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ハーレム宣言

 どこまでも続く黄色い砂の砂漠。

 その砂漠のただ中に、ポツンと存在しているのは両手で抱えきれないほどの大岩だった。


 大岩に背中を付けるようにしてラキは縛られていた。

 荒縄で何重にもぐるぐると、きつく縛られて体を動かすことができない。

 このなにもない砂漠に放置されてから、どれくらいの時間が経ったのだろうか。


 喉は痛いくらいにカラカラで、視界もかすみ始めていた。

 時間と共に太陽の位置が動き、岩の影に入っていたラキの頭上に強烈な日差しが降り注ぐ。


(もう……ダメかな……)


 ラキは心の中でつぶやく。


(冒険者になるって決めたときから覚悟はしてたけど……ああ、悔しいなぁ……。でも一番の心残りはやっぱりあれかな……)


 砂漠の日差しはもう間もなくラキの体を焼き尽くすだろう。

 ラキは火で炙られるような熱を肌に感じながら、じっと最後の時を待っているしかなかった。


(カナメ……無事かな? 死ぬ前に、最後にもう一度だけ会いたい……神様がいるのなら……どうか……)


 その時だった。

 ギラギラと照り付ける日差しが和らぎ、すっと影が差した。


「え……」


 わずかに顔を上げて見れば、ラキの見知った顔がそこにあった。


「よ、ラキ」


 どこかいたずらっ子のような愛嬌と、男らしい野性味のある顔つき。

 いつもと変わらない笑顔。


 子供の頃からずっとっずっと見てきた――その笑顔。

 ラキの視界が、涙で歪む。


「ううう……」


 どうしようもなく涙があふれてくる。


「うあああああっ……。カナメ! き、来てくれた……あっ、ああああっ! 会いたかったよ……うああああっ!」

「バカ。こんな場所で泣くな。もったいないだろ」


 言われてラキははっとする。砂漠で水は貴重だ。どんなに泣きたくても我慢するしかない。

 でも理屈ではわかっていても、感情のほうはまったく言うことを聞いてくれない。


 助かって、ホッとして。そしてなによりカナメが無事だったうれしさで涙があふれてあふれて、全然止まってくれない。


「ご、ごめん。でも……あああっ、ごめん。涙が止まらなくて……どうしよう……」


 わたわたと言葉を(つむ)ぐラキの頭にゴツンと一撃。


「い、痛っ! なにするの!?」


 抗議の声を上げた次の瞬間、ラキの口元にぐいっと突き出されたのは水筒の先だ。どうやらこの水筒で頭を小突かれたらしい。


「ま、水ならあるんだけどな。ほら、とにかくまずは飲め。縄はもう切った」

「う、うん……」


 自由になった手で水筒を掴み、無我夢中で中身を飲んだ。

 勢いよく飲みすぎて、うっかり気管に水が入ってむせてしまう。


「ごほっ、げほっ……あああっ!! ご、ごめん!」


 むせた拍子に水筒を落としてしまい、残った水は無情にも砂漠の砂に吸われていく。


「あーあ。やっちまったなぁ。俺のぶんはなくなっちまったなぁ」

「あああああっ!」


 ラキはこの世の終わりというような顔をした。


(カナメのぶん!? どうしよう!? 水! 大事な水が! 飲むんじゃなかった! 僕のせいでカナメが飲めなくなるなんて、そんなことあっちゃいけないのに!!)


「ぷっ、くくく……」


 笑い声。


「えっ?」


 見ればカナメが腹に手を当てて、身をよじって笑っていた。


「あっはっはっは。そんな顔するなって! ほら、これなーんだ?」


 カナメの手にはもうひとつの水筒。


「ひどいよカナメー……」


 ラキのふくれ顔など気にした様子もなく、カナメは水筒の中身を豪快に飲んだ。


「っはーーーー! いやー砂漠で飲む水はうまいぜ」

「って、そんなに無計画に飲んで大丈夫なの? ここから砂漠を抜けるには……」


 ゆうに三日はかかる。本来ならラクダかゴーレムに荷を引かせて行軍しなきゃならないような場所なのだ。

 カナメはにやりと口の端を上げた。


「なんで俺がここに来れたかわかるか?」

「あっ!」


 そのことに思い至ったラキは思わず声をあげた。

 と、同時にラキの目の前の砂の上になにかが転がった。

 

 首だ。

 斬られてまだあまり時間も経っていない生々しさを残した男の首は、断末魔の苦しみを顔に刻んだまま固まっている。


 レグザール。

 カナメたちのパーティーの中心人物。勇者だった人間だ。


「まさかレグザールのやつ、お前に危害を加えるとはな。まあおかげで俺のほうも【大守護(だいしゅご)】が発動して魔王の呪縛から抜け出せたわけだが……」


 ラキも砂漠の真ん中で縛られるに至ったいきさつを話し始める。


「僕はゴーレムが運ぶ荷台の上で目を覚ましたんだ。たぶん薬で眠らされてたんだと思う。僕がカナメがいないことに気が付いて……。魔王城へ戻ってみるって言ったんだけど、レグザとリーナに猛反対されたんだ。それでピンと来た。カナメを置いてきたんだって。どうしても戻るって言ったらモメちゃってね。結果この有様だよ」


