一夜が明けて
翌日になってリーナはカナメにべったりとくっついていた。
「えへへ……」
そろそろ営業時間も始まろうというのに、受付カウンター定位置に立つカナメの腕を取って、離そうとしないリーナ。
「いい加減手を離せ。この格好でお客さんの相手をするわけにはいかないだろ」
「いいじゃない。見せつけてやれば」
もしかしたらそれは、他の女の子にという意味も含まれているのかもしれない。
カナメはリーナに軽くデコピン。
「あいたっ」
「特別扱いはしない。そういう約束だろ」
「はーい……」
「ところでリーナ。いきなり無断で外泊、なんてしてよかったのか? まさか聖騎士様が部下の一人も連れずに来たわけじゃあるまい」
リーナは恥ずかしそうに笑う。
「実は……昨日は最初からそのつもりで来たの。部下はこの間の屋敷に待たせてあるわ。ちゃんと言ってあるから大丈夫」
「まじか……」
ラキが楽しそうに笑った。
「リーナって、意外と大胆なところがあるよね」
「う、うるさいわね! それってつまり今までカナメに告白できなかった私を、皮肉っているのかしら?」
相手がラキとなるととたんにムキになってしまうところは、全然変わっていなかった。
ラキはラキでまったく気にした様子もなく微笑んでいる。
「それで、いつまでミルタにいられるんだ?」
リーナは少し肩を落として表情を曇らせた。
「それが……実はすぐにでも帰らなきゃいけないの。この間の領土奪還作戦の功績が認められて、位階も上がるらしくて。その叙勲式に出なきゃいけないのよ」
つまりリーナは、そんなに忙しい中、わざわざ時間を作ってカナメに会いに来たというわけだ。
「出世するのか」
「私としては……ほとんどカナメに助けられたようなものだから、複雑なんだけどね」
謙遜ではなく本当になんとも思っていない様子だ。
もっと喜べばいいのに、と思う。
「凄いじゃないか。たいしたもんだ」
「ほんと!?」
パッと表情を輝かせるリーナ。
「なんだ、やっぱりうれしいんじゃないか」
そこへ、ラキが言葉をすべり込ませる。
「違うよ。カナメが褒めてくれたからうれしいんだよね」
「ラキさんっ――!」
キッとラキをにらみつけるリーナ。
しかし図星だったのか二の句が継げないようだった。
少しの間口元をごにょごにょさせていたが、あきらめたように言う。
「……うん。カナメに褒めてもらえるほうが……どんなに上位の聖騎士に褒められるより……ううん、国王陛下に褒められるより――うれしい」
(か、可愛い――!?)
こんなに素直なリーナを見たことはない。今までのイメージとのギャップにカナメは思わず息を飲む。
そのとき入り口のドアが開いた。
「お、リエラか。おはよう」
「おはようございます……」
出勤してきたリエラはしかし、困った表情を浮かべていた。
「どうした?」
理由はすぐにわかった。リエラの後ろからぞろぞろと、男たちが現れたのだ。
軽装だが立派な鎧をビシッと着こなした三人の男たち。
「出勤してきたらギルド前にこの方たちが……」
「リーナ様」
男の一人が口を開く。
リーナはちらと彼らを振り向いて、盛大なため息を吐いた。
「はぁーー……。ここへは来るなと言っておいたはずよね?」
「リーナ様。そろそろお時間が……」
「あともうちょっと。もうちょっとだけ。お願い」
「しかし……」
男は困り果てたような顔を、今度はカナメに向ける。
カナメはリーナの肩に手を置いた。
「あまり部下を困らせるんじゃない」
「いや! 帰りたくない!!」
リーナは泣きそうな顔をした。
「忙しいとは言っても年中無休ってわけじゃないんだろ? 会いたくなったらいつでも来い。休暇でも作って。歓迎するよ」
「でも……」
カナメは懐から銀のペンダントを取り出した。
<<守護の盾>>のギルド証。
それをリーナの首にかけてやる。
「これ……」
リーナはペンダントの紋章をまじまじと見る。
「いつでも、俺がいっしょだ」
もうリーナとの間にわだかまりはない。リーナは聖騎士だから冒険者として<<守護の盾>>にいてもらうことはできないが、それでも気持ちの面ではすでに<<守護の盾>>の一員だった。
リーナはペンダントをぎゅっと握って、それから大輪の笑顔を咲かせた。
「うん!」




