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クリエイト・ザ・カラフル  作者: 七々八夕
0:《現実》-Nightmare-
6/37

《依存》-Sibling-

「ただいま」


 セキュリティセンサーが指紋と網膜を認証すると、キーのロックが外れてカナシを迎え入れた。

 彼は制服の上着を脱ぎながら、明かりのついたリビングへと向かう。

 そこには、食卓に伏せて眠る妹がいた。


「……健気なやつだな」


 囁くように言って優しく頭を撫でると、アヤメは気持ちよさげに微笑んだ。

 それから風邪をひかないようにと毛布を被せて、カナシはキッチンに赴いた。

 食事をした形跡はない。

 おそらくカナシが帰ってくるまで待っていたのだろう。


「………」


 ツールラックから包丁を取り出そうとしたところで、彼は《代償》を思い出した。

 笠木の扱う未来や過去を視る魔法、《時間視ビジョン》。

 その代償は、現在を見る為の視力である。


 同様に、カナシの《創造クリエイト》にも代償が存在する。

 《創造》とはそもそも、自らの知識を具現化する魔法である。

 なのでその気になれば、あらゆるものをその場に出現させることができる。

 ゆえに彼は、あらゆるものの創造ができない。

 より正確に言うなら、道具や手を使うことで起こす《創る》という結果が、ゆがめられてしまうのである。


「だからって、あんまりだよな」


 独りごちて、カナシは包丁を収めた。

 確かに魔法は便利だが、代償はそれを打ち消すほどに非情なものである。

 杉野のように魔法に頼ることなく歩いていれば、抵抗する形で克服することは不可能ではない。

 だが、カナシは代償の概念に気づくのがあまりに遅すぎたため、抵抗もほとんどできないのである。


「……仕方ない」


 カナシは諦めたように溜息を吐くと、食器棚から皿を二つ取り出し、深呼吸をして目を青く光らせた。


「《創造》――オムライス」


 卵、鶏肉、タンパク質。ケチャップ。トマト、玉ネギ、白米、デンプン。油をひいて、熱して、炒めて、包んで――材料の原料と料理のレシピを思い出しながら、頭の中で構築していく。

 それが終わった時には、湯気ののぼるオムライスがそこに現れていた。成功だ。

 頭の中でシミュレーションをしたものが、目の前に現れる。

 カナシはそんなイメージで《創造》を使用している。


「さて、もう一つ……」


 休まずにもう片方の皿にもオムライスを出現させ、スプーンを添えて食卓に並べる。

 《創造》により料理するどころか材料を買う必要もないが、フォルセティの給料からしっかりと食費分が引かれている。

 それよりも、カナシにはどうしても受け入れられないことがあった。

 最愛の家族たるアヤメに、心をこめた手料理も作ってやれないことだ。

 何度《創造》で料理を省いていても、その悲しさには未だ慣れることはできていない。


「アヤメ。ご飯だ、食べよう」

「んん~……カナにぃ? 帰ってたの?」


 寝ぼけ眼をこするアヤメの頭を撫でて、カナシは苦笑する。

 寝かせておいた方が良かったか、と思いつつも、アヤメは目の前に置かれたオムライスを見るなり、目を宝石のように輝かせていた。


「ふわぁ、オムライスだ! カナにぃが作ってくれたの? ありがとう!」

「俺じゃなくて、《創造クリエイト》だけどな」


 カナシは自嘲の笑みを浮かべながら、一口含む。

 自分が記憶している母の味そのままで、美味しいことに違いはない。

 だが、どこか冷たい。


「それでも、カナにぃの愛情がいっぱい詰まってるの、わたし知ってるよ!」


 いただきまーっす!

