リエラの想い
翌日になってまた部屋を訪れたカナメは、リエラがだいぶ回復していることを確認した。
「もう熱はすっかり引いたみたいです。ご心配をおかけしました。明日には仕事に復帰できると思います」
ベッドから体を起こしたリエラは、ゆったりとした薄いシャツだけを着ていた。豊かな胸がこれでもかと押し上げて、シャツの上からその形がはっきりとわかる。
カナメは持ってきたカゴをテーブルの上に置いた。
「ここへ来る途中の食堂で頼んで持ち帰りできるものを作ってもらったんだ。後で食べてくれ」
中身は体によくて栄養もあるキノコのパイ包み焼きだ。それと果物類。
「そんな……そこまでしていただなくても」
「いつもリエラにはお世話になっているからな。ほんの気持ちだよ」
リエラは少しの間困ったような表情を浮かべていたが、結局微笑んでうなずいた。
「えと……はい。では甘えさせていただきますね。ありがとうございます」
「よし、じゃあとりあえずはこいつだな」
カナメはカゴの中からリンゴを一つ取って台所へ向かった。ナイフで丁寧に皮をむく。
「えっ!? そんな……私、もうすっかり治りましたから。自分でやります」
「いいっていいって。このくらい全然手間じゃない」
言いながらも手早く皮をむき終え、一口サイズに切り分けて皿に盛る。
「本当にすみません。ありがとうございます」
ベッドまで持っていくとリエラは恐縮しきりな様子だった。
フォークをリンゴに刺したところでカナメの手が止まった。
(うっ……。このままだとやっぱり、口に運ぶところまでやるべきだよな……)
ここまでやっておいて突然恥ずかしくなってしまう。
リエラはなにも口を挟まず、ただカナメをじっと見つめている。
(せめてここでなにか言ってくれればいいのに……自分で食べますから、とか)
まるで時が止まってしまったかのような、長い沈黙。
「じゃ、じゃあ……あーん……」
耐えきれなくなったのはカナメのほうだった。
意を決してリエラの口までリンゴを持っていく。
リエラはエサを待つ雛鳥のように口を開けてそれを受け入れた。
「ん……おいしい、です」
静かに食べて、リエラは上目遣いにカナメを見る。本人はすっかり治ったと言っているが、その顔はまだ赤いように見えるのは気のせいだろうか。
ちろりと舌を出して唇を舐めるその様子が色っぽすぎて、カナメはどくんと大きく心臓が鳴るのを感じた。
「昔の……夢を見たんです」
そんなカナメの気持ちを知ってか知らずか、リエラは唐突にそんなことを言った。
もしかしたら、昨日うなされていたときのことかもしれない。
だから内容を聞かせて欲しいなどとは言わない。ただ黙って言葉の続きを待った。
「私はパルホという小さな村に住んでいました。ある日村はモンスターに襲われて……それはひどい有様だったんです」
この世界ではよくある話だ。町も村も、どんな場所でもずっと安全に暮らせるという保証はどこにもない。人々は常にモンスターの存在に怯えていた。
「モンスターに追い詰められて死を覚悟したとき、一人の男の子が助けてくれたんです。まだほんの小さな少年でした」
「え……」
胸の奥がざわめく。初めて聞いたはずのその話を、知っている気がしたからだ。
「少年は少女とたった二人でモンスターから村を救ったんです。私は二人にあこがれて、冒険者に関わる仕事に就くことを決めました」
(少女と二人……?)
「あ……あ……」
思い出した。
「リエラ……お前は……あのときの……」
リエラはカナメに向き直る。
「ふふ。好きです。ずっとずっとずーーーーーーっと。お慕いしていました」
「えっ、えええっ!?」
「好きです好きです好きです好きです好きです。好きなんです。大好きです! はーーーーーっ、すっきりした。えへへ……ついに言っちゃいました。五年間溜めてた想い、全部」
にっこり笑うリエラの顔は、<<守護の盾>>の公認鑑定士ではなく、あの日カナメに助けられた少女のものだった。
「ありがとう。その気持ち、たしかに受け取ったよ」
カナメは笑顔でそう答えた。
リエラはカナメの腕を掴んだ。その手に力がこもる。カナメを見上げる彼女の目は言っていた――答えが不十分だと。
「俺は……」
「好き――とは言ってくれないんですか?」
カナメは言葉に詰まるが、はぐらかすわけにはいかない。覚悟を決めてはっきりと伝える。
「リエラはきれいだし、すごく魅力的だと思う。でも俺は他の女の子たちとすでに関係を持っているんだ。だから……」
「その子たちのことを、愛しているんですか?」
「もちろんだ」
即答する。
「なら――私にもマスターの愛をいただけませんか? その子たちと同じように……私のことも愛してください」
――同じように。
その言葉を一度心の中で反芻してから、カナメはしっかりとうなずいた。
「わかった」
カナメの腕が強く引かれた。
皿が落ちてリンゴの残りが床に散らばる。
カナメはリエラとひとつになった。




