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ギルドの朝

 窓から差し込む日差しのまぶしさでカナメは目を覚ました。


「おはよ。いい朝だね」


 目をこすってベッドから体を起こすカナメに、水の入ったコップを差し出すのはラキ。

 ほとんど反射的に受け取って、その瞬間カナメとラキの指が触れる。


「あっ」


 ラキは慌てたような声を出して体を跳ねさせた。

 コップが大きく揺れてこぼれた中身が毛布の上にかかる。


「ごめんなさい。今すぐ拭く物を……」

「ああ……いや、大丈夫だ」


 寝起きでまだ頭が回っていない、平坦な声でカナメが返した。

 なんとかコップはひっくり返らず持ち直せたので、こぼれた水はごくわずかだった。残った中身を一口飲めば、乾いた喉に心地よい潤いが広がる。


「なら朝食? あっ。ちょうど卵が焼けたみたい」


 そう言ってくるりと身をひるがえして台所のほうへ向かうラキの、メイドのようなエプロンドレス姿を目で追った。


 部屋の床と壁、それに天井は全て木の板張り。この世界ではごくありふれた造りだが、見た目の素朴さとは裏腹にちょっとやそっとの衝撃では揺るぎもしない頑丈さに設計されている。男一人で住むには広いが二人だと狭い、その程度の広さの部屋だ。


 ラキはとなりの部屋に住んでいるのだが、なぜか当たり前のようにカナメの部屋に来ては家事全般をしてくれている。


 眠気を振り払うように一度頭を振って、カナメもテーブルへと向かう。

 木製ハンガーにかけられているジャケットを無造作に掴み取って袖を通し、ドカッとイスに座る。


「お待たせー」


 戻ってきたラキが最後の皿をテーブルの上に置けば、朝食の用意は整った。パンとサラダと焼きたての目玉焼き。それに焼きたてなのは目玉焼きだけではない。香ばしい匂いを漂わせているのは、ほどよく焼き色のついたソーセージだ。


 カナメが自然と目を覚ますタイミングを見計らったとしか思えない、出来立ての朝食。

 テーブルを挟んで対面に座るラキは、なにがうれしいのか穏やかな笑顔を浮かべている。


 サラサラの淡い色の髪は澄み渡った空を想像させる。優しく爽やかな顔立ちは人なつっこそうな愛嬌がある。おそらく町ですれ違えば男なら十人中十人が振り返る……いや、百人中百人が見とれてしまうだろう。それほどの可愛らしさ。


 カナメは自分のこめかみの辺りを、曲げた指の関節でコツンと叩く。


(おいおい……落ち着け。俺にはそういう趣味はないんだ)


「?」


 ラキは可愛らしく小首をかしげた。

 そう。このとてつもない美少女――にしか見えないラキは紛うことなき男性。


 性別こそ男だがそこには顔立ち、雰囲気、体つきまでどれをとっても男を感じさせる要素は微塵もなかった。ちょっと胸がないだけの完全完璧な美少女としか思えない。その声まで少女のように美しい。神のいたずらもここまで来ると冗談が過ぎる。


「ふふ」


 そんなカナメを、ラキはただニコニコと眺めている。


「なんだよ」

「おいしい?」

「フツーだな」


 そう言って面白くもなさそうな顔でムシャムシャと口に詰め込むカナメだったが、ラキには慣れた光景なのか特に気分を害した様子もなく、カナメの食べる様子をただ笑顔で見ている。


「ん? お前は食わないのか?」

「あっ、そうだね」


 指摘されてラキがようやく慌てたように自分のぶんを食べ出すのも、いつものように繰り返されるお決まりの光景だった。


 カナメが経営する冒険者ギルド<<守護(しゅご)(たて)>>の建屋三階の一室は、カナメが自宅として使っている。

 隣のラキの部屋以外の四部屋は空き部屋だ。


 宿屋でも始めて客を取れそうなこの立派な建物を、まだ二十歳にもなっていないカナメが手に入れることができたのは、幸運と言う他ない。


(しかもダメ元で出した認可ギルドの申請が通っちまうなんてなぁ……)


 魔王が死してなお人類の生存圏は脅かされ続けている。アールリーミル神聖王国を中心に、ぐるりと周囲を囲むように、かつてはそれぞれ独立した国だった七つの属州が存在している。それが現在の人類の版図の全てだ。その外はどこまで続いているかもわからないモンスターの領域。


 カナメの<<守護の盾>>ギルドがあるのは王都アールリーミルから西に位置するラタベグリア州の町ミルタだ。


 想像を絶する数の魔物がひしめくこの世界で、冒険者は人気の職業だ。

 冒険者ギルドだって数えきれないほどある。


 しかし元々腕っぷし一つが頼りの、職にあぶれたような人間が行きつく場所でもあったため、山賊や盗賊と変わらないようなならず者の集団まで冒険者ギルドを名乗っていたりする。


 そういった連中と区別するためにアールリーミル神聖王国では、冒険者ギルドの認可制度を敷いている。

 認可基準こそ明らかにされていないものの、認可ギルドの認定を受ければギルドの信用という面で大きな恩恵がある。


 特にカナメの<<守護の盾>>のようなできたばかりの新設ギルドにとってそれは、これ以上ない看板になる。


 とはいえそうそう美味い話ばかりでもない。悪事を働けば一発で認可は取り消されるし、通常業務でも国に利益の二割を納めなければならない。

 認可ギルドだからと言ってそれだけで生活安泰、というわけには到底いかなかった。


「金……だなぁ」


 食事の手を止めてぽつりと漏らした言葉にラキが反応した。


「だねー。そのためにも、今日もお仕事、がんばらないとねっ」

「あいよ」


 明るいラキとは対照的に、カナメは投げやりな返事を返した。

 カナメは朝食を終えて身だしなみを整えてから、ラキを伴って一階へと向かった。

 ギルドの営業時間が始まった。

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