変異ブラッドベアーの討伐
「ブラッドベアー!? こんなに巨大なの、見たことない……」
フェリンは剣こそ取り落とさなかったが、両足はがくがくと震えている。
「間違いない。これは変異種。大きさもパワーも、たぶん桁違い」
「そんなの見ればわかるって! スー! 魔法!!」
フェリンが叫ぶ前にすでにスーが構える杖先は魔力を帯びて光っていた。
「【ファイアーボール】」
人間など一発で火だるまにするスーの魔法がブラッドベアーに直撃。
だが魔法は巨熊のひざ先を少し焦がしただけで終わった。
「グガアアアアアアアアッッ!!」
再び耳を押さえたくなるような咆哮。
どうやら今の一撃はブラッドベアーを刺激してしまっただけのようだ。
「やるしかないっ!」
フェリンの体が、残像を残して消える。次の瞬間巨熊の腹に赤い軌跡が走った。
【疾風剣】。この間フェリンが習得したばかりのCランクのスキル。
しかしそれすらもブラッドベアーにとっては深手とはならない。わき腹に食い込んで血しぶきこそ上がったものの、動きを止めるには至らなかった。とにかくスケールが違いすぎるのだ。
「ガアアアアアアアアアアッ!!」
ブラッドベアーがその巨腕を振るい、剣を盾にしたフェリンは衝撃を受け止めきれずにに吹っ飛ばされた。
「フェリン!!」
サナが叫んだ。
「おい、お嬢ちゃんたち。俺のことは放っておけ。逃げるんだ」
【ヒール】で治療を続けるサナに男が言う。
「そんなことできません」
「なに……。二日間もあいつに見つからずにいたことが幸運だったのさ。俺だけならまだしもあんたたちみたいな若い子を死なせたんじゃ……俺はあの世で待ってる親父やおふくろにどう言い訳すりゃいいんだ?」
「でも……」
「ふっ、じゃあこうしよう。冒険者のあんたにひとつ頼みがある。正式なクエストの依頼だ。妻に……フローラに伝言を頼む。愛していると……伝えてくれ」
サナは男の治療をやめて立ち上がった。
背を向けるサナに、男は満足そうな笑みを向ける。
しかし次の瞬間、その表情は驚愕に取って代わられる。
「なっ……お前……」
サナが、巨大なハンマーをしっかりと持ち直して構えて、ブラッドベアーを見据えていたのだ。
「その依頼は受けられません。なぜならあなたは生きて自分の口で、奥さんにその言葉を告げることになるからです」
サナが地を蹴った。
ブォン!!
ハンマーが振るわれる。
「グガアアアアアッ!」
ハンマーはブラッドベアーの左足をしたたかに捉えた。ブラッドベアーが一歩後ずさった。
サナを新たな敵と認識したブラッドベアーが、フェリンと同じ目にあわせようとその巨腕を振り上げた。
しかしその腕が振り下ろされることはなかった。
「【アイスコフィン】……間に合った」
「スーちゃん!」
「本当なら体ごと氷の棺に閉じ込める魔法なんだけど……腕だけで精いっぱい。大きすぎる」
ブラッドベアーの目が光る。
腕を包む氷がピキピキと音を立ててひび割れ……砕け散った。
「そんな……」
自由になった巨腕が今度こそ振り下ろされ――。
紅い閃光が二度、三度と重なって閃いた。
激しい血しぶきを上げて宙を舞うブラッドベアーの腕。
「一回で斬れないのなら同じ個所を、正確になぞって何度も斬ればいいんでしょ? あんな一撃で私を倒したと思って油断しないことね」
フェリンだった。
強気に笑ってはいるが震える体からはダメージの大きさが見て取れる。
ほとんど気力で戦っているのだ。
フェリンのその姿に勇気をもらって、サナはハンマーを振るった。
「はああああああっ!」
ズンッ!
巨熊の腹に思いっきり叩きつける。
「まだまだ!! やあああああああっ!!」
二発、三発、四発。
高速で振るわれるサナの巨大ハンマー。
「速く……もっと速く! もっと!!」
ブンブンブンブンブン!
体ごと回転。凄まじい連撃になってハンマーが振るわれる。
サナを中心につむじ風が巻き起こった。
「すごい……これ、スキルなの!?」
舞い上がる土埃から顔をかばいながら、フェリンがつぶやいた。
ゴブリンに囲まれた砦跡での戦いできっかけは掴みかけていた。サナははっきりと新しいスキルを獲得する手ごたえを感じていた。
サナとブラッドベアーの接点から、グシャグシャと肉を潰すような鈍い音が何度も響く。
「グ……ガ……」
やがてブラッドベアーは森の木々をバキバキと潰しながら仰向けに倒れて動かなくなった。
「こいつら……やりやがった……。ちくしょう! すげえや! 嬢ちゃんたち、とんでもねえ冒険者だよ!」
サナとフェリンとスーはお互いに視線を交わして笑い合った。




