サナの想い
サナはミルタの町の西門そばの物見櫓の上にいた。
「ううう……足場が揺れる。本当に大丈夫なのかなぁ、ここ」
木組みの櫓はちょっとした風が吹くだけでぐらぐらと揺れるような代物だった。それにサナがいるてっぺんの台上は人一人しか立てないほどに狭い。
病気で休んだ見張りの臨時の交代要員、という仕事だった。そういったモンスター関連以外のクエストもギルドには回ってくる。
(よく見ないで選んじゃったけど、ちょっと後悔かも……)
市壁の外にはどこまでも続く草原と木々の緑の絨毯が広がっていたが、景色を楽しむような余裕はなかった。
そうして櫓の上で見張りを続けて数時間。ようやく慣れてくると今度は思考が別の方向へと泳いでしまう。
(昨日のあれ……すごかったなぁ。三人とも、あんなに……)
サナはごくりとつばを飲み込んだ。
昨日の夜中。トイレに行こうかと廊下に出たサナの耳に飛び込んできたのはフェリンとスーの大きな声だった。
こっそりとカナメの部屋のドアを少しだけ開けて中を覗いてみれば、見えたのはサナには刺激の強すぎる光景。
結局逃げるようにその場を離れて、その日はほとんど眠れずベッドの中でドキドキしっぱなしだったのだ。
(う……どうしよう。ヘンな気持ちになってきちゃった)
昨日のドキドキがまた湧き上がる。こうなると落ち着くまでなにも考えられなくなってしまう。
(しっかりお仕事しなきゃダメなのに……集中! 景色に集中しないと!)
しかし代り映えのしない外の景色はサナの心に平穏をもたらしてはくれない。次から次へと淫らな妄想が頭の中に展開してしまうことになった。
(あああーーっ! ダメダメ! こんなんじゃお仕事どころじゃないよぉ……。私って、エッチな子だったのかなぁ)
今朝はカナメに変な態度を取ってしまったし、フェリンたちと会ったときにも同じような態度を取ってしまうかもしれない。そんなことになればフェリンたちともぎくしゃくした関係になってしまうことも考えられた。
このままじゃいけない。なんとかしないと。
(決めた。言おう。見ちゃったことを謝ろう。フェリンちゃんとスーちゃんに。マスターに)
そして日が暮れていった。
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ギルドの営業時間が終わり、ラキと夕食を済ませた後カナメは自室で一人書き物をしていた。
そこへ部屋のドアがノックされる音が響いた。
ラキか? と一瞬思ったが返事をすれば返ってきたのはサナの声だった。
「私です。サナです」
「ああ、開いてるよ」
「お、おじゃましますー……」
静かに部屋に入ってきたサナは、ショートの髪の毛先をいじりながら部屋の中を見回していた。
「なにか気になる物でもあった?」
「あっ、ごめんなさい。人のお部屋、じろじろ見ちゃって。失礼ですよね。……きれいに整頓されてるなーって」
部屋の片づけはラキに任せてしまっているカナメとしては、苦笑するしかない。
「お仕事中でしたか?」
「いや、んー……まあそんなところかな。ちょっとした手紙だよ。こんな夜更けにどうしたんだい?」
机の上の数枚の紙をさっとまとめて脇にどけた。
サナは表情を固くして拳を握っている。カナメが見てもわかるくらいに緊張した様子だ。
(ガチガチになっちゃってるな。どんな要件かは知らないけど、まずは落ち着いてもらわないと。……そうだ、あれがあった)
「ああ、そうだ――」
「あのっ――」
見事に声が被る。
「んっ?」
「あっ、どうぞマスターのほうから……」
カナメは机の引き出しを開けて、ある物を取り出した。
「それ……」
ペンダントだった。
銀のペンダントには盾とそれを囲む光輪の図が刻まれていた。<<守護の盾>>の紋章だ。
「サナちゃんの分だよ。<<守護の盾>>の一員の証さ。冒険者ランク証はもう渡したけど、こっちはまだだったよね」
「マスタぁぁぁー……」
サナは急に、大粒の涙を流して泣き始めた。
「なっ、なんで泣いてるんだ!?」
カナメは驚いて声を上げた。
「だって、だっで私……。ごめんなさいって。今日は謝りに来たのに……なのにこんな、うぅ、うわあああああん!」
「謝るってなにを……」
「私、見ちゃったんです。昨日の夜中、お水をもらおうと思って廊下に出たら声が聞こえて。気になっちゃって、私……ドアの隙間から。それで、マスターがフェリンちゃんたちと」
「ああー……」
カナメはバツが悪そうに頭をかいた。
「それで私、今朝はマスターにおかしな態度取っちゃたし、これからどうしようって……」
「まあ、気にしてないから。大丈夫、落ち着いて」
ゆっくりと、意識して優しい口調で言った。
サナは少しの間泣いていたが、肩の震えが収まったところでようやく口を開いた。
「マスター、あの……私も」
「えっ」
「私も二人と同じように……抱いてください!」
「なっ――」
カナメの座るイスが、ガタンと音を立てた。
「なにを急に……落ち着いて」
「急にじゃないです! 私も……好きです。マスターのこと。それとも……ダメ、ですか? 私じゃ魅力……ないですか?」
まっすぐにカナメを見るサナの目は真剣そのものだった。
「そんなことないよ。サナちゃんはとっても可愛いし、素敵だよ。でも、いいの?」
サナはしっかりとうなずいた。
「マスターのこと考えると、胸がきゅっとして、ドキドキが止まらないんです。苦しいんです。ずっとこんなだったら私、どうにかなっちゃいそうなんです。お願いします……」
「待ってくれ。フェリンたちにこのことは……」
「話しました。見ちゃったのに黙っておくのは良くないと思って。マスターへの想いも。そうしたら一言『行ってきなよ』って」
それならばカナメも拒む理由はない。
「わかった。じゃあもらうよ――サナちゃんの想い」
「……はい」
サナはその日カナメと長い夜を過ごした。




