ギルド襲撃
深夜。ミルタの町は通りを歩く人もいなくなり、ひっそりと静まり返っていた。
いるのは路上に寝そべる酔っ払いだけ。酔っ払いは物音に気付いたように一瞬建物の上に目を向けるが、すぐに思い違いだと再び寝転ぶ。
しかしそれは思い違いなどではなかった。
<<守護の盾>>ギルドの左右両側の建物の屋根の上に、男たちの姿があった。
彼らは真っ黒な装束をまとい、闇に溶け込むようにして息を殺していた。
「全員配置に着きました」
「よし、では合図と共にすみやかに行動を開始しろ」
隊長格の男が部下の報告を聞いて命令した。
「はっ」
短く答えて部下は闇に消える。
ヒュッ!
隊長は短い口笛を鳴らした。
<<守護の盾>>を囲む影たちが動き出した。
ちょうどそのとき、月を覆っていた雲が動き、月明りが辺りを照らし出した。
そこで初めて隊長は気が付いた。
「なっ――」
人がいた。
たしかにさっきまではいなかった。いつの間にか<<守護の盾>>の屋根の上に、エプロンドレス姿の可愛らしい少女が穏やかな微笑みを浮かべて立っていた。
ラキだった。
「お客様ー、ギルドの営業時間は終わっていますよ?」
月明りを浴びて輝いているかのようなラキは、ほとんど非現実的なまでの美しさを見る者に印象付ける。隊長はその姿を一瞬、月の女神とダブらせた。
「……」
隊長のすぐ横で、部下の一人が息を飲む気配がした。隊長自身も見惚れたくなる気持ちを自制するのに精いっぱいだった。
幻術でも使われているのかと疑いたくなる。それほどの愛らしい姿。
影の一人が飛び出し、宙を舞った。
となりの建物から<<守護の盾>>の屋根の上に飛び移ったのだ。
「ダメだ! ギルドの関係者だ! 手を出すんじゃない!!」
隊長が叫ぶのと、飛び移った黒装束が吹っ飛ぶのは同時だった。
「えっと。家屋への侵入は敵とみなして強制的に排除させていただきますがー」
たった今男を吹っ飛ばしたばかりのラキが、それまでと変わらない微笑を浮かべて柔らかく言った。
他の黒装束たちも次々と左右の建物から飛び移り、ラキのところへ殺到する。
「くそっ! バカがっ!!」
隊長も毒づいて飛び出した。
ラキは足場の不安定な屋根の上で、妖精が舞うようにひらひらと体を動かす。
それだけで男たちは次々に吹っ飛ばされて地面に叩き落されていく。
「拳闘士Aランクスキル――【神拳】。派生スキル【武神の型】。これは人間や人型のモンスターに対して無類の強さを発揮するっていうスキルなんだけど……、君たちじゃ突破するのは無理だと思うよ」
剣を抜いて包囲を狭めようとする男たちが、雷にでも打たれたようにびくりと体をすくませる。Aランクのスキルというのはそれほどのものだ。
「落ち着け! そいつと戦っても【大守護】が発動してしまったら終わりだ! マスターの男の確保を優先するんだ! 早く!」
男たちのうち何人かが、ばっと飛び退って散開する。かぎ縄を使って屋根から飛び降り、直後にガラスが割れる音。
ラキの顔に初めて緊張が走った。
「狙いはカナメ!? しまった!!」
走り出したラキの行き先を、隊長が遮る。
「邪魔だよ。どいてっ」
ラキの拳を後方に宙返りして避ける隊長。
足場の不安定な屋根の上でのそれは、並みの身のこなしではない。
別の男が剣で襲い掛かるが、ラキは体をひねって逆に反撃の拳を繰り出す。しかし男はすでに剣を引いて距離を取っていた。
ラキを倒すのではなく、慎重に牽制するような動きに変わっていた。
「時間稼ぎするつもり!? ああっ、もうっ! カナメーーーーー!!」
それでも神速の踏み込みで別の一人を吹っ飛ばしながら、ラキは叫んだ。
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「なんだ、今の音は」
カナメは眠い目をこすってベッドから体を起こした。
時刻はおそらくまだ深夜。
(ガラスが割れる音がした気がしたが……)
ランプを点けて明かりを確保。カナメは廊下に出た。
「っ――!」
そこでいきなり黒装束の男と鉢合わせる。
どうこうする間もなかった。
あっという間にカナメは手首を掴まれ、背中を廊下の壁に押し付けられる。
「<<守護の盾>>のギルドマスターとお見受けする。我々にご同行願えますかな?」
「それが……人に物を頼む態度かよっ……」
なんとか体の自由を得ようと腕に力を込めるが、ガッチリと掴まれてしまっていてピクリとも動かない。
ならばと股間に膝蹴りを狙うが、やはり足をずらしてガードされる。
「おとなしくしていただければ危害は加えません」
「マスターになにしてるんですか!!」
サナの悲痛な叫び。どうやらサナも起きて部屋から出てきたらしい。
「サナ! 後ろだ!」
「えっ!? きゃあっ!」
もう一人の男がサナを後ろから羽交い絞めにする。
「お前らっ! うちのギルドの仲間になにかしやがったら……」
「ご心配なく。【大守護】を発動させるわけにはいきませんのでね。こちらのお嬢さんにも危害を加えたりはしません」
(こいつら……俺の【大守護】を知っているのか)
それに男はこんな黒ずくめの格好をしてはいるが、意外なほど品のいい口調だ。夜盗の類ではないらしい。
答えにはすぐに思い至った。
「リーナの差し金か」
「……」
男は答えない。
しかしわずかな表情の変化ですぐに正解だとわかった。
(まさかリーナのやつ、こんな手を使うなんてな)
リーナの部下なら正規の軍人だろう。とはいえ<<守護の盾>>に襲撃をかけてくるような輩に遠慮をする義理はカナメにもない。
カナメは短く息を吸った。
「お前は、その手を――離さなければならない」
「?」
顔だけを露出させた黒装束姿の男の眉がひそめられる。
カナメは男の目をただじっと見た。
一瞬の間。
男はカナメの腕を離した。
「賢明だ」
男は自分自身の手を見て、なぜ離してしまったのか困惑しているようだった。
「心配するな。ついて行ってやるよ。いくら俺の力が欲しいとはいえ、こんなことまでするリーナには言ってやりたいこともあるしな」
もう一人の男もサナを解放していた。
「あなたは……」
カナメの腕を掴んでいた男が不可解そうな目をして訊いてきた。
「なぜそんなに余裕があるのですか? スキルは自発的には使えない【大守護】だけ。そう聞いています」
「奥の手があったとして、それを自慢げに語るやつはいないだろ。違うか?」
男は一本取られたとばかりに苦笑した。
「たしかに」
「カナメ!! 無事だった?」
割れた窓からするりと飛び込んでラキが入ってきた。
「あー、これからちょっと散歩に行かないか?」
「へ?」
ラキは間が抜けた声で聞き返すだけだった。




