エルフの弓士リミリー
その日<<守護の盾>>にやってきた女性は、カナメのよく知る人物だった。
「お、リミリーじゃないか。半年振りか? ようやく帰ってきたか」
「おおー! 会いたかったよマスター。私のこと、忘れてなかったんだね」
芝居がかった調子で大仰に両手を広げるのは、<<守護の盾>>のメンバーで弓士のリミリー。
とがった耳先が特徴的な彼女は、人間ではない。エルフ種だ。
サラサラの輝く若葉色の髪をサイドテールに結っていて、長方形フレームの眼鏡をかけている。エルフ種は一般的にその美貌で名高いが、リミリーもその例に漏れず整った顔立ちをしている。
「おかえり、リミリーちゃん」
ラキも笑顔で迎える。
「リミリーさんはたしかルメルニリア州の兵員募集に応募したんですよね」
ルメルニリアは王都の北に位置する属州だ。
思い出すように言ったリエラに、リミリーは笑顔で答える。
「そ。認可ギルドの正規ギルド証を持ってると、どこの軍隊に行っても部隊長クラスで雇ってもらえるからお得だよね。日当が支給されるから長期間食いっぱぐれないのが軍のお仕事のいいところだよ」
リミリーは一年以上前から<<守護の盾>>に所属しているが、兵員募集に応募して長期間の軍の仕事を主にしているため、ほとんどギルドにいたことがない。
モンスターに日々脅かされるこの世界では、兵士は常に人手不足だ。実力ある冒険者なら兵員として雇われた際には好待遇なのが基本だ。
リミリーはギルド証のおかげと言っているが、もちろん十分な実力がなければ早々に解雇されていたはずだ。
「ってことは任期が満了して帰ってきたのか」
リミリーはぴくりと眉を寄せた。
「その様子だとまだこの町には情報が来てないみたいだね」
リミリー以外の三人はお互いに顔を見合わせた。
入ってきた時の明るさから一変。リミリーは深刻そうな顔になって言った。
「大規模なモンスターの襲撃。四つの町が壊滅してルメルニリア州は領土の五分の一を失った」
「それは本当か?」
カナメが真剣な声色で訊く。
リミリーはゆっくりうなずく。
「本当も本当。私の知る限り今までで一番の大侵攻だね。私も必死に戦ったんだけど……部隊は壊乱して散り散り。民間人も兵士も先を争うように逃げ惑った。私も命からがら逃げ伸びるのが精いっぱいだったよ。まあ私は<<逃げ足>>のリミリーだからね。この程度で命を落とすようなヘマはしなかったけど」
最後のほうは冗談めかした調子で。
リミリーを知る者の多くは、彼女を<<逃げ足>>という不名誉な二つ名で呼ぶ。そして本人もそれを隠すことなく自ら名乗っていた。
それほど大規模な被害が出たというのに、リミリーのこのタフな様子にはカナメも内心舌を巻く。大混乱の中をくぐり抜けてきたとは微塵も感じさせない。しっかりとした精神状態を維持しているらしい。
「それほど甚大な被害だと……国が揺らぐ事態になりますね」
「ああ。国の対応次第では各州の独立運動に繋がりかねない」
リエラの懸念にカナメも同意する。
百年の昔には七つの州それぞれが独立した国家だったのだ。今も各州の王家は存続している。アールリーミル神聖王国が七つの州をまとめるに足らないと判断されれば、反旗を翻すことだってあり得るだろう。
「軍で聞いた噂だと、国を挙げて大規模な特別討伐隊が編成されるんじゃないかって」
「ついに神聖騎士団が動くのか」
人類圏がどれほどモンスターに脅かされようと決して動くことのなかったアールリーミルの誇る最強戦力。
たしかに彼らなら領土奪回も不可能ではないだろう。
しかしリミリーは首を傾げる。
「どうだろうね。神聖騎士団を動かせばアールリーミル王都の守備が手薄になるから……そこを他の州が裏切って攻め込まれたらって考えると……」
「しかし黙っているわけにもいかないだろ。一切手助けしないとなれば他の州への示しがつかない」
「兵は王都ではなく属州から集めるつもりかもしれませんね。このミルタの町にも募集が来るかも」
リエラの案はありえそうだ。
「そうするとリミリーはまた応募して軍で働くのか?」
リミリーは慌てたように手を振った。
「とんでもない! そんな大規模な戦争、絶対危険だって。私が軍隊好きなのはあくまで非戦闘時。常備兵として兵舎や野営地でだらだらしてるだけでお金がもらえる場合に限るんだよ」
「そんな不真面目な姿勢で軍隊にいたのかお前……」
「まあ、それで地獄の中を泥を啜りながら逃げ延びるハメになっちゃったからね。そうそう美味い話ばかりじゃないってことだね」
地獄――。
リミリーはさらりと言うが、四つの町が壊滅するような大襲撃はどれほど悲惨なものだったのだろうか。
そのときだった。
「お久しぶりね、カナメさん」
「お前は――」
新たに入ってきた女性をカナメは知っていた。
ラキもはっとして息を飲む。
リーナ。
魔王を倒した勇者のパーティーの生き残り。レグザールと共にカナメを裏切った人物だった。




