<<逃げ足>>のリミリー
結局その後、リーナは部下たちを連れて王都へ帰っていった。
リーナたちは迷惑料として多額の金を寄越してきたが、丁重に断った。ギルドのガラス一枚より、ラキにぶちのめされた男たちの治療費のほうが高くつくと思ったからだ。
「まあ。そんなことがあったんですか」
昨日のギルド襲撃の件を話すと、リエラは目を丸くして驚いていた。
「それは大変だったねぇ」
リミリーはテーブル席で頬杖を突いて前髪の毛先をいじりながら、気のない返事を返してくる。
パキッ!
クッキーをかじった音だ。
まるで自宅のようなくつろぎよう。
「お前はなにだらけてるんだ。次の仕事は決めてないのか? 兵員の募集ならうちにも来てるぞ」
「だめだめー。今そんなものに応募したら、絶対北に回されるんだから。もうあんなのはこりごりだよ」
「ったくお前ってやつは……」
リミリーの<<逃げ足>>の二つ名が真実なのかどうかは知らないが、このだらけっぷりを見ていると否定したい気持ちが少し揺らぐ。
「マスターーーーーー!」
いつものようにフェリンが元気いっぱい飛び込んできた。
「おう、フェリン。今日も元気だな。スーも相変わらず眠そうだな」
フェリンはさっそくカウンターの中に入ってきてカナメの腕を取る。
「えへへー……元気だよ! でも、マスターの顔を見たらもっと元気になったかも」
「私は別に眠いわけじゃない。この目つきは生まれつき」
スーはむすっとして言った。
「へぇ。マスターモテるんだ? その子たちは?」
リミリーが面白そうに笑っていた。
「剣士のフェリンと魔法士のスーだ。お前とは初めてだったな。自己紹介しておくか」
カナメに促されて三人はお互いに自己紹介を済ませた。
「そういやサナはどうした? まだ起きてきてないみたいだが」
「ああー、昨日あんなことがあったからね。眠れなかったんじゃないかな」
ラキに言われて納得する。
昨日はリーナとの一件の後、帰って来るなり心配したサナに泣きつかれた。なんとかなだめてそれぞれ部屋に戻ったのだが……。ギルドが襲われるなど初めてのことだ。たしかにそれはありそうだった。
「あんなこと?」
フェリンがきょとんとして訊いてくる。
「いや、まあ後でサナから聞いてくれ。お、ちょうど来たみたいだぞ」
「ふぁぁ……おはようございますー……」
噂をすればちょうどサナが眠い目をこすりながら階段を降りてきたところだった。
「こいつが新人で戦士のサナ」
「や。はじめまして。私はリミリー。よろしくー」
サナは慌てて姿勢を正した。
「はい! サナです! よろしくお願いします」
一通り顔合わせが終わったところでフェリンが切り出した。
「そうだ! せっかくだからみんなでクエストに行かない? 討伐とかさぁ」
しかしリミリーは苦笑い。
「いやぁ、やめとくよ。私、<<守護の盾>>の子といっしょに戦う気はないんだ。なにしろ私、<<逃げ足>>だからね」
「<<逃げ足>>?」
サナが聞き返した。
答えたのはスーだ。
「聞いたことある。自分が生き残るためなら味方の犠牲もいとわない。モンスターから逃げるのに、仲間の足を切り落として囮として放置したとか……」
「スー!」
カナメの鋭い声が響いた。
スーははっとしてカナメを見た。それからリミリーに頭を下げる。
「ごめんなさい。噂はあくまで噂。私はそれを信じているわけじゃない」
周囲に気まずい空気が漂う。
沈黙を破ったのはリミリー本人だった。
「まあ、そういうわけだから。もしものときにみんなに迷惑かかるといけないし。私はいつも通り一人で行くよ。あっ、このクエストにしよっと! じゃあマスター、行ってきまーす!」
掲示板から一枚の紙を剥がしてカナメの前に出して、さっさと出て行ってしまった。
あくまで軽い調子を崩さないリミリーだったが、カナメは彼女から寂しそうな雰囲気を感じ取っていた。
そもそも迷惑をかけたくないと言って仲間から距離を置くようなやつが、簡単に裏切りを働くとは思えない。
リミリーが優先して軍の仕事を請けていたのも、本当は噂を知る冒険者を避けていたからかもしれなかった。
スーは落ち込んだ表情で顔をうつむかせていた。
(まあスーも反省してるようだし、これ以上なにか言うのはやめておくか)
こんなとき頼りになるのは、いつだってラキだ。
「みんな、お茶が入ったよ。クッキーもあるよー」
ラキの一声で空気が変わる。
女の子たちの歓声が響き渡った。




