フェリンとスーとサナのパーティー結成
クエストの報告を終えたセスティナは、報酬をそのままギルドに預けてさっさと次のクエストに行ってしまった。
少しは休んでいけばいいのに、とも思ったが彼女らしいと言えば彼女らしい。
セスティナは<<守護の盾>>にはもったいないレベルの、恐ろしい腕前の冒険者だ。本人は否定するだろうが、Sランクにだって届く実力があるとカナメは思っていた。
歴戦の冒険者も尻込みするような高難度のクエストを選んでは自ら進んで死地に向かうのは、セスティナにとって当たり前になっている。
カナメが<<守護の盾>>ギルドを立ち上げた時に偶然居合わせた彼女は、「ちょうどいい」と言ってさっさと<<守護の盾>>のメンバーになってしまったのだった。
それからというもの、数々の難クエストを攻略して<<守護の盾>>の経営を支えてくれている一番の稼ぎ頭だ。
「なんていうか……すごい人でしたね」
サナはセスティナが出て行った入り口の扉を、まだぼーっと見つめていた。
「まあな」
カナメの適当な相槌にラキが補足を入れる。
「巷じゃ<<絶剣の騎士>>なんて呼ばれているみたいだね」
サナは飛び上がって驚いた。
「ええっ!? <<絶剣>>!? <<絶剣>>ってあの……女性最強って言われてる生きた伝説の……」
「他のギルドにも所属歴はあったはずですが……決して一所に留まらず、縛られず、気分次第でそれまで所属していたギルドをあっさり抜けたり、時には敵対するようなこともあったそうですね。ここに来てからは彼女にしては珍しく長く所属してくれていますが。――たぶんマスターのことが気に入ったのでしょうね」
さすがにリエラは詳しい……が、最後の一言には苦笑せざるを得ない。
「はは。単純に<<守護の盾>>の居心地がよかったんだろ」
「あら? 本心から言っているのですけれど」
「じゃあ素直に受け取っておくとするよ。で、だ」
リエラの微笑みを軽く流してカナメはサナに視線を向けた。
「サナちゃん、<<守護の盾>>へようこそ。入団おめでとう。そしてこれからよろしく」
「はいっ! こちらこそよろしくお願いします!」
ぺこっと頭を下げて、それからカナメの差し出した手を取って握手を交わすサナ。
最初はちょっとおどおどした様子だったけど、ようやく緊張が取れて彼女本来の調子が戻ったのだろう。元々明るい性格の子のようだ。
「サナちゃんはこの町で宿とか取っているのかい?」
「そ、それは……」
うっと言葉に詰まるサナ。
(やっぱりか)
どうやら村を飛び出して冒険者になりにここへ来たまではいいけど、鑑定の料金も払えないほど金には困っているようだ。宿を取る金もないのだろう。
「じゃあしばらくはうちに泊まっていけばいい。幸い部屋なら空いている。ラキ」
「うん。じゃあサナちゃん、ついてきて。お部屋を案内するよ」
「はい!」
サナはぱっと笑顔になって、歩き出したラキの後についていく。巨大なハンマーをひょいと手に取るその怪力がどこにあるのか……まったく不思議な少女だった。
階段の上に消える前に、サナは一度振り返って声を上げた。
「あのっ! 本当にありがとうございました!」
カナメは笑顔で手を上げて応えた。
ラキとサナが上の階に消えるのと入れ替わりに、また入り口の扉が開いた。
「やほーーーーー! ただいまーーーーー!」
元気に余る大声と共に入ってきたのは二人の少女。
一人は元気を絵に描いたような剣士の少女。
身に着けている外套こそくたびれているものの、女の子らしく外見には気を使っているらしい。動きやすさ重視の服装は彼女の可愛らしさを少しも損なわせてはいない。きれいな赤髪と意志の強そうな瞳。笑顔がとても似合う。
もう一人は野暮ったいだぶだぶのローブに身を包んだ魔法士の少女。手にした木の杖を大事そうに抱えて眠そうな目をカナメへと向けていた。
二人とも<<守護の盾>>所属の冒険者だ。
「おう、フェリンにスーか。お帰り。どうだった……と、その様子だとクエストは上手く行ったみたいだな」
「あっははは! 当たり前でしょーっ! 商人の臨時の護衛なんて、簡単すぎてあくびを噛み殺すほうが大変だったんだから! 自慢のクレナイもがっかりしちゃってる」
そう言って腰に下げた剣を揺らして見せる。それは抜けば紅い輝きを放つ片刃の業物で、カナメも何度かフェリンに自慢されていた。
「油断……よくない。商人は扱う商品の価値が上がれば上がるほど、襲撃の危険も増す職業。今回の護衛対象が宝石商だったら山賊に襲われていたかもしれない。山賊だけじゃない。ルートによっては危険なモンスターが襲ってくることもある」
静かに言うのは魔法士のスー。
「もう、モンスターを倒すのが私たちの仕事でしょ。そんなの危険の内に入らないって」
「モンスターには強力に変異した個体もいる。ただの雑魚だと思っていたらとんでもない強敵なことも。商人の行商ルートにだって出没する可能性はある。街道に打ち捨てられた駆け出し冒険者の死体は、今日も世界のどこかに転がっている……」
明るく自信家なのがフェリンなら、対照的に悲観的なのがスーだ。
カナメは個人的にこの二人はいいコンビだと思っていた。
フェリンはカナメに向けて肩をすくめて見せた。スーの小言は聞き飽きているという感じだ。
「ま、とにかくおつかれさん」
言いながらカウンター下から現金の入った布袋を取り出す。クエストの報酬だ。
