巨大なハンマーを持つ女の子
一階に降りたカナメたちを待っていたのは二人の女性だった。
「あら、マスター。それにラキさん。おはようございます」
一階は広いフロアに丸テーブルが六つ。ちょっとしたバーの店内と見えなくもない。しかしカウンターの棚には酒ではなく本や書類の類が収められている。
その受付カウンターの内側に立っていた女性が、カナメたちに気付いて挨拶した。
カナメも手を上げて応えた。
「やあリエラ。おはよう」
「おはよー」
リエラはアールリーミルの王都から派遣された職員だ。【鑑定】スキルを使う公認鑑定士としてギルドに在籍している。彼女の存在が無認可ギルドと認可ギルドを分けると言っても過言ではない。それほど重要な人物だ。
包容力のある大人の女性、といった印象の彼女はややウェーブがかった豊かな長い金色の髪と理知的な顔立ちをしていた。それに、なんといっても目を引くのは、仕立てのいい紺のドレススーツの上からでもはっきりとわかる、大きな胸。
リエラには<<守護の盾>>設立当初からお世話になっている。
そしてカナメはもう一人、カウンターを挟んでリエラの向かいに立つ少女に目を向けた。
動きやすい服装だが、背中に背負うリュックサックはずいぶんとでかい。長距離を移動してきたような装備だ。体は小さくて自信なさげで、迷い猫のような印象を受ける。毛先の跳ねた短めの栗色髪が健康的に見えた。
「私が出勤してきた時にはすでにギルドの前に立っていたんです」
リエラの説明。
「そうか。じゃあ登録希望かな?」
カナメに声をかけられてびくっと体を震わせる少女。
「あっ、あの! わ、私……えと……」
思いつめたような表情で、必死に言葉を紡ごうとしている様子だけど、言葉は小さく尻すぼみになってしまう。
少女の横には恐ろしく柄の長い巨大なハンマーが置かれている。少女の背丈よりも長い柄。さらにハンマーの塊部分には殺傷力の高そうなトゲが生えていた。
(ずいぶんとデカいハンマーだな。まさかこんな小さな少女が振り回したりできるのか?)
内心の疑問は顔に出さず、にこやかな笑顔で訊く。
「それとも冒険者ランクの鑑定かな?」
<<守護の盾>>は認可ギルドだ。公式な冒険者ランク鑑定ができる。無認可ギルドに所属する冒険者だって、冒険者ランク証を手に入れるには認可ギルドか王都へ直接足を運んで鑑定を行う必要がある。
冒険者ランク鑑定はギルドの重要な収入源だった。
「料金は二百ゴールド――」
「ちっ、違います! あのっ、私登録に来ました! 冒険者になりたくて村を出たんです!」
カナメの言葉をさえぎって慌てたように少女が声を上げた。
「やっぱり登録か。冒険者ランクは……ああ初心者か。でもまずは所持スキルの確認だ。わからなければ【鑑定】が必要だけど」
「えっ」
とたんに不安そうな顔になる少女。いったいなんなんだとカナメは内心首をひねる。
「スキルはたぶん【槌戦闘】と……【ヒール】もあります」
「それ、本当?」
聞いていたリエラが声を上げた。
「はい。私【ヒール】が使えるんです。でも他のスキルは……ごめんなさい、わかりません」
少女の説明を聞いてようやくわかってきた。
どうやら彼女は初心者で正式な鑑定を受けたことがない。料金の二百ゴールドはそれなりの大金だ。だから料金を聞いて慌てて登録と言ったのだろう。
冒険者になりたい人間は普通ならまずは鑑定だ。一度も鑑定したことがない初心者がいきなり登録なんて無茶なのだが……。
「すごい。【ヒール】が使えるなんて。回復魔法はどんなパーティーでも引く手数多だよね」
ラキが驚いたように言う。
【ヒール】が使える冒険者は貴重だ。たとえ初心者だって鑑定さえ済ませていれば<<守護の盾>>みたいな無名のギルドでなくもっと大きなギルドにだって入れるだろう。
そんな彼女がわざわざ<<守護の盾>>を選んだ理由はすぐにわかった。
「違うんです。私、回復士じゃなくて戦士として登録したいんです」
(なるほど、そういうことか)
【ヒール】が使えるとなればどこへ行ったってそれ目当ての登録しかさせてもらえない。ただの戦士なら駆け出しの少女など相手にもされないだろう。だから藁にもすがる思いでここに来たということらしい。
「あの……やっぱりダメ……でしょうか?」
上目遣いにカナメを見つめる少女の目には強い意志の光があった。
「それは――」
カナメが言いかけたところで入り口の扉が開いた。ガチャリという音に全員の視線が集まる。すらりとした長身の女性が入ってきた。
