聖騎士リーナ
新品と見紛うばかりの銀鎧は少しの曇りもない。鎧の下の赤のスカートは金糸の刺繍入りでいかにも高級そう。純白いマントにもわずかな汚れすらついていなかった。顔立ちはどこかのお姫様というくらいに整っている。輝くような豊かな金髪は丁寧に手入れされていた。
「<<外>>に近い辺境の町で冒険者ギルドを始めたって、風のうわさに聞きましたの。本当でしたのね」
「そういうお前こそ。今さら何の用だ?」
(すっかり忘れてたな……。ったく、めんどくさいやつが来たもんだ)
ちらりと後ろを見ればラキも苦笑いを返してくる。当然だがラキとしてもあまり歓迎できない相手ということだ。
リーナは小馬鹿にするようにふんと鼻を鳴らした。
「今の私の肩書、知りたいかしら? 特別に教えて差し上げます。アールリーミル神聖騎士団九十八位、リーナ・アルシュタット」
「……あー、ラキ」
「はい、お茶でしょ。どうぞー」
飲みたいとまで言わずとも、熱々のお茶のカップはカナメの目の前にすでに用意されていた。
カナメがお茶を飲みたくなるタイミングに合わせて入れなければ、絶対にこんな真似はできない。
ほとんど予知能力じみたラキの手際だが、カナメにとってそれはもう当たり前になっている。
リーナを無視した二人のやりとり。
「神聖騎士団!?」
「本物の聖騎士!?」
一方リエラとリミリーは驚いていた。
リーナは一瞬表情をひきつらせたものの、反応があった二人を見て得意げな笑みを取り戻した。
「で、その聖騎士がなんの用だ? こう言っちゃなんだが要件は早めに済ませてもらいたい。ギルドの前に停めてある仰々しい馬車も邪魔だ」
開け放たれたままの入り口の向こうには、豪華な黒塗りの馬車の一部が見えた。
「少々込み入った話になります。できれば別の場所でお話しさせていただきたいのですけれど」
そう言って階段のほうを見るリーナ。リエラやリミリーのことも邪魔だと言外に言っていた。
だがカナメとしてはリーナの都合にいちいち付き合うつもりはない。
「別にここでいいだろう。どうせすぐ帰ることになる」
「ぐっ」
リーナは今度ははっきりと唇を噛んだ。ぷるぷると震える表情をなんとか落ち着かせて、ぎくしゃくとした笑みを浮かべた。
「ルメルニリア州がモンスターの大軍に襲撃されて甚大な被害を被った件については知っているかしら?」
「ああ、たった今聞いたばかりだ」
リーナは意外そうに目を丸くした。
「たいしたものね。さすがは小さくても認可ギルドのマスター、といったところかしら」
その情報をもたらした当のリミリーは鼻をこすって少し得意げ。
「知っているのならこちらとしても話が早くて助かります。では本題に入りましょう。要件は一つ――」
こほんと咳ばらいを挟んで、リーナはカナメに指を突き付けた。
「カナメ、私の下へ来なさい。そして共に戦うのです。ルメルニリア州領土奪還作戦で期待通りの働きをしてくれたなら――それなりのポストを用意します」
「興味ない」
カナメがそっけなく答えると、リーナの我慢も限界に達したようだ。
受付カウンターに拳を叩きつけて叫ぶ。
「私と共に戦うということは、あなたも騎士団の一員になれるということ。――いいえ、聖騎士にだってなれるかもしれないのですよ! これがどれほどの名誉か理解できないのですか!」
「悪いけど今の俺は<<守護の盾>>を預かるギルドマスターなんだよ。それに……これはお前にとって重要な情報だと思うんだが」
そう前置きしてカナメはお茶を一口すする。
わざと間を開けるようなカナメの態度に、リーナのイライラは誰の目にも明らかだ。
「ふう、美味い」
「いい加減に――」
再び爆発しかけたリーナの怒りを、一言でさえぎる。
「俺はもうお前に対して【大守護】は発動しない」
「なっ――」
リーナは叫びかけた口を開いたまま固まった。
「当たり前だろう。俺たちを裏切り、あわや死の危険に追い詰めてくれたんだ。そんなやつを誰が守りたいと思う? 俺がお前を見逃したのだって単なる気まぐれ――いや、お前があまりに哀れに命乞いしたからだ」
「違っ……命乞いなんかじゃ……私は本当に……本当は……」
リーナの動揺は見てわかるほど大きなものだった。
「大方ルメルニリア州の領土奪還作戦で俺の力を利用して戦功を上げたかったんだろうが、アテが外れたな。そういやお前は<<剣聖>>と呼ばれるほどの剣の使い手なのに、いつもドラヴィスやラキの後に続いて戦っていたな。お前は自分に自信がないといつも漏らしていたが……本当は自分の安全を確保したかっただけじゃないのか?」
その瞬間だった。
「う……う……」
リーナの瞳から大粒の涙があふれてこぼれる。
「え……」
その場の全員の視線が集まる。
リーナははっと目を見開いて、慌てて背中を向けた。そのまま外へと歩き出す。
<<守護の盾>>を出る直前、小さくぽつりと――。
「私はあきらめませんわよ」
それだけを残して去っていった。
「はー、びっくりした。マスター、聖騎士の人と知り合いだったの?」
リミリーは緊張が解けたのか、あからさまに肩の力を抜いて言った。
「昔いっしょにパーティーを組んでいただけだ。そのときはまだ聖騎士なんて大層な肩書はなかったけどな。それにしてもリーナのやつ、いきなり泣き出したりして……どうしたんだ?」
「カナメ、ちょっといい?」
ラキは珍しく曇った表情だ。
「どうした?」
「カナメは気付いてなかったと思うけど……。リーナはね、ずっとカナメのことが――」




