狼の獣人カエデ
ふもとの村に戻ったフェリンたちは村長の家を訪ね、詳しい話を聞いた。
問い詰める三人に村長は山の上に住む狼人間がモンスターではないことを認めた。
獣人族。エルフよりさらに厳しい迫害に晒され、今ではほとんど姿を見ることができなくなった種族だ。
あの山はほとんど砂と岩ばかりで、得る物もない。登ろうとする人間はほとんどいなかった。
それが、ある日探検気分で登った村の若者がいた。彼は山の中腹、あの小屋のある場所までたどり着き、その滝の上にうまそうな赤い実を付ける木を発見したのだという。
崖をよじ登って実を取ろうとしたが失敗し、落下。地面に叩きつけられた若者は大けがを負って動けなくなってしまった。
来るアテもない助けを待ってその場にじっとしていると、若者の前に赤い果物が差し出された。あの滝上の木の実だった。
飢えと脱水で朦朧となっていた若者はその果物を無我夢中で貪った。
するとどうだろう。みるみる傷が癒えて体力も戻り、若者は全快した。
しかし同時に若者は気付いた。果物を差し出した手は人間のものではなかったのだと。背後に立っていたのは全身毛むくじゃらの化け物。
若者はパニックになって逃げ出して山を駆け下りた。
「ということはあなたたちはただ静かに暮らしていた獣人の人を追い出すためにクエストを依頼したんですか? モンスターだと偽って」
サナの追及に村長は苦しい言い訳。
「それは……彼も姿を見たのは一瞬だったという話でしたので。モンスターか獣人かは判断が付かなかったというわけで……」
「それですぐに冒険者ギルドに依頼を? まずは村の人たちで交渉なり実力行使なりを考えるんじゃない?」
「とんでもない! 村にそんな実力者はいませんよ。この辺りは山向こうとは違ってやせた土地ですからね。モンスターもほとんど出ないですし、だからこそ力を持たずとも今まで上手くやってこれたのです」
次に口を開いたのはスーだ。
「食べるだけで深い傷も一瞬で治せる果物。信じられないような話だけど、もしも手に入れることができればその価値は計り知れない」
村長の顔がぎくりと強張る。
つまり、このクエストはそういうことだったのだ。
「本当の目的はその魔法の果物。それを手に入れたかったということ。獣人さんから奪い取ってでも」
サナにするどく見つめられて、村長は目を逸らした。
「クエストを破棄するのならそう言ってください。もしそうならすぐにでも村を出て、二度と立ち寄らないでいただきたい。もちろん、今回の件も他言無用です」
サナたち三人は顔を見合わせた。
村長には答えを保留にし、その日は村に泊まった。
あの獣人の様子だと交渉の余地があるように思えたからだ。獣人側の言い分も聞いてみたいと思ったのだ。
再び山に登った三人を獣人は大声で笑って迎えた。
「カッカッカッ! また来よったか! それで今日は何人連れてきた? 五人か? 十人か? 何人でも構わんぞ。なまった体の鍛錬にはちょうどいい」
「あの……今日はお話に。獣人さんのことを教えて欲しくて来たんです」
「ふむ?」
獣人はいぶかしげに顔をしかめた。
三人は意外にもすんなりとボロ小屋の中へ案内された。
「私はこの山の山守でな。父のその父、さらにその父の昔からずーーーーっとこの山を守っておる。ふもとに人間の村ができたのはつい最近のことよ」
サナは藁のクッションの上に座り、ひざの上には獣人から渡されたひび割れた素焼きのカップ。中身は澄んだ水。おそらくあの滝のものだろう。
村長から聞いた話をすると、獣人はため息を吐いた。
「あの人間、せっかく助けてやったというのに……この美女を見て大慌てで逃げ出しよった。そればかりかモンスター扱いとは……のう」
「えっ!?」
思わず声を上げるサナ。
「なんだ、気付いとらんかったのか。私は女よ。やれやれ……これだから人間は」
そう言われても外見ではとても性別まではわからない。声はきれいだなとは思っていたが。
「その果物。一瞬で傷を癒すなんて本当に可能なの?」
スーの質問。
「おお、もちろんよ。この山の霊力の源はとある魔神でな。この山は太古の昔にそれを封じたもの。しかしその力のなんと凄まじいことか。封じられてなお力があふれて、あのような果物が生えるに至ったというわけじゃ」
「魔神……」
獣人は笑う。
「もし封が解けて世に出でることがあれば、たちまち周囲は地獄になるじゃろうな。だからこそ私の一族が代々山守をしてきたわけだが」
危険な場所ということだ。人間がみだりに立ち入って好きにしていい場所ではないらしい。
「それでも……村の人はあきらめない。それどころか、あの果物の話が国の貴族の耳にでも入れば、きっともっと大掛かりな討伐隊が送り込まれてくる」
獣人はスーの見解を聞いてあごに手を当てて首をひねった。
「ふむ、あれはそれほどのお宝なのかの? 十人二十人ならいざしらず、山を血で染めるようなことになるのは私も本意ではないんじゃが」
獣人は自分が負けるとはつゆほども思っていないらしい。
その口ぶりからは数百数千の軍勢が攻め寄せても斬り伏せると言っているように聞こえる。
「果物を……いや、木ごとくれてやればそれで収まるのなら別にそれでもかまわないのじゃが……あいにくとあれはこの山から離れれば枯れてしまうじゃろう。魔神の霊力によって実を付ける木でな」
となればやはりこの山それ自体が狙われることになる。
「なにか事態を収めるいい方法があればいいんだけど……」
フェリンは難しい顔。
他の面々も考え込むが、結局いい方法は思いつかなかった。
獣人が立ち上がった。
「ところで……今日は挑戦していかんのか?」
「えっ」
不思議そうな顔の三人を見て獣人はにやりと笑う。
「私は約束を違えるつもりはない。見事私に勝利することができたのなら、快くこの場所を明け渡そうではないか。お主らは私を立ち退かせるクエストを受けた冒険者、なのじゃろう?」
「たしかにそうだけど……」
サナたちはお互い顔を見合わせて困惑顔。
獣人の身の上話を聞いて、心情的にはもう戦うという気持ちにはなれなくなっていた。
「カッカッカ! お主らが私を追い出すために奮闘しているという体を装えば、村の人間も他の冒険者を呼び寄せたりはせぬだろう。いい案が浮かぶまでの時間稼ぎよ。付き合え」
「ええと、その前に一つお聞きしてもいいですか?」
小屋を出て行こうとする獣人を呼び止めるサナ。
「なにかの?」
「あなたのお名前、教えてください」
「カエデじゃ」