輝く銀の髪を腰まで伸ばしている。ところどころ肌の露出の多い軽装鎧姿は、均整の取れた体形も相まって煽情的というよりかっこいいという表現のほうがぴったりだ。
軽装だがその鎧の装甲は、言い知れぬ存在感を放っている。鎧の表面には精緻な文様が刻み込まれていて、古びているのだが決して安っぽくはない。そしてスカート部分はまったく異なった趣向のデザインの刺繍が施されていた。上下でどこかちぐはぐに見える装備だった。
そして女性の背中には大小十本近くになる武器が背負われてた。大剣、槍、メイス、杖、鎌など、パッと見でも雑多な武器の数々。それでも武器の行商に見えないのは女性のまとう独特の雰囲気のせいだ。
するどく、容赦がない。
ピンと張りつめた空気を漂わせている。そんなものは歴戦の冒険者にしか出すことはできない。
「おかえり、セスティナ」
カナメが軽い調子で手を上げると、女性は小さくうなずいた。
「ん、ただいま……マスター。ヴァンパイアロード、鮮血のギーグの討伐クエスト――完了だ」
彼女――セスティナは<<守護の盾>>の誇るAランク冒険者だ。
「はわぁー……」
登録希望の少女はセスティナの持つ雰囲気に圧倒されて、口を大きく開けて目を奪われていた。
「おつかれさまでしたセスティナさん。では鑑定のほう、させていただいても?」
「ああ、頼んだ」
そう言ってセスティナがリエラと向き合う。
じっと目を合わせてお互い視線を外さない。
「見ていろ。これから【鑑定】が始まるぞ」
不思議そうに二人を見る少女にカナメが言った。
「ではセスティナさん手を出してください」
「ああ」
カウンターの上に差し出されたセスティナの両手に、リエラがそっと自分の手を重ねる。そしてリエラの瞳が青白い光を放った。いや瞳の上に現れた極微の魔法陣が光を放っているのだ。これが【鑑定】のスキル。
【鑑定】は所持スキルを確認するためだけのものではない。
今リエラは【鑑定】を使ってセスティナの今回の冒険の一部始終を、映像として見ているのだ。
心を覗かれるようで嫌だと思う者は当然いるが、そんなことを言っていては冒険者は務まらない。
そもそもリエラも職務に不要な情報までは読み取らないという誓いを立てた正式な公認鑑定士だ。そこはギルドの……いや、王国の信用を背負っている。
やがてリエラの瞳の光は収まり、静かに手を離した。
「はい、確認できました。二千もの人間の命を食らったとされる伝説の異形。よく討伐されましたね。本当におつかれさまでした」
「ああ。……む」
短く答えてセスティナは自分を見つめる少女に初めて気付いたようだ。いや正確には少女の脇に置かれた巨大なハンマーに。
「あっ」
少女が小さく声を上げた。セスティナがハンマーを手に取ったからだ。
セスティナは少女の巨大ハンマーを持ち上げ、いきなり振り始めた。
びゅんびゅんと勢いよくハンマーを振るが、絶妙な技術で振るわれるそれは他の何にもぶつかることはない。
そしてひとしきり振り終わると、まるで紙で出来ているかのように静かに元の位置に置いた。
「すごい……」
少女のつぶやき。
「名前は?」
セスティナの短い問いに少女は跳ねるように姿勢を正した。
「はいっ! 私サナです!」
「サナ、このハンマーはお前の装備か?」
「はい、そうです」
「サナはこのハンマーを使いこなせているのか?」
「えっ、それってどういう……」
不思議そうな顔のサナ。
「ああ、いや、普通に武器として使うことができているのか?」
「い、一応……たぶん……。セスティナさん、も……びっくりしました。あんなに軽々振り回せるなんて」
多少気後れがあるのかつっかえつっかえながらも、素直に驚きを口にするサナ。
セスティナは視線をハンマーに落として言った。
「いや。私のは強引にねじ伏せているだけだ。どうやら私はこの武器に認められはしなかったようだ」
セスティナの言い方だとなにやら物凄い武器だと言っているような感じだった。
だがそのことを聞く前にセスティナのほうがカナメを向いて口を開いた。
「マスター、サナはぜひうちのギルドに入ってもらったほうがいい」
「えっ」
声を上げて驚くサナ。
「ふうん。セスティナに認められたか。もちろんだ。最初から彼女は合格のつもりだったよ」
可愛いから、とは口に出さない。
が、それは他の面々にはお見通しだったらしい。
「やっぱり」
「だと思いました」
ラキとリエラの当然とばかりの声。
「ふっ」
セスティナも小さく笑った。
「あ……あ……ありがとうございますっ!!」
サナは満面の笑顔で頭を下げた。




