セスティナの冒険
セスティナの冒険者としての活動範囲は、人類圏の<<外>>にまで及ぶ。
<<守護の盾>>に所属はしているが、セスティナにとってそれは本来の目的のついでに生活費を稼げる、といった程度のものでしかない。
そもそも<<外>>の未知の場所は、クエストが用意されていることもほとんどない。冒険者ギルドに掲示されるクエストは大抵、人が人の問題を解決するためのものだ。
セスティナは人と関わることがあまり好きではない。ギルドの仲間と積極的に慣れ合うような気もなかった。
かといって人間嫌いかと言われれば違うような気もする。単に他人にあまり興味がないだけなのかもしれない。
(いや……最近は……そう、<<守護の盾>>に入ってからは私も――)
セスティナは緑の城内を探索しながら考えを巡らせる。
今セスティナがいるのは人類圏から南西の大森林地帯。そこで見つけた古城だ。どれほど太古の昔から存在していたのか、主を失って悠久の時が経った城は、その外も内側も植物が生い茂り、葉や根に埋もれていた。
城の中央の天井部には、まるで隕石が墜落したような巨大な穴が開いていた。その穴を、城の内部から生える木々の葉が覆い隠している。
(この間のこともそうだ。サナと言ったか。以前の私なら声などかけなかったはずだ)
サナの持つハンマーに興味を引かれたのはたしかだが、それだけが声をかけた理由ではない気がする。
セスティナが以前所属していたギルドでは、他に女性の冒険者はいなかった。みなセスティナの容姿にばかり注目し、パーティーメンバーに誘うのも決まって下心が透けて見えていた。
誠実な恋心で告白されたことも一度や二度ではない。しかしセスティナはそのすべてを断ってきた。
冒険者の男たちのセスティナへのアプローチには、もう慣れっこになっていた。
(ふっ、そういえばうちのマスターも、女性の冒険者ばかりをギルドに入れるなど……馬鹿が付くくらい自分の欲望に正直なやつだ)
セスティナは思わず口に手を当てた。自分が笑っていたことに気付いたからだ。
なぜカナメのことを考えると笑みがこぼれてしまうのか。その理由がわからなかった。
(まあ、あの男は欲望に正直ではあるが……他の男たちのように私に言い寄ってきたりはしない。その点は助かっているが)
いくつかの部屋を探索し、廊下に出たその時。
セスティナが背負う多種多様な武器。そのうちの一本、赤と黒のコントラストが禍々しい鎌がカタカタと鳴った。
「はっ」
素早く鎌を抜き、背後を振り向きざまひと薙ぎ。
ヒュオッ!
風を切る音。
「グ……ガァァッ……」
断末魔の声はなにもない空間から発せられた。そしてドサリとなにかが倒れる音。
声の主は少し遅れて見える姿となった。
インビジブル・ストーカー。姿を消して獲物に近づき捕食するモンスターだ。人類圏で暴れれば一匹で人々を大混乱に陥れる大物。しかし血濡れで倒れる漆黒の怪物を見るセスティナは、眉一つ動かさない。
「ゲミゲルスの鎌は獲物を求めて常に飢え続けている。姿を消したくらいではこいつの嗅覚を誤魔化すことはできん」
セスティナは凶悪なモンスターたちを次々と屠りながら探索を続けた。
そして古城の地下。その中心には広大な空間が開けていた。
過去には闘技場か、もしくは練兵場といった用途に使われていたのだろうか。地下にこれほどの空間を持つ城の造りはセスティナも初めて目にする。
「これは……」
しかしセスティナが驚いたのはその広大さではなかった。
広い地下空間を狭く感じさせるほど巨大な生物が、その中心に居座っていたのだ。
ドラゴン。
セスティナは物怖じせずに、正面入り口から堂々と足を踏み入れた。
(ひどく弱っているな。ずっとこの場所にいたのか? 何かを守っていたとか……)
眠るように伏せるドラゴンは骨格がはっきりとわかるほどやせ細っていた。閉じられた翼は穴の開いた傘のようにボロボロ。
生きていることはたしかだ。
ドラゴンは人間の頭ほどもある巨大な目で、セスティナにまどろんだ視線を向けてきている。
広間の天井は階上のフロアを突き抜けて外にまで大穴が続いている。ドラゴンがここにいることと城に大穴が開いているのは関係していそうだ。
(ここはドラゴンの巣なのか……? それとも落ちてきた……とか。いまひとつわからないな)
ドラゴンの背には幾条もの木漏れ日が差し、舞い落ちた枯れ葉が降り積もっている。ずっと長い間ここでじっとしているのは間違いなさそうだ。
「あった」
セスティナの声に興奮の色が混じる。
ドラゴンの巨体に隠れていた広間の奥に、鈍く光る宝箱を発見したのだ。
それこそがセスティナの冒険の目的。
まだ見ぬ未知の希少な装備を探し出して我が物とすることこそ、セスティナが最も心躍らせる瞬間だった。




