双子の闇
「兄様。母様から頂いたパンを食べましょう。」
私たちは二人、森の中。鬱蒼と茂った、森の中。
ぐう、とお腹の虫が鳴いた。
私は兄様にそう告げた。
けれど兄様は、パンをちぎっては捨てていくのです。嗚呼、なんて勿体無い。
「このパンは帰り道の目印にするんだ。」
兄様は驚くほどに頭がいい。でもその反面、他人の気持ちには恐ろしいほどに鈍感でした。
兄様、気づいていまして?私と兄様は捨てられたのです。でも、それはそれで構わないの。私は兄様が居れば、それで。
帰り道、結局目印に落したパンは、小鳥たちに食べられてしまいました。帰り道はわかりません。
でも不思議。おうちにいるときと違って、ずっと、ずっと兄様と居られる。
二人で過ごす、暗い森。夜の森。オオカミの遠吠えが遠くで聞こえてきました。今は兄様と手を繋いで居るけれど、このまま底なしの恐怖を感じるくらいだったら、一緒に食べられて死んでしまった方が、この上ない幸福だと思いませんか?
…ねえ、兄様。お腹が空いたら私を食べてくださいね。兄様に食べられて死ねるなら、私は本望です。だから、私も兄様を食べますね。
ね?本望でしょう?
兄様。見えますか?お菓子の家ですよ。こんなにお菓子があるなんて、夢のようですね。何から食べましょう。クッキー?チョコレート?ウエハース?兄様は何から食べたいですか?チョコレートを溶かしてマシュマロにかけるのも美味しそうですね。
…兄様?どうして返事をして下さらないの?
そう言えば、最近兄様の声が、手の感触が、手の温かさが、優しい瞳が、明確に思い出せないのです。何故でしょう?
ねえ、兄様。私達いつから手を繋ぐのをやめたのかしら。
ねえ、兄様。私達、いつから言葉を交わすのをやめたのかしら。
ねえ、兄様。答えて兄様。
私はいつの間にか手に持っていた籠を、慈しむかのように 抱きしめていた。
「…おや、そこのお嬢ちゃん。随分と良いものを持っているじゃあないか。ちょいとお婆さんに見せてくれんか?」
籠を抱えて、お菓子の家をふらふら彷徨っていた私に、見知らぬお婆さまが声をかけてきました。随分と良いもの、と言っていましたが、一体何のことでしょう。私は首を傾げました。
「それだよそれ。お嬢ちゃんが持っている籠。」
この籠は…覚えてはいませんがきっと兄様がくださったもの。もう古いから、どこもかしこも汚れています。兄様。どうしましょう。
「…残念だけど、お前さんの兄様はとっくの昔に死んでるよ。持っているのが辛いなら、お婆さんが貰ってやるけど…」
嘘。
嘘。嘘よ。兄様は生きてる生きてる生きてる生きてる生きて生きて生きて生き生き―――
「…貴女は魔女?」
私は、目の前のお婆さまに、そう聞きました。すると、お婆さまは、少しだけ目を見開いた後、そうかもねぇ、と答えました。
次の瞬間、目の前が、真っ赤に染まりました。
兄様はドコ?
あなたは兄様?いいえ、違います。あら、そうですか。死んでください。
あなたは兄様?はい、そうです。嘘はやめて。死んでください。
兄様、嗚呼愛しの兄様。一体何処に居ると言うのですか。
でも、私は、見つけますからね。
たとえ、地の果てであろうと。
竈の中であろうと。
ぐずぐずに身体が熔けきっていても、兄様は兄様です。
このグレーテルが、兄様を必ず助けて差し上げますわ。
――ゴトリと誰かの首が落ちる音と、少年か、はたまた少女のものかわからない不気味な笑い声が森にこだました。
――その首は、まるで幼い少女のようだった。




