マルガの奇跡
【転移】ゲートをくぐってやってきたカナメは、突然頭を巨大なハンマーで殴られた。
『【大守護】発動中。【大魔道師の影】制限解除。【疑似生命流体装甲】展開』
しかしその衝撃も電撃も、すべては【疑似生命流体装甲】がなんなく受け止める。
目を見開いたのはミドーだった。
「ばかなあああああああああああああああっ!? 私の一撃を、頭に受けて無傷だとおっ!?」
「えーと、頭で受けるっつーか……」
カナメは倒れているリーナに視線を向ける。
(こいつ……こんなにボロボロになって……がんばったんだな、リーナ)
「う……うそ……カナメ……そんな……うそよ……」
リーナはまるで魂が抜けたように呆然としてカナメを見ている。
「なにがうそなんだ?」
「だって……カナメ、もう私には【大守護】は発動しないって……なんで……」
「バーカ、もう誤解は解けたんだから、するに決まってるだろ。まあ、こんなにボロボロになるまで発動しなかったことについては……謝るけどよ」
【大守護】の発動条件についてはカナメ自身にもわからない部分がある。
守りたいと思う気持ちの度合いなのか、対象者の身体的ダメージなのか、それとも対象者の危機意識なのか。あるいはそれらの総合的な割合……とか。
リーナの表情が一気に崩れた。
「カナメ……カナメぇぇーーーー!! う、うううううぅぅっ! うあああああああっ!!」
ぐしゃぐしゃに表情を歪めて、大粒の涙をこぼして泣きじゃくるリーナ。
「お、おいおい……まいったな。泣く前に誰にやられたのか教えてくれよ」
「なめるなああああああっ!!」
再び振るわれるミドーのハンマー。【疑似生命流体】の上からカナメを打ち据える。
ズガアアアアアアッ!
凄まじい勢いで振り抜かれたハンマーが衝撃波を発生させ、地面の土埃を巻き上げて荒れ狂った。
しかし、それだけ。
カナメ自身には一切ダメージはない。
「なんなんだこの男は! 小娘をかばうつもりか! 【不死兵団】! この者を始末するのだ!」
テリューの叫びを受けてゾンビモンスターたちが動き出す。
他の兵士たちはカナメにすがるような目を向けた。
「リーナ様の知り合いか!? たっ、助けてくれ! リーナ様を助けてくれ!!」
「リーナ様はこの四日間、俺たちを命がけで守ってくれたんだ! お願いだ! 誰だか知らないけど頼む!」
カナメの体からとめどなくあふれて広がる【疑似生命流体】の白く輝くもや。
【疑似生命流体】でゾンビたちを縛りながら、カナメは笑った。
「なるほど……わかりやすいな」
【疑似生命流体】は捕らえたすべてのゾンビを動かなくなるまで細切れにした。
「ば、ばかな……【不死兵団】が……」
「小僧がああああああああああ!!」
ドゴオオオオオオオッッ!
ミドーのハンマーがまたもカナメを捉える。潰れよとばかりに頭の直上からの、容赦のない一撃。
ハンマーから発生した雷の余波が周囲に飛び散り、近くの街路樹を直撃して黒く焦がした。
カナメを中心に地面に亀裂が入り、隕石が落ちたような跡が残る。
ズガアアアアッ! ドゴオオオッ!! ゴバアアアッ!!
何度も何度も振るわれるミドーのハンマー。
まるで地震のような揺れがその攻撃に合わせて発生し、周囲の建物が軋みを上げる。
「捕まえたぞ……」
テリューがカナメに手のひらを向けてほくそ笑んでいた。
「死霊術士Bランクスキル【影縛り】。ミドー殿の猛攻を受けて周囲を気にする余裕もなかったか? 隙だらけだ。【影縛り】は止まった相手にしか使えず見切られやすいが、不意打ちならば効果は絶大。一度捕らえてしまえば誰であろうと逃れることはできん」
カナメは頭にぶつけられたミドーのハンマーを無造作に掴む。
「え……」
「ばかな……」
テリューとミドーは呆然として固まる。
「悪いな。呪縛とかその手のマイナス効果は効かないんだ」
カナメは取り上げたハンマーを適当に投げ捨てた。
そして【疑似生命流体】でミドーとテリューを縛り上げる。
「貴様っ……こんなことをしてタダですむと――」
「私は聖騎士二十二位<<雷帝>>の――」
「あっそ」
二人の聖騎士は【疑似生命流体】に引き裂かれ、物言わぬ塊になった。
あっという間の出来事。辺りは束の間、静寂に包まれた。
そして兵士たちの歓声。
「うおおおおおおおおおおーーーーーー!!」
「やった! 俺たち助かったんだ!!」
「信じられねえ! 奇跡だ!!」
兵士たちはお互い抱き合い涙を流して命があることを喜んでいた。
「カナメ……私、私……」
「ああ、よくがんばったなリーナ」
カナメにがっしりとしがみついて、ひたすらに涙を流すリーナ。
「カナメカナメカナメーーーーーー! うわああああああぁぁん!!」
「お、おい……リーナお前、周りを……」
注意しようとしたカナメだったがもう遅かった。
カナメとリーナを取り囲むように、兵士たちが集まっていた。
「おお、リーナ様があんなに……」
「やっぱり<<剣聖>>って言っても女の子なんだな……」
「泣いてるリーナ様もお美しい……」
そして兵士たちの注目は今度はカナメに集まる。
「あの、あなた様は……。聖騎士を二人も倒してしまわれるなど……」
「あー……俺は……」
体にしがみついて離れようとしないリーナの頭をなでながら、カナメはどう対応したものかと兵士たちを見回す。
「さぞや名のあるお方に違いない……リーナ様とはどのようなご関係で?」
「我々はこれからどうすればいいのでしょうか? どうかお導きください」
「どうか!」「どうか!」「お願いします!」
カナメは頭をかいた。
「まずは話を聞かせてくれ」




