飲みすぎ注意 酔っ払いエルフ
生き残った村人たちは無事に近くの町ラディマに送り届けた。
町は市壁で囲われているが、土地は十分にあるわけではない。これから彼らは村の生活にはなかった苦労を経験することになるだろう。
モンスターの脅威があるにも関わらず町を出て村を形成しようとする人々は多い。
それは元は犯罪者であったり、町での経済的な競争に負けて逃げ出した者であったり、様々だ。
そもそも町の市壁にしたってモンスターを絶対に防げるという保証はない。なら目の前に広がる肥沃な大地に希望を託して、開拓に出ようとする者がいても無理からぬことだ。
そうしてたくましく生活圏を広げようとする試みを繰り返すことによって、人類は生き延びている。
「酒場でエルフが飲んだくれている?」
<<守護の盾>>の営業時間もそろそろ終わりという夕方になって、カナメはその報告を聞いた。
教えてくれたおばさんも少し赤ら顔。どうやら酒が入っているらしい。
「ここらでエルフは珍しいからね。もしかしたら、カナメさんとこの子かもってね。そうでなくても一応言っておいたほうがいいだろ?」
「ありがとうございます。すぐに向かいます」
リエラとラキに断ってカナメは駆け出した。
<<守護の盾>>がある通りをまっすぐ走り、大通りに抜ければ目的の酒場は目の前だ。
酒場に駆け込んできたカナメを見て店主が、大げさに肩をすくめてカウンターを指差した。
リミリーはカウンターに突っ伏すように頬を付けて、ぐーぐーと大きないびきを立てて寝ていた。
「さっきまであーとかうーとか騒いで上機嫌で飲みまくってたんだけどね、限界が来て酔い潰れちまったみたいだ」
「すみません。ご迷惑をおかけして」
酒場の主人は樽のような腹を揺らして笑った。
「いいってことよ。この姉ちゃんみたいな美人なら店にいるだけで客寄せになる。もちろん、潰れちまっても。見ろよこの寝顔。まるで天使みてーじゃねぇか」
酒瓶に囲まれて寝る姿は天使からだいぶかけ離れていたが、カナメは苦笑するにとどめた。
料金を代わりに払ってリミリーを背中に乗せる。
「そういえば……よくわかりましたね。うちのギルドの関係者だって」
主人は一瞬きょとんとして、それから大声で笑った。
「わっはっはっは。違う違う。見ない顔のエルフなんて、とりあえずあんたに任しときゃなんとかなるって思っただけだよ。二年前町を救ってくれたあんただ。頼りにしてるんだぜ」
「いや、ええと……それはどうも」
相変わらずこの手の賞賛には慣れることがない。背中がむずかゆくなるような気持ちになってしまう。
店を出たところでふと思い出した。
(そういやこいつって……どこに住んでるんだ?)
「おい、リミリー。……おい」
「んあー……んにゃ……」
起きる気はないらしい。
空を見上げれば、もうほとんど日が落ちて薄暗闇が広がり始めていた。
(仕方ない……ギルドに寝かせるか)
「んー……マスターぁ……」
「えっ?」
首をひねって確認すれば、リミリーはカナメの肩にあごを乗せて目を閉じたままだ。
「やれやれ……起きたかと思った」
「……好き」
「うおっ!?」
今度こそ心臓が跳ねるほど驚いた。つい声を上げてしまった。
「はー……。寝てやがる。ったく、驚かせやがって」
「起きてるよ」
「うわぁっ!?」
リミリーはにへーっと緩んだ笑みを浮かべる。
「マスターあったかぁい。すきー……」
「お、お前本当にリミリーか?」
「ほっぺたふにふに。やわらかーい」
感触を楽しむようにカナメの頬に自分の頬をすりつけるリミリー。
「酒臭いぞ」
「マスターも飲もうよぉ……」
「アホか……」
(こいつ……飲むとこんなになるやつだったのか。甘え癖ってやつか?)
「マスターぁ」
「なんだ?」
「ありがと」
「いいって。気にすんな。だけどな……次からは飲む量には気を付けたほうがいいかもな」
「ちがうよー」
「ん? ああ、あの村でのことか。俺はただギルドマスターとして当然のことをしたまでだよ」
「ちがうってー」
「えっ」
正直それ以上はカナメに心当たりはなかった。リミリーはなにを言いたいのだろうか。
リミリーの口からすべり出たのは、予想外の一言。
「人間を……信じさせてくれて」
「なっ――、それは……」
どういう意味かと聞く前にリミリーは勝手にしゃべり出す。
「私ね、人間に裏切られて殺されそうになったとき、その後ギルドで見捨てられたとき、自分がエルフだからってずっと思ってた。エルフだからこんな目に合うんだって……」
「そんなことねえよ。それはただそいつらがクズ野郎だったってだけだ。エルフだ人間だなどと……俺はまったく気になんかしちゃいない」
カナメはつい語気が強くなる。
「うん。マスターは違う。うれしかった。私ね、マスターのおかげで、もう一度人間を信じられるかもって思ったんだよ。だからね……ありがとう」
「そりゃ……重いな」
人間の信用なんてものが背負えるとはカナメには思えない。今背中でぐでっとしてるエルフの女の子を背負うだけで精いっぱいだ。
「そんなことないよー。私重くないよー」
「バカ、体重のことじゃない。あー……そういやお前、どこで寝てるんだ? フェリンたちと同じ宿か?」
「マスターの部屋に行きたい。いっしょに寝たいー」
「あのなぁ……意味わかって言ってるのか? 男の部屋に、なんて軽々しく口に出すんじゃない」
「男の部屋、じゃなくてマスターの部屋に行きたいんだよ。意味は……ちゃんとわかってる」
リミリーの言葉の最後は、酔った口調でなく真剣なものだった。
「しかしな……」
「フェリンちゃんのことでしょ?」
「いや、実は他の子とも……」
「じゃあ私は三番目。いいでしょ?」
(三番目じゃないんだ! 三番目じゃないんだよ……)
「お願い……」
リミリーの声は消え入りそうに震えていた。
そんな声で言われてしまっては、もううなずくしかない。
「わかったよ」
「マスター、大好き!」
リミリーはカナメの頬にキスをした。




