望まぬ再会
洞窟の主は幸いなことにヴァンパイアとしては下級のレッサーヴァンパイアだった。
眷属のグールを作る能力こそあるものの、まだヴァンパイアとしての能力の多くを使うことはできないようだった。
さして苦労することもなくヴァンパイアを倒したリミリーは、救出対象の娘を発見して帰還した。
娘はすでに噛まれていて、グール化が始まっていた。
こうなってはもう助かることはない。リミリーは娘を安らかな眠りに着かせる選択をするしかなかった。
娘の亡骸を村に届けたとき、事件は起こった。
村長の家で十人もの村人に囲まれてしまったのだ。
「これは……どういうこと?」
「親切な人がいたんですよ。あなたの話は聞かせてもらいました。<<逃げ足>>のリミリーさん」
村長は暗い目をして言った。
「あの噂のこと? それで私をどうするつもり?」
村長は怒りに目を見開く。
「それだけではない! この子を殺したのはお前だ! 見ろ! 頭部の傷を! これはモンスターの牙によるものではない!!」
「それは……この牙を見て。彼女はもうグールになってたんだ。グールは頭部を破壊しなければ動き続ける。できるだけ傷跡は最小限にしようと……」
「それがその女の常套手段なんですよ……」
部屋の奥の扉が開いて、一人の男が現れた。
「ライルっ……!」
三年前リミリーを裏切り、ケイトを死に追いやった張本人。
いきなり拳が飛んできた。
避けるのは簡単なはずだった。
「ぐがっ……」
ライルの拳がリミリーの腹を捉える。
(だめっ……クエストで【猟神憑依】を使いすぎたっ……)
Aランクの複合スキル【猟神憑依】は、特殊な全方位視界を確保し、障害物遮蔽物を無視して生物の存在を赤くシルエットとして認識させる。敵の攻撃や突発的な脅威の死角を瞬時に見極める。身体機能を強化はしないが、行動に最適なよう自動的に補正することができる。
ただし代償として使いすぎるとしばらくの間再使用できなくなり、視力が低下する。
リミリーがかけている眼鏡も、【猟神憑依】のデメリットを補うためのものだった。
リミリーはテーブルの上に押し付けられ、その両腕を後ろ手に縛られてしまう。
ライルは表情を邪悪に歪めた。
「村長さん、約束通りこの女の始末は俺に任せてもらいますよ」
「はい。それでクエストの依頼料がタダになるのなら」
「まあ死人に口はありませんからね。こいつはクエストを失敗して行方不明。そういうことですよ。……さて、ついてきてもらおうか。クソエルフ」
リミリーは村はずれのボロ小屋に連れていかれた。
小屋には先客がいた。
「パドゥ……あなたまでっ!」
岩のようにゴツゴツした顔の、いかつい男。パドゥもあの日ライルといっしょにリミリーを裏切ったパーティーメンバーだ。
「俺はライルと違ってお前に恨みがあるわけじゃない。しかしあの日の出来事は口封じするべきだとずっと思っていた」
「私は誰にも言っていない!」
ライルは口の端を吊り上げて小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
「知ってるよ。お前、<<逃げ足>>の呼び名をそのまま受け入れて、本当のことは言ってないんだろ? だがな、いつまでもそうだとは限らない。少なくともパドゥはそう考えているみたいだな」
リミリーはぎりぎりと唇を噛んだ。
「お前たち……地獄に落ちろっ!」
ドガッ!
リミリーは乱暴に突き飛ばされて、壁に背中を打ち付けて倒れた。
「いきがるなよクソエルフ。お前らエルフに殺された妹の受けた苦痛はこんなもんじゃない」
「狂ってる……。あの子はもうグールだった。あなたは自分の妹に殺されそうになってたのに!」
「うるせえ!」
ライルが足を振り上げる。
「待て。外の様子がおかしい。村人がなにか叫んでいる。騒ぎが起こってるみたいだ」
パドゥが言った。
リミリーの、機能が回復しかけた【猟神憑依】もかろうじて捉えた。村を襲う巨大な爬虫類のような質量を、赤いシルエットとして感知。
偶然というにはあまりにも出来すぎな事態。
思わず笑いがこみあげてきた。
「は……はは……。こんなところまで同じなんて……。ありえない……」
「おい! リミリー! なにを知っている! なにが起きてるんだ!!」
ライルはリミリーの襟首を力任せに掴んで引っ張った。
リミリーは皮肉げに笑った。
「もう忘れたの? ほら、聞こえてきた。あの日私たちに地獄を見せてくれた連中の足音だよ……」
「フレイムリザードだ!! でかい……あのときと同じだ! 変異種だ!!」
小屋の扉を開けて外の様子を確認していたパドゥが叫んだ。
「チィッ! たっぷり苦しめてから殺してやるつもりだったが……仕方ねぇ。お楽しみは無しだ。今すぐ息の根を止めてやる」
ライルの抜いた長剣がギラリと光る。
一突きされればリミリーは命を落とすだろう。
(悔しい……! こんなのってあんまりだよ! ケイト……私、やっぱり人間のことが……)
目を閉じたリミリーに死の瞬間はいつまで経っても訪れなかった。
「え……」
目を開けたリミリーの視界に映るのは信じられない光景。
「なにっ!? て、てめぇ! いったいなにがどうなってやがる!!」
吠えるライル。
リミリーに突き入れられようとしていた剣は、キラキラと輝く白いもやに掴まれて動かなくなっていた。
そしてリミリーとライルの間に現れた人物――。
「リミリー、大丈夫か? 助けに来た」
カナメだった。