 元気いっぱいに大げさなポーズでスプーンを持つと、アヤメも食べ始めた。

 心配を知ってか知らずか、満面の笑みで食べ進めていく。

 ふと、そんな兄の表情に気づいたのか。アヤメは手を止めて首を傾げた。


「どうかしたの、カナにぃ?」

「……ごめん、ちょっと自信がなくてな。美味しいか?」

「うん、とってもおいしいよ!」


 妹の屈託のない無邪気な笑顔。

 疑ってしまう自分はどうかしている。

 カナシは嫌悪感が徐々に湧き出してくるのを感じていた。自信がないのを他人のせいにしているようなものだ、と。

 だが、カナシにはそう思ってしまうだけの理由があった。


「母さんみたいに作れてるか、自身無くてさ」


 しまった、と思った時にはもう遅く、アヤメは少しだけ表情を暗くさせて俯いていた。

 本音を吐露すればなんでもいいというわけではない。

 言ってから気付いたのでは、尚更その後悔が重く感じられる。


「……お母さんのことは、よくわかんない」


 二人の母親であるサユリは、アヤメが2歳の誕生日を迎える前に息を絶やした。

 原因不明――老衰でもなければ過労でも心臓麻痺でも癌でも、未知の奇病でもなかった。

 魂が抜けたかのような、そんな死に様だったとカナシは記憶している。


「でも、カナにぃがいてくれたら、私はそれでいいよ」


 その言葉を聞いた時、カナシは心がふわりと軽くなった気がしていた。

 同時に、温かさがじわじわと広がっていく感覚もあった。


 アヤメの実質的な育ての親は、サユリでもリンドウでもなくカナシである。

 そこで《兄妹》という関係に《両親が多忙で二人だけで生活しなくてはならない》という要素が加わったことで、家族愛に歪みが生じ――両依存の関係が生まれた。

 ゆえに、アヤメの言葉には一片の嘘も含まれていない。

 確証はないが、カナシは確信していた。


「ごちそうさま。……お風呂、先に入ってるね」


 明らかに無理をしている暗い笑み。

 カナシは小さな声で答えることしかできず、アヤメが浴室に向かった後、一人で黙々と食べ続けていた。


「……父さんは責められないか」


 ひとりで食事を終えて食器を片付けながら、カナシは自分に言い聞かせるように呟いた。

 そうでもしないと、父親に八つ当たりをしてしまいそうだったからだ。

 ――今が不幸なぶん、将来が明るいといいんだが。

 心の中ではそう願いつつも、フォルセティがそのために存在するのだとしても。

 偽りながら存在し続ける限り、このまま事がいい方へと向かうとは、到底思えなかった。

 いつもの自分なら、こうは思わないだろう。


「疲れてるな、俺」


 体だけでなく心にも理解させるように、また呟く。

 いつもと同じように過ごしているだけなのに。

 どうして今日に限って、こんなに参っているのだろう。


 その問いの答えが出ないまま、カナシは自室のベッドに身を預け、天井を見つめていた。

 いや、答えにはおおよそ見当がついている。

 おそらくあの暴走車の運転手の状態――《気を失っている》ということに、何かを感じているのだ。

 記憶の底にある何か。

 それが心に波紋を生んで、穏やかでなくしている。

 しかし、それが何なのかが分からない。

 考えるだけ無駄なのだろう。

 しかし今までにない感覚から、そう簡単に中断できるものではなかった。


「……しかたない」


 無理にでも寝れば、朝には忘れているだろう。

 カナシがそう思って布団を被ろうとした時、枕元に置いていたリングフォンが反応した。

 静かな鈴の音。

 それは、家のセキュリティシステムと連動した機能が使われたときに鳴る音だった。


『カナにぃ、起きてる?』


 カナシは体を起こして、リングフォンを持ち上げる。

 すると立体映像ホログラムの画面に、部屋の前で扉のカメラに語り掛けるアヤメが映った。


「どうした、眠れないのか」

『……うん』

 

 悲しげに俯くアヤメ。カナシはリングフォンからの遠隔操作で扉を開けると、アヤメを部屋に迎え入れた。


「ごめんね、こんな遅い時間に」

「いいんだよ。ほら、来い」


 そう言うと、カナシは布団を捲って妹を手招きした。

 アヤメはわずかに頷くと、ゆっくりと布団の中に入った。

 二人は背中をぴたりとくっつけ合い、互いの温度を感じ合う。


「……カナにぃ」


 存在を確かめるような、弱弱しい声。

「なんだ?」とカナシが応えても、アヤメからの返答はない。


「カナにぃ……」


 再び自分の名前を呼ばれたが、カナシはその声色がわずかに変わっている事に気付く。

 震えて、いた。


「ごめんね、やっぱり寂しい……」


 今にも泣きそうなアヤメは、体を転がせて兄の体に手を回す。

 幼い見た目相応に非力ではあるが、カナシはその強さを確かに感じていた。


「大丈夫だ、アヤメ。俺がここにいる」


 子供に言い聞かせる親のように、カナシは言葉を紡いだ。

「ほんと?」と何度もアヤメが問うたびに、カナシは「ああ」と返す。


「仕事の時は、分かってほしいけどな」

「……だいじょうぶだよ。カナにぃこそ、私がいないからってやる気出さないのはやめてね?」

「そんなに子供に見えるか」


 カナシも転がり、茶化してくる妹と向き合う。

 アヤメは目に涙を浮かべてはいたものの、そこに不安げな表情はなかった。


「だいすき、カナにぃ」

「俺もだ。さあ、もう寝ろ」


 微笑んでカナシはアヤメの頭を撫でたが、当の本人はなぜか不満そうに頬を膨らませていた。

 さすがに兄妹間で「だいすき」はまずかっただろうか。

 アヤメは冗談のつもりだったのかもしれない。


「……ここで寝る」

「お、おい――」


 狭いからやめておけ、と言おうとしたが、アヤメはそっぽを向いて寝始めた。

 妹の要求を受けてやるのが、冗談を真に受けてしまった償い。

 もしくは兄としての義務なのかもしれない。

 そう思うことにして、カナシも眠りについた。

 いつの間にか、悩んでいたことも忘れて。


 背中から伝わる互いの温度が、秋夜の涼気を溶かしていく。


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