報酬の少ないクエスト
「お願いします! どうか!」
<<守護の盾>>営業開始直後の朝。駆け込んできたおばさんは憔悴した顔に涙を浮かべて訴えた。
「ええ、もちろん依頼は掲示しますが……」
カナメは苦い顔だ。
「ありがとございます! ありがとうございます!」
おばさんは感極まったように繰り返す。
しかしカナメとしては、これから厳しい現実を告げなければならない。
「正直言って、この依頼の内容だと引き受ける冒険者はいないかと。報酬も相場よりずっと低いですし」
おばさんの顔が一気に青ざめる。
「そう……ですよね」
「どうですか? それでも依頼を出しますか?」
おそらく<<守護の盾>>以外にもいくつかのギルドに頼み込んだに違いない。
たぶん、門前払いを食らったのだろう。
依頼の内容は人探し。二日前に森に入った男が行方不明になったということだ。
男はおばさんの旦那さんで、狩人の仕事をしているという。
村では他に危険な森に入れる者はおらず、また誰も入ろうとはしないという話だった。
平原に比べて森の中はモンスターが出ることも多い。そんな場所で狩人としてやっていけるのだから、その旦那さんはかなりの実力者なのだろう。ただし、こういった事態になった際に森に入るには同様の力量が要求されるのだ。
おばさんの衣服はくたびれていて、きっと夜通し走っていくつもの冒険者ギルドを回ったのだとわかる。
「はい……お願いします。他に受けてくれる冒険者ギルドもなかったので」
依頼の手続きを終えたおばさんは、がっくりと肩を落として出て行った。
その後ろ姿を、テーブル席のサナは複雑な表情で見送っていた。
「ねえ、マスター」
「なんだ?」
「今の人のクエスト、なにがまずかったの?」
「人探しの依頼はな、成果を出すのが難しいんだ。しかもモンスターも出る森の中だろ。モンスターに食われていたとしたら痕跡すら残っていないかもしれない。そうなればいくら探したとしても見つからない。見つからなければクエストの達成は不可能だ」
「なら探すことそれ自体に報酬を払うことにすればいいんじゃないの?」
サナといっしょに座っていたフェリンも疑問を口にする。
フェリンの疑問はもっともだが、あいにくとこの世界はフェリンのような心根の者ばかりではない。
「ちょっと森に入って適当に歩いただけでも、探したと言い張られたら報酬を払わなくちゃならなくなるだろ。おばさんとしては、そんないい加減な仕事に大金を払うわけにはいかないんだよ」
いくら相場より安いとはいえ、きっとこの報酬額はあのおばさんの限界の金額だ。
夫の命がかかっているとなれば、それがどれほど重いものかは想像に難くない。
「最低でも本人だと確実にわかる証拠。本人を生きて連れ帰れたら一番だが……。こういう言い方はしたくないが……最悪死体を持ち帰らなければいけない」
「そっか……」
悲しそうな顔になるサナ。
なにを考えているのか、サナはしばらくうつむいていたが、やがて顔を上げると笑顔で言った。
「私、行くよ! その人、探してくる!」
「本気か?」
「うん!」
カナメとしてはやめておけと言いたかったが、サナの気持ちも痛いほどわかるので言い出せない。
たしかにさっきのおばさんはなんとかしてあげたいと思う。
「しかし……一人で森に入るのは……」
「はいはーい! 私も行くー」
フェリンが元気よく手を上げる。
「私も……いっしょに」
スーも真剣な表情。
「いいのか? 報酬の額は少ないぞ」
「たまにはこういうのもいいでしょ。成果が上がらなかったらそのときはきっとマスターが慰めてくれるし」
にやっと笑うフェリン。
カナメは苦笑いするしかない。
「ま、夕食くらいならおごってやってもいい」
三人はお互いに笑い合った。
「やったー!」




