているので商人ってことになってます。だから気軽にリセッタって呼んで欲しいです。ええと、お名前を教えてもらっていいですか?」
「フェリンだけど……」
リセッタはフェリンの手を両手で包む。
「フェリン、私とお友達になってください!」
「え? もちろんいいけど。じゃあ……リセッタさん」
「リセッタと呼び捨てにしてください」
そう言って満面の笑顔を見せるリセッタ。そんな笑顔でずいっと詰め寄られれば、フェリンもたじたじだ。
この押しの強さはどう見たってお姫様とは思えない。
「あなたのお名前は?」
今度はサナに。
「サナです」
「あなたは?」
「スー」
「はい、じゃあサナにスー。これで私たちはお友達。よろしくね」
そう言って笑顔で二人と握手を交わすリセッタ。
サナもスーもリセッタの押しに二の句が継げずにいる。
リセッタはカナメに向き直った。
「カナメお兄ちゃん。私がどういう理由でここへ足を運んだのか、もうわかってると思うけど……」
「ああ。もっと強引な手段を取られるんじゃないかと思っていたんだが……。わざわざ足を運んでくるとは、正直予想外だった」
実はカナメは以前よりリセッタからの呼び出しの手紙を幾度となく受け取っていた。それをカナメはギルドの仕事が忙しいからと断り続けていたのだ。
普通なら大金を融資してくれたリセッタはカナメにとって頭の上がらない存在だ。融資を引き上げると言い出されてもおかしくはないのだが……。
リセッタはにっこりと笑みを深くした。
「上でお話しさせてもらってもいいかな?」
「わかった」
それからリセッタは控えるように背後に佇む部下の少女を振り向く。
「サリア、外で待っていなさい」
「はい」
サリアと呼ばれたスーツ姿の銀髪ツインテールの少女は一礼してギルドを出て行く。
以前同じようにリーナが押しかけて来たときはにべもなく断ったカナメだが、金主であるリセッタを追い返すわけにはいかなかった。
カナメはラキを伴って二階に上がり、応接室へと向かった。
丈の低いテーブルを挟んでソファーに座り、リセッタと向かい合う。
ラキが手際よくクッキーの入った皿とお茶をそれぞれの前に用意した。
「ギルドの経営は順調みたいね。ギルドのみなさんの顔を一目見て、すぐにわかったよー」
「そう見えるか?」
カナメは慎重に言葉を選んで答える。
リセッタは人懐っこい笑顔を崩さない。
「そう警戒しないで。経営の苦しいギルドはどこか余裕のないもの。見えるところはきれいにしていても、所属する冒険者や職員の雰囲気までは誤魔化せなかったりするからね。私の呼び出しを再三にわたって断っていたのも、お金を返す余裕があるからなんでしょ?」
カナメは苦笑いで頭をかいた。
「いや、そういうわけでも……全額一括というわけにはいかないが、ある程度なら」
「ご謙遜。ふふ、やっぱり私の目に狂いはなかったみたい。お兄ちゃんと初めて会った日からわかってたよ」
そう言って上品な所作でお茶に口を付けるリセッタ。
「なら……ラキ」
部屋を出て行こうとするラキをリセッタが止める。
「ううん、お金はいいよ。今日は借金の取り立てに来たわけじゃないからね」
「じゃあやっぱり呼び出しの件か? どうしても来て欲しいって手紙には書いてあったな」
「うん。詳しい要件は手紙に書くことはできなかったんだ。私は仕事柄忙しくてなかなか時間が作れなかったら今までは手紙だったけど、たまたま今日は空いたからこうしてお兄ちゃんのギルドに直接来ることにしたんだよ」
手紙に書けない。
それは万が一にでも他人に見られるわけにはいかない機密度の高い内容ということだ。
リセッタはカップを置いて話を切り出した。
「マレダフラニア州内で反乱の気運が高まっています。アールリーミルの属州の立場から抜けて、国として独立を勝ち取るって」
「なっ――」
「反乱の盟主は私の父、ファルカ・マレダフラニア」




