リーナの意地
現れたのは聖騎士二十二位、ミドー。
「ミドー殿まで……そんな……」
ミドーはゆっくり時間をかけてリーナたちの前まで歩いてきて、口を開いた。
「チャチな結界だな」
ハンマーを一振り。
ゴバアッ!!
「うわあああああっ!」
「ひぃぃいいいいーーーーー!」
「ぎゃああああああっ!」
兵士たちの叫び声。
大地を揺さぶるような凄まじい一撃が、リーナの【白刃結界】を打ち破った。
「ミドー殿……なぜこんなことを」
ミドーは彫りの深い無表情をリーナに向ける。
「貴様が死ねば席が空くのだよ。聖騎士八位、ヨーセフ様のご子息のな」
「なっ――」
絶句するリーナにミドーは淡々と告げる。
「九十九位はすでに埋まり、百位の候補者も決まっている。どうしても早急に空席が必要になったというわけだ。貴様は本来聖騎士に選ばれるはずではなかった。魔王討伐などという余計な真似をされたために予定が狂ったのだ」
つまりミドーはより上位の聖騎士のご機嫌を取るため、リーナを生贄に差し出そうというのだ。
ミドーとテリューが組んだのはお互いの利害が一致したためだろう。
リーナは二人の策略にハメられたのだった。
「私を陥れるためだけに、二千もの兵を犠牲にしたというの? 兵たちにはなんの罪もないというのにっ……!」
弱気に侵食されかけていたリーナの瞳に、再び強い光が宿る。
許せなかった。
自分だけならともかく多数の兵を無駄死にさせるような所業は、絶対に――。
「そうでもしなければさすがに疑うだろう? なに、今回の作戦に駆り出されているのは属州から集めた者たちだ。アールリーミルにはなんの痛手にもならん。むしろ表向きルメルニリア州を救いながら、協力各州の力を削ぐこともできて一石二鳥というわけだ。せいぜい栄光あるアールリーミル神聖王国の役に立って死んでくれたまえ。ふっ、くくく……。はーっはっはっはっはっは!」
響き渡るミドーの哄笑。
無表情の仮面を剥がした内に秘められていた、これがその本性だった。
「この野郎っ……殺してやる!」
「許さねえ! 絶対に!」
「お前は人間じゃない……悪魔だ!」
憤る兵たちを無視して、ミドーは再びいつもの無表情に戻ってリーナに冷たく宣告する。
「さて、自分が死ぬ理由は理解できたかね。では――さらばだ」
ミドーの振り上げたハンマーが、ついにリーナに振り下ろされる。
その瞬間――。
「あまり私を、ナメないでいただけますかしら?」
「むっ!?」
ドゴオッ!
ハンマーの轟音。
しかしそれはリーナを捉えたものではなかった。
【受け流し】を発動させたリーナの剣がミドーのハンマーの軌跡をずらし、地面を叩かせたのだ。
リーナは一陣の風となって、ミドーとの間合いを一瞬でゼロにする。
【瞬歩】。剣士のBランク移動スキル。
【瞬歩】からの【重剣】【連剣】【剛剣】を乗せた【疾風剣】。さらには【陽炎剣舞】の残像の追撃。
【斬神】の身体能力ブーストをかけた超連撃。
ミドーはハンマーの柄を盾にするように構えるが、それを鎧ごと断ち割らんと多重に重なる剣戟と衝撃が襲う。
ズガガガガガガガガガガガガッ!
「ぬおおおおおおおおおっ!?」
ドドォッ!
ミドーは無様に吹っ飛ばされて、鎧の背で地面を削ることになった。
倒れたミドーの鎧を踏みつけて、その喉元に剣先を突き付けるリーナ。
「私を<<剣聖>>と呼ぶ人は多いですけれど……よもやその二つ名、虚仮威しだとでもお思いでしたか? こと一対一の戦闘において、たとえ相手が上位の聖騎士であろうと……遅れを取るつもりはありません」
「ぐうっ……まさかこの期に及んでそんな力が残っていたとは。だが……」
リーナの顔がしかめられる。
「なんですの……体が……動かない」
「クックック。さすがは<<剣聖>>といったところですか。しかし一対一とは……私のことを忘れるとは侮辱が過ぎる」
「テリューっ……!」
振り向けば、テリューがリーナに手のひらを向けていた。
体の自由を奪うスキルかなにかを使っているのだ。
「ククク……すぐに我が【不死兵団】の一員に加えて差し上げますよリーナ殿……」
「よくやったテリュー。では今度はこちらの番だ」
「きゃあああああっ!」
体に走った衝撃に、リーナは悲鳴を搾り取られる。
いったいなにが起きたのか理解が追い付かない。
突然全身に、痺れるような痛みが走ったのだ。
ゆらりと起き上がったミドーの体は、バチバチと青白く光る雷をまとっていた。
「私は聖騎士二十二位。<<雷帝>>のミドー。我が一撃は――神の雷!!」
獅子のたてがみのようなミドーの髪は、紫電を帯びて逆立っている。雷をまとう黄金のハンマーを振り上げるその姿は、本当に神話の神のように見えた。
リーナは全身が痺れて動けずにいた。
(ここまで……ですの? カナメと約束したのに……必ずやりとげるって……それなのに……カナメ……)
「あの世への土産にするがいい。受けよ!! 【神雷撃】!!」
死を覚悟して目をつぶったリーナに、衝撃はいつまで経ってもやってこなかった。
代わりに聞こえてきたのは場違いな声。
「あー……このおっさん、誰?」
カナメだった。