 カナメの目に憤りの色が宿る。


「俺はトラップにかかって魔王城の一室に閉じ込められていた。レグザールは俺を助けるどころか、逆に都合がいいと思ったらしい。そのまま置いて行かれた。お前が殺されなかったのはたぶん、あいつが俺の【大守護】を恐れていたからだろう」


 【大守護】は世界で唯一カナメだけが持つスキルで、それは極めて珍しいユニークスキルと呼ばれるものの一種だ。


 守りたい相手の危機に際して発動し、【大魔道師(だいまどうし)(かげ)】を始めとした制限スキルが解除されて強力無比な力を発揮できるようになるというものだった。

 ラキは悲し気に眉を寄せた。


「レグザ、なんでこんなことしたのかな……。僕たち、今まで一緒に戦ってきた仲間なのに……」


 カナメはよどみなく答える。


「答えはレグザールが持っていた、魔王が記したらしい書物に書かれていた。きっとレグザールは城内を探索していたときに見つけたんだな。そこには魔王を倒した者が次期魔王になると書かれていた。俺たちパーティーの内、最後に残った一人は魔王の呪いに体を蝕まれてやがて魔王になってしまうらしい」


 カナメは肩をすくめた。


「つまり俺は生贄(いけにえ)として差し出されたってわけだ。あいつらはどうしても魔王にはなりたくなかったんだろ。魔王になったら最後、あの陰気な城に一人孤独に居続けなきゃいけない。書物には魔王は外に出られないとも書かれていたからな」

「そっか……。そういえばあの魔王も、どこか寂しそうな人だったもんね……」


 魔王の姿は憂鬱(ゆううつ)な顔をした女性だった。ラキたちに襲い掛かっては来ず、ただ城から立ち去れとだけ言っていた。


 しかし五人パーティーのうちの一人、真っ先に剣を抜き魔王に向かっていったドラヴィスが白い粉に変えられてしまっては、もう戦うしかなかった。どうやら魔王には自らが定めたルールを守らなかった相手を、塩に変える力があったらしい。


 それでも【大守護】が発動したカナメにはその力も効かなかった。魔王はカナメに討ち取られた。

 もしかしたらあの魔王も、はるかな昔に前の魔王を倒して魔王にならざるを得なかった人だったのかもしれない。


「ま、お前がこうしてピンチになって【大守護】が発動したおかげで、その手の呪縛は全部なんとかなった。そしてまだ【大守護】の効果は切れていない。【大魔道師の影】の超上位魔法も使えるってわけだ。転移で町まで帰れるぜ」


 帰れる――。

 長時間砂漠の真ん中で拘束されて死にかけていた身には、その言葉はまぶしすぎた。


「カナメーーーー!」


 思わず抱き着きそうになったラキだったが、カナメが地面の水筒を拾おうと身をかがめたせいで空を切った。


(い、いけない。つい……。うれしすぎて僕……)


「町に帰ったら……さ」


 ラキは心の内を誤魔化すようにそんな言葉を投げかけた。


「ん?」


 水筒を拾ったカナメがきょとんとして振り返る。


「町に帰ったらカナメは……なにをしたい?」


 カナメは真剣な目をした。


「うーん、魔王はもう倒しちまったからな。そうだな……じゃあ俺のこのスキルを活かして今度は……」


 あごに手を当てて考え込むカナメ。

 カナメの口からどんな言葉が飛び出すのか、ラキは固唾を飲んで見守った。

 子供の頃から大人びていたカナメは、ラキにとっていつもなにを言い出すのかわからない面白さがあった。


「ギルドだ」

「えっ?」

「冒険者ギルドだよ。魔王を倒したとはいえ、モンスターが全て消えてなくなったわけじゃない。世界はまだまだ危険に満ちている。俺はギルドマスターになってみんなを守る。【大守護】をこれ以上生かせる方法もないだろう。メンバーは……そうだな。可愛い女の子がいいな。よし……決めた。女の子だけを集めたギルドを作って――モテまくる! これだ!」

「これだ、じゃないよ。なにその欲望丸出し。言っとくけど下心全開の男なんて、女の子からしたら都合よく利用するか門前払いでまともに相手にされないんだからね」

「わかるだろ、ハーレムこそ男のロマン! 俺にはそれを実現できるだけの、いやまさにそのためにあるとしか言えないようなスキルもある! これは俺の天命と言っても過言ではない!」


 ラキはやれやれとため息をついた。


「どうでもいいけど【大守護】、そろそろ効果時間切れるんじゃない? 僕もう安全になってそこそこ経つけど?」

「うおっ!? マジだ! ゲート開くぞ! 乗り遅れるな!」

「はいはーい……」

 

 そして二年の月日が流れた。



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