竜縛の結界
思わず宝箱に駆け寄ろうとしたセスティナ。しかしすぐにはっとして周囲を見回す。
(モンスターの骨だらけだ……。これほどの数のモンスターがここで死んだのか? やったのはこのドラゴンか?)
ならば自分が標的にされないというのはどういうわけだろう。
そしてここへ来るまで何度もあったモンスターの襲撃が、どういうわけかピタリと止んでいた。あれだけいたモンスターたちの気配が消えている。
(見たところ瘴気を出す類の能力は持っていないようだが……)
ドラゴンの金属のように硬い肌を、確かめるように撫でるセスティナ。
誇りの高さで有名なドラゴン種族。しかしセスティナに触れられても身じろぎひとつしなかった。
(敵対する気がないのなら無益な殺生はせずに済みそうだな。それよりも宝だ。とにかくここはいやな予感がする。あれを回収したら一旦外に出よう)
そこまで考えたそのときだった。
突然セスティナの全身に激痛が走る。
「くっ……あああああっ!」
身体に、痺れるような衝撃と痛みが、バチバチと継続的に加えられる。
視界が青白く瞬き、火花が散るような感覚。
ひざを突いて倒れたセスティナがわずかに顔を上げる。静かに伏せるドラゴンの体に、それまで見えていなかったものが見えた。
鎖だ。
ドラゴンの体に、地面から生えるようにして伸びる白い半透明の鎖が絡みついて見える。
そしてその鎖は、今はセスティナの体にも巻き付いているのだった。
(そういう……ことか! しまった! これはトラップだ! ドラゴンさえも縛って捕らえる大掛かりな結界の、そのただ中に私は……囚われてしまっている――)
大量のモンスターの骨の原因はこれだ。あれらはこの結界に捕まって命を落としたに違いない。
なんとか体を起こそうとする。
しかしまたしても激しい衝撃がセスティナの身体を貫いた。
「ああああああっ!!」
ズシャッと音を立てて地面に倒れるセスティナ。
ドラゴンのほうに目を向けると、ドラゴンもまたセスティナを見ていた。
「ぐぅぅ……立てん。体を動かそうとすると結界に焼かれる仕組みか。だからこいつはずっと伏せっているのか。……ドラゴンよ、つまり私がお前の新しい同居人というわけか」
ドラゴンはしゃべらない。ドラゴン種には言語を介する知能があると伝えられているが、彼はただセスティナに物憂げな目を向けるだけだ。
「ふっ、私は生涯独り身だとずっと思っていたのだが……まさか最後にそばにいるのがドラゴンだったとはな。だが――」
うつ伏せに倒れた体勢から、再び体を動かそうと試みる。
「あああああああああっ!!」
全身がバラバラになるような激痛。
一歩も動けなかった。
セスティナは落ち着けと自分に言い聞かせて、思考を働かせる。
(囚われるまで見えなかった鎖。見えるようになった今なら斬れないだろうか?)
おそらく物理的なものではないだろう鎖を、斬るという発想。
「私はこんなところでくたばるつもりはない。ドラゴンよ、その目はなんだ? 諦めろ、とでも言うつもりか? あいにくだが私は――」
そして再び衝撃。
「ぐぅぅうううう! 霊剣フィルソラウス……我が手に……」
なんとか背中の武器のひとつを抜こうとするが、ダメだった。身体能力を強化する装備も身に着けているのだが、それでも腕すら上がらない。
この結界はドラゴンすら縛っているのだ。人間の力では身動きすることも難しかった。
(倒れたままじっとしていれば痛みはやってこないらしいな。しかしこの姿勢のままではどうすることもできん。なら【執行者】を使うしか……)
武具士のAランクスキル。セスティナの持つ【操器神】は、【執行者】と【支配者】のモードを持つ。
【支配者】モードではあらゆる装備品を、呪いや代償を持つ物まで含めてデメリットなしに使いこなすことができる。普段、常時発動しているのはこちらだ。
モードを切り替えることも考えたが、今セスティナが装備している大量の武具の中には使用者に極めて有害な呪いを持ったものも含まれている。【支配者】モードを解除してしまえば、結界に焼かれるまでもなく終わりだ。
それでも、じっとして衰弱死するくらいなら命を賭ける覚悟で試してみるしかない……。そこまで考えて再び体を起こそうとしたセスティナの瞳が、驚きに見開かれる。
「なっ――あれは」
青白い光の輪。
輪は扉のように広がり、中から一人の人間が現れる。
「まさか……マスター……」
「大丈夫かセスティナ……って――ドラゴンだと!?」
カナメの叫びが地下空間に響き渡った。




