リーナの来訪
あれから一か月後。
ルメルニリア州領土奪還作戦成功の報がミルタの町にもたらされるのと、リーナが<<守護の盾>>にやってくるのは同時だった。
「お久しぶりね、カナメ」
リーナは共の者を連れずに一人。以前ギルドの前に停めた馬車が邪魔だと言われたことを気にしているのかもしれない。
「ああ、聞いたぞ。領土奪還作戦、上手く行ったみたいじゃないか」
リーナは少し肩を落とした。
「はぁ……大急ぎで駆け付けたのに、結局情報の伝わる速度には、勝てないのかしら」
「つまりリーナは、真っ先にカナメに知らせたかったんだね」
ラキの言葉に、リーナはあからさまな動揺を見せた。
「い、いけませんの? だってカナメが助けに来てくれなかったら、きっと私は……。だから誰よりも早く、カナメにって……」
「ははは、俺はほとんどなにもしちゃいない。今回の成功はお前ががんばったからだよ」
「ううん、そんなことない。カナメは私の命の恩人。いいえ……本当はずっとずっと前から私の大事な……」
胸の前で手を組んで目を伏せるリーナ。その口元には穏やかな笑みが浮かんでいる。
「お、おいリーナ」
さすがに恥ずかしくなって止めようとするが遅かった。
「あらあら……やっぱりマスターはまた」
リエラのつぶやきは多少の呆れを伴っていた。
ラキもニコニコとあたたかい笑顔をリーナに向ける。
居心地が悪いのはカナメだけのようだ。
「リーナ。それで、今日は作戦成功を伝えに来ただけなのか?」
「ええ。一応は……でもせっかく来たのだから、カナメとお話でも……お邪魔だったかしら?」
「一応営業中なんだけどな」
リーナは落ち込んだ顔を見せる。
「そう……よね」
「う……」
(まるで俺が悪いみたいじゃないか……女の子をイジメてるみたいな……)
「カナメー」
ラキは半目でジトっとカナメを見る。
「ルメルニリアからミルタまでだと、十日はかかりますね」
リエラはすました口調で説明するが、言外にカナメの対応を非難していた。
「わかったわかった。営業が終わったら、な。それまでは……ええと」
「それならここで待たせていただいてもいいかしら?」
リーナはテーブル席を見て言った。
「そりゃ構わないが……」
リーナはさっそくカウンター近くのテーブル席に座って、カナメへ笑顔を向ける。
それから仕事中ずっと、カナメはリーナの熱い眼差しにさらされることになる。
リーナはニコニコと笑顔なのだが、それでもずっと見られているというのは落ち着かなかった。
(ただ座って仕事の様子を眺めてるだけなのに、なにが楽しいんだ?)
リーナの笑顔は取り繕ったものではない、本当に楽しんでいるとしか思えないものだった。
夕方になり、サナたちいつもの面々がクエストから帰ってきたときだった。
「マスターーーーー! ただいまーーーーーー!」
フェリンがたたっとカウンターの内側に回り込んできてカナメに抱き着く。
「おいフェリン……」
ふとテーブル席に目を向ければ、リーナが大口を開けて目を見開いていた。
見ているこっちが申し訳なるくらいに、ショックを受けて固まっていた。
サナとスーもすぐにカナメの両隣りに来て腕を取った。
「ねえねえマスター、クエスト中立ち寄った村でね、悪い人たちが来たから私たちでやっつけたんだよ。村の人にすっごい感謝されちゃった」
目をキラキラさせて言うフェリン。
「そいつはたいしたもんだな」
偶然居合わせた事件を解決となればクエスト外労働だ。報酬の出ない人助けをする冒険者は、そう多くはない。
「村で食べたはちみつパン、おいしかった……」
スーは味を思い出したのか、満足そうな顔。
「そうかそうか。それは……え」
リーナが席を立って、こちらへふらふらと歩いてきていた。心なしか、その顔は青ざめているように見える。
「カナメ……その子たちは……」
「ああ、紹介するよ。<<守護の盾>>のメンバーで戦士のサナ、剣士のフェリン、魔法士のスーだ」
サナたち三人は初めて気付いたように振り向いてリーナを見る。
「マスター、この人は?」
「聖騎士のリーナだ。昔俺が冒険者だった頃いっしょにパーティーを組んでいたことがある」
フェリンたちの間に緊張が走る。
「まさかっ……!」
「はっ――」
「もしかして……」
三人の表情が真剣なものになった。
次の瞬間、フェリンはとんでもないことを口走った。
「マスター、この人にももう手を出して――」
「にもってなによーーーーーーーー!?」
リーナの絶叫が響き渡った。




