<<剣聖>>リーナの剣技
進軍は順調に進んでいた。
クーペラを出発したリーナ率いる二千の部隊は、散発的なモンスターとの交戦を繰り返しながら北上を続けていた。
「はっ! 【陽炎剣舞】!」
リーナの体が残像を残してゆらめき、戦場を舞う。
ズバァッ!
肩口から大きく腰までを切り裂かれたオーガの巨体が、どうと大地に崩れ落ちた。
「グギャアアアーーッ!」「ガアアァァ……!」「ゲギヒ……」
続けてブラッドベアー、オーク、ゴブリンが断末魔の声を最後に絶命する。
リーナの【陽炎剣舞】は発生した残像にも攻撃能力がある。リーナ本人が斬り抜けた軌跡をなぞって、残像が時間差で押し寄せるモンスターたちを切り伏せたのだ。
「おお! あれがリーナ様の剣技……」
「さすがは聖騎士だ」
その姿を羨望の眼差しで追いかけるのは一般の兵士たち。
モンスター一匹にも苦戦する彼らにとってリーナの戦いはまさに次元の違う領域のものだ。
モンスターの軍勢は数こそ途方もなく多いが、やはりまったく統制は取れていない。ただ本能に任せてうろつき、目についたリーナたちへと襲いかかって来るだけだ。現状それが数で劣る人間が付け入ることのできるただ一つの要素だった。
ルメルニリア州が大敗北を喫した例の大襲撃も、モンスターたちに組織立った動きがあればクーペラで食い止めることはできなかっただろう。
あのときのモンスターは、まるであふれた洪水が家々を押し流すかのように、とにかく圧倒的な物量でルメルニリアに押し寄せたのだ。
「うわあああああああっ!」
兵士の一人が叫んだ。
オークのこん棒を剣で受けた兵士の横から、ブラッドベアーが襲いかかったのだ。
しかしブラッドベアーの獰猛に開けられた口は兵士の首を捉えることなく両断されて宙を舞った。
リーナの【疾風剣】だった。
「リーナ様……」
「ぼうっとしてないの! フレイムリザード、来ますわよ!」
「は、はいっ!」
リーナに見とれるような目を向けていた兵士は、叱咤の声で我に返る。
「さすがに数が多いですわね」
人の倍は大きいオーガの腹を【重剣】のスキルで強引に斬り裂きながらリーナはぼやいた。
<<剣聖>>リーナと言えども戦闘を重ねれば疲労は溜まる。いくら【斬神】を節約したとしても、このモンスターの数が相手ではやがてはジリ貧になってしまうだろう。
リーナのAランクスキル【斬神】は身体能力を一時的に上昇させ、常人ではありえないレベルの圧倒的な戦闘力を実現できる。しかしその代償として発動中は肉体疲労度が加速度的に上昇してしまうのだ。
剣士のスキルは本来一対一の戦いを得意とするものが多い。モンスターの大群を相手にするのは不得手と言わざるを得ない。
だが、Aランクの実力者はそんな常識には捕らわれない――。
「みなさん、離れないでください! 陣形を崩さないで! 中央を突破しますわよ!」
【斬神】を発動させたリーナの体が、静謐なオーラをまとう。それは肉眼では確認することはできないが、尋常ならざる気配として周囲の兵士たちにも感じ取ることができた。
リーナは剣を腰だめに構えて派生スキルの発動準備に入る。地面の下草がリーナを中心に円形の波紋を描いて波を打つ。
緑の草原を黒く埋め尽くすアリの群れのようにひたすら数の多いモンスターの、前方に風穴を開けるためにリーナはとっておきの一撃を放った。
「いきますわ! 【天地一閃】!!」
ズドオオオオオオオオッ!
横薙ぎに振るわれたリーナの剣が、凄まじい剣圧を発生させる。
前方五十メートルほどの範囲にいたすべてのモンスターが剣圧に胴を両断された。
【天地一閃】。【斬神】発動中にしか使うことのできない派生スキルのうちの一つだ。
ふらついて倒れそうになるリーナ。なんとか足に力を込めてその場に踏みとどまった。
ただでさえ疲労度の激しい【斬神】中でも、特に【天地一閃】は他のスキルと同時に使うことができず、疲労度の蓄積が激しい。予備動作の溜めで隙も出来てしまう。ただし威力は桁違い。まさにAランクの奥の手。
モンスターも兵士たちも、戦場に突然現れた死体の山に、度肝を抜かれて沈黙した。
我に返った誰かが叫んだ。
「続け! リーナ様に続けぇぇーーーーーー!!」
「おおおおおおーーーーー!!!」
兵士たちの雄たけびが戦場を震わせた。
モンスターで埋め尽くされた地平を、まっすぐに切り裂いてリーナ隊は目標の町、マルガへ向かった。




