テリューのたくらみ
ルメルニリア州領土奪還作戦が開始されて丸四日が経った。
聖騎士テリューは首尾よくパーテラを奪還し、部下の報告を聞いていた。
奇跡的に破壊を免れた建物の中で比較的上等な屋敷。それを今はテリューが作戦本部として使っている。
「工兵隊は壊された北門の修復作業に当たっております。作業は順調に進行中。残りの人員は南側補給線の確保のためモンスターと散発的に交戦しております。戦況は我が軍の有利です」
部屋にはテリューと部下の二人。
今回の作戦には王都からの正規兵はほぼ参加していない。ただしこの部下は例外。外部の人間を信用しないテリューが王都から連れてきた正規兵だ。
たいした実力は持たないが勤勉で実直。雑務を任せるには最適な人員だった。
「当たり前だ。いくら寄せ集めの雑兵とはいえ、組織的な行動の取れないモンスターどもに後れを取るようでは困る」
部下の男の表情は晴れない。すでに多数の兵士の死者が出て、自軍の被害も無視できない状況なのだ。
「ですが……なぜ四つの町は落とされたのでしょう。モンスターが同じ目的を持って一斉に襲ってきたのなら、それは組織的に統率された軍事行動と言えるのでは?」
テリューは首を振った。
「数……だよ。逃げ延びた人間の話ではとにかく異常な数のモンスターが、地平を埋め尽くすように現れたらしい。一匹一匹はてんでバラバラな動きでも、水は低いほうへと流れるもの。空いた土地へと押し寄せて、その勢いのまま町は潰されていったのだ」
部下はごくりとつばを飲み込んだ。
「凄まじいものですね……」
「それにやつらには人間に対する憎悪がある。普段は統率が取れずとも、一度人間を見つければ一斉に襲いかかってくる」
「このような大襲撃、私は聞いたことがありません」
「過去に前例がないわけではないが……私も詳しいわけではない。しかしモンスターの中に上位種がいなくてよかった。もしいれば被害はこんなものでは済まなかったはずだ」
上位種。それはヴァンパイアやドラゴンに代表される、人語を介する知性を持った種族のことだ。上位種モンスターはモンスターの中でも特に高い戦闘能力を有する。
ヴァンパイア種は時折人類圏に現れては、その都度猛威を振るう。存在が確認されれば多額の懸賞金がかけられるのが常だ。一方ドラゴン種は人々の前から姿を消して久しい。<<外>>での遭遇報告もここ数十年上がっていなかった。
「さて……そろそろか」
テリューは部屋の柱時計を見て立ち上がった。
「どうされました?」
「そろそろいい頃合いだろう。マルガへ向かう」
「そういえば……なぜパーテラ奪還後すぐにマルガへと向かわなかったのですか? リーナ様の部隊は兵数たったの二千。すぐに合流に向かう必要があったはずです」
テリューはそのやせこけた顔に酷薄な笑みを浮かべた。
「使えないやつだとは思っていたが、お前は本当にバカだな」
「えっ」
「最初から素早い合流など不可能だったのだよ。パーテラを防衛しつつ補給線を確保するには、最低でも今の我々の人数が必要だ。そこからマルガへ兵を向けるにはパーテラの安全がある程度確保される必要がある」
「そんな、悠長な……」
部下は怒りとも驚愕ともつかない表情でテリューを見る。
「ククク……。補給も望めない中央激戦地で四日。さすがの<<剣聖>>リーナもそろそろ干上がっているだろう。もしまだしぶとく生き残っているようなら……そのときは」
「テリュー様は……あなたは……リーナ様どころか二千もの兵を見殺しにするつもりでマルガへ向かわせたのですか……」
「このことは無論、ミドー殿も承知の上だ。お前のような者には理解できない考えというものがあるのだ」
「しかしっ……」
テリューはずっとへばりつくように浮かべていた笑みを消した。
「お前、いちいちうるさいな。口答えばかりの部下は私の部隊には必要ないのだが……」
片手をすっと上げて、部下へと向けるテリュー。
「ひっ――」
部下は見えない圧力に屈するかのように、ぺたんと床に尻もちを突いた。
「ふん」
怯える部下を、まるで路傍の石でも見るかのように一瞥して、テリューは部屋を出て行った。