フェリンはリエラに商人から受け取った伝票を渡した。小さなクエストではリエラの【鑑定】を使わずに完了することもある。今回もそのパターンだった。
「護衛って報酬のわりに移動距離も時間の拘束も長いのが面倒だよねー。あーどっかに近場で歯ごたえがあって報酬の高いクエストないかなー」
報酬を受け取ったフェリンはそんなことを言って口を尖らせた。
「あるわけないだろ、そんな都合のいいクエスト……ん? なにやってんだスー」
スーはクエスト概要書が張り出されてる壁の掲示板に、なにやら手を当てていた。
フェリンも気付いたようだ。
スーのそばまで歩いて行き、その手を剥がそうとする。
「え? なに? なに隠してるのよ」
「なんでもない。なんでもないから……」
なんとか抗おうとするスーだったが、剣士のフェリンに力でかなうはずもない。強引に引き剥がされれば現れたのは一枚のクエスト。
「あっ! これっ!!」
フェリンの声が弾む。
(ああ、あれか……)
カナメも思い至って納得した。
あのクエストは二人にはまだ早い。
「ミルタ南の森の中、古い砦跡地に巣食うモンスターの討伐。近場じゃん! へぇー、この辺に砦跡なんてあったんだ。討伐クエストかぁ。くぅーっ! 腕が鳴るぅー!」
さっそくやる気になってしまっているフェリン。
だがカナメにはスーの心配がわかる。
最近ゴブリンが住み着いたらしいとわかったその砦は、忘れられて久しい古い建造物だ。町にも近いということで大急ぎで出された案件だった。
しかし相手はゴブリンだけとも限らない。たとえばオーガやヴァンパイアのようなモンスターがいたとしたら、難易度は格段に跳ね上がる。
それに、平地をうろつくゴブリンと違って、拠点を構えて居座るゴブリンは、大軍の可能性がある。ゴブリンは道具を使う知性もある、やっかいな相手だ。
だからカナメはギルドとそのメンバーを預かる身として言う必要がある。
「今回はスーの味方をさせてもらうが……そいつはやめておいたほうがいいな」
「ええーマスターまで」
フェリンは不満顔だが甘やかすわけにはいかない。
「少なくとも二人では危険だ。お前たちにはまだ早い」
フェリンはがっくり肩を落とした。
「そんなぁー……」
フェリンの興味をクエストから逸らそうと、カナメは話題を変えることにした。
「そういやギルドに新しくメンバーが入ったぞ」
「えっ!?」
すぐにぱっと顔を上げるフェリン。もうキラキラと目を輝かせているのだから切り替えが早い。
「お、ちょうど来たみたいだ」
階段から降りてきたのはラキとサナ。
「サナちゃん、この二人は<<守護の盾>>のメンバーで剣士のフェリンちゃんと魔法士のスーちゃんだよ」
ラキの説明。
「あっ! 初めまして。私今日入団したサナです。よろしくおねがいします」
大慌てで階段を駆け下りて礼儀正しく挨拶するサナ。
「あははっ、いい子みたいだねー。私フェリン。こちらこそよろしく。で、こっちの暗そうなのがスー」
「一言多い。……よろしく」
むすっとして言葉少なく言うスー。
フェリンが突然ぽんと手を打った。
「そーだ、サナ。さっそくだけど一緒にクエストに行かない? ね? マスターいいでしょ? 二人で危ないなら三人で行けば」
「クエスト、行きたいです。私も早くギルドの一員として活躍したいです」
サナもやる気になっている。
「うーん……」
思案顔のカナメの後ろにいつの間にか回り込んでいたラキが小声で耳打ちした。
「サナちゃん、長旅で手持ちのお金が尽きて、すぐにでも仕事がしたいんだって。お部屋の家賃も払わなきゃって言ってたよ」
「それはたしかにそうだが……しばらくはツケでも構わないんだけどな」
「最初のクエストを成功させれば本人の自信にも繋がると思うけど……どうする?」
「お前がついて行くというのはどうだ?」
ラキはこう見えてAランクの実力者だ。二年前レグザールに裏切られたときだって、その気になれば互角に戦うことはできたはずだった。
だがラキは首を振った。
「ダメだよ。それじゃ彼女たちの経験にならない」
「そうか」
実は子供の頃、冒険者になりたいと夢を語っていたのはラキのほうだった。カナメが<<守護の盾>>を立ち上げてそのギルドマスターに収まれば、運営の補佐をするラキも当然冒険の機会は減る。だから気を利かせたつもりだったのだが。
「それに……僕がいなかったら誰がカナメを守るの? できれば僕はいつもカナメのそばにいたいんだ」
「うげっ、気色悪いこと言うんじゃねえ。それに俺は自分の身くらい自分で守れる」
心の底から嫌そうな顔をしてやっても、ラキはその美少女面でにこにこ微笑むだけだ。
「ねえねえマスター、相談終わった? 行ってもいい?」
「てかお前ら、護衛のクエストで夜通し歩いて、休みもせずに新しいクエストに出発するのか?」
フェリンは驚いたように手を振った。
「違うよ。昨日は帰ってきて日が暮れてたから、疲れてたし宿に着いてそのまま寝ちゃったんだ」
「報告は明日でいいやーって言ってたんだよね、フェリンは」
スーの呆れ声。
「あはは、まーね」
なんともアバウトというか、フェリンらしい。
カナメは一つため息を吐いてから言った。
「行っていいぞ」
「やったーーーーーーー!!」
飛び上がって喜ぶフェリンだが、カナメはこう言ってクギを刺すのを忘れない。
「だが、無茶はするな。危険だと判断したらすぐに引き返すんだ。いいな」
「はーーーーい」
三人は仲良くクエストに出発した。