猟犬の導き
ミルタから南にあるポタ村。そこからさらに少し歩いた先に、深い森があった。
サナたちいつもの三人は、森の中へと足を踏み入れてすぐに、生い茂る木々ときつい斜面に苦しむこととなった。
「うう……ただの森かと思ったら、なんていうか……ほとんど山じゃない」
歩き始めて数十分でフェリンはもう疲れが出始めたようだ。
「スーちゃんは大丈夫?」
「結構……きついかも」
フェリンはサナを見て目を丸くする。
「サナは全然平気みたいね。そんなに重そうなハンマー持ってるのに」
「あ、これは別に重くないよ。なんでかわからないけど、他の人が持つと重いみたいだけど。それに私、山村出身だから」
フェリンがいきなりサナの腕を触る。
「あっ」
「うーん、そんなに筋肉とか付いてないんだね。私と変わらないじゃない。腹筋とかは?」
サナは慌てて自分のお腹を押さえる。
「ダメだよ。お腹見せるとか恥ずかしいよ」
「女の子同士なんだから気にしない気にしない」
フェリンはいたずらっ子のような顔になっている。
「……」
スーは黙ってローブをまくり上げて、自分のお腹を確認していた。
「こら、女の子がお外ではしたない真似しないの」
フェリンがスーのローブを元に戻した。
「とても、非常に、心の底から納得がいかない……」
憮然とした顔になるスー。
「今のは私も……納得いきません」
二人ににらまれたフェリンは前を向いて言った。
「さーがんばって進もう!」
そのとき、木々の間の茂みがガサガサと鳴った。
「モンスター!?」
身構えた三人だったが、出てきたのはただの犬だった。
「ワンワンワンワン!」
犬は三人に向かって何度も吠える。
「かわいいワンちゃんですねー。エサが欲しいのかなー?」
「うーん、そんな感じじゃ……スー、犬語とかわからない?」
「フェリンは私をなんだと思っているの……」
犬はその場でくるくると回って何度も吠え、タタタっと駆け出した。
そして少し行った先でこちらを振り向き、尻尾を振っている。
「ついてきて欲しいんでしょうか?」
「行ってみようか」
犬に導かれるようにして着いた先は、切り立った崖の下。
「人だ!!」
三人は崖下に駆け込む。
そこには崖を背にして倒れ込んでいる男性の姿があった。目を閉じていて、生きているのかわからない。
「大丈夫ですか?」
サナが声をかけると男はゆっくりと目を開いた。
「水……」
男はかすれた声でそれだけを言った。
サナは水筒の先を男の口に持っていく。
男の喉が動いてゆっくりと水を飲んでいった。
「ローレンスさんですね」
「そうか、俺を探しに来たのか。君たちは冒険者か?」
水を飲んで男の目に力が戻った。
「はい。あなたの奥さんが依頼を出しました。無事でよかったです」
男は力なく笑う。
「は……は。無事じゃないな。見ろ、この足を。ドジ踏んじまってな。上の崖から落ちたときにやっちまった。もう助からないとあきらめていたんだ」
男の足は無残に折れて、ありえない方向に曲がっていた。
「待ってください。今【ヒール】をかけます。重症だから私のスキルじゃすぐには治せないけど……」
サナは男の折れた足に手をかざした。【ヒール】のやわらかい光が患部を包む。
「このワンちゃんが連れてきてくれたんだよ」
フェリンはそう言って、うれしそうにくるくる回る犬の頭をなでる。
男の顔に笑顔が浮かぶ。
「リッキー。本当にお前は最高の相棒だぜ」
「ここへ来るまでモンスターの姿は見かけなかった。この森は危険な場所ではないの?」
男は問いかけたスーに皮肉げな笑みを向ける。
「この世界に安全な場所などどこにもないさ。それでも……そうだな。この森は比較的モンスターは少ない。出るとしても簡単に追い払えるやつばかりだ」
サナはそれを聞いてホッとした。
が、男は深刻な顔になる。
「お前たち、リッキーには森の中をかなり迂回させられたと思うが、実は崖下からこの先は俺の縄張りじゃない。ヤツの――」
男が言いかけたそのときだ。
「グルルルルルルルル……」
犬がなにもない森の向こうに向かって威嚇するようにうなっていた。
「みんな! 気を付けて!」
フェリンも木々の先を見据えて剣に手をかけた。
バキバキバキバキ!!
木々をへし折るような轟音が響く。
ズズン……ズズン……。
規則的な振動が大地を震わせる。
「まずい。ついに見つかっちまった……」
男は苦々しく顔を歪めた。
「グオオオオオオオオアアアアアアアア!!」
耳が壊れるかと思うほどの咆哮が響き渡る。
現れたのは周囲の木々よりも巨大な大熊。目がルビーのように真っ赤に光っていた。




