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クリエイト・ザ・カラフル  作者: 七々八夕
0:《現実》-Nightmare-
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《会敵》-Trap-

 静葉カナシは眠りの中で、自らの過去を顧みていた。

 それは、妹のアヤメが誕生した日のこと。

 兄になるということが理解できていなかった彼はしかし、生まれたばかりの小さな赤子を抱くなり、未知の感覚に陥っていた。

 胸の奥底が重くなるような、かといって息苦しく思うようなものではなく。

 言うなれば、責任感とでも言えるものが自身を縛っているようだった。

 だが、不思議と不快感はなかった。

 むしろこれが運命であると――その言葉をまだ知らないにもかかわらず――彼はそう感じていた。


「にーちゃんが守ってやるからな」


 泣き疲れて寝息を立てる妹を抱きしめ、彼は優しく語りかけた。

 その様を見ていた両親はそろって微笑み、妹の名がアヤメであることを彼に伝えた。


「ごめんね、カナシ。お母さんたち、これからもっと忙しくなりそうだから……アヤメのこと、頼むわね」


 申し訳なさげに謝罪する母の静葉サユリに、幼いカナシは「まかせてよ」と得意げな笑みを浮かべた。

 おぼろげな記憶であるせいか、母親の顔がはっきりとは見えない。

 だが、その優しげな雰囲気だけは、過去を顧みるカナシにもしっかりと伝わっていた。


「あんまり外には出してやるなよ。物騒な世の中だからな」


 兄としての自覚が芽生え始めた息子の頭を、乱暴に撫でる父の静葉リンドウ。言うまでもない、と言わんばかりにカナシは笑みを返す。

 この時の彼はまだ知らなかった。なぜ不用意に外に出てはいけなかったのか、その理由を。

 そして、父リンドウが十数年後、自分の所属する部隊の責任者となることなど。


「お前たちは、まだ若すぎる」


 当然、知る由もない。


         ◇                 ◇


 んあ、と間の抜けた寝言を漏らして、彼は思い瞼を半開いた。

 睡眠を妨害しないために弱く光る照明。薄暗さすら覚える部屋のベッドの上で、彼は半身を起こす。

 リングフォンを起動し、現在時刻を確認する――18時だ。この季節にもなれば、もう薄闇が街を包んでいる頃だろう。

 十分な昼寝にはなったが、これからどうしたものかと自分に問いかける。

 外回り(パトロール)に行って無駄になることはない。いや、ある意味無駄になればそれに越したことはないのだが。

 運よく現行犯に遭遇できれば、《上》――地上にいる警察からの依頼を通さずに仕事ができる。だが、避けられるのならばできるだけ避けたいのが本音だ。

 死と常に隣り合わせの仕事を、自ら進んでやりたいとは思えない。

 残念ながら、他人のために賭けられる命をカナシは持ち合わせていない。

 強いて言えば、アヤメの為にしか賭けようとは思わないだろう。

 加えて、仲間たちもそれを了承してくれることを彼は知っている。


 そんなことよりも、ひとまずは外の空気を吸いに地上へ出た方がいい。

 ついでに夕食もどこかで買ってきて、ついでに日比谷公園に寄って様子見でもしよう。

 と、ベッドから起き上がろうと左腕で体を支えるべく、シーツの上で軽く体重をかけようとした時――左手に違和感があった。

 シーツとは違う感触がしたのだ。硬いのに、表面は柔らかい。

 なんだこれは、とカナシが恐怖混じりにソレを見ると、びくりと肩を震わせた。


「かっ、笠木!?」

「うぇえ~……?」


 そこにあったもの――もとい、笠木コノカの顔を押しつぶしていることに気づくと、カナシは慌てて手を放した。

 しかしそれで体制が崩れ、常軌を逸した軌道を描いて床めがけてずっこけた。


「なにさ、騒がしいなぁ。わたしは寝てたんだよ」


 ふわぁ。

 カナシのことなど気にもせず、笠木は自身のマイペースを象徴するような欠伸をした。

 無抵抗に四方八方へ跳ねた短い茶髪の寝ぐせが、彼女の性格を表しているように見えないこともない。

 カナシはと言えば、未だ慣れない彼女の調子に対し眉根を寄せている。


「……添い寝する理由はないはずだろ」

「添い寝だなんて、もう。静葉クンがアヤメちゃんといちゃつくのは、本当は私といちゃつくための作戦なんだね~?」


 細い体をくねらせて、適当な妄想を吐露する笠木。カナシはどうすればいいのかよくわからず、溜息を吐くばかり。

 一見自分に向けられているような緑眼は光を放っているものの、宿っている、という印象はない。まるで虚空を見つめているかのようだ。

 実際、彼女が見ているのは《今》ではない。


「無駄に《時間視ビジョン》を使うな。また視力落ちるぞ」

「いいじゃん、わたし今仕事ないんだし」


 頬を膨らませて抗議しながら、彼女はその眼光を消した。

 笠木は《時間視》の魔法を扱う魔術師マギアである。

 読んで字のごとく、その視界に映るであろう、あるいは映った過去や未来を見ることができる。

 カナシも様々な魔法に触れてきたが、彼女に匹敵しうる力を持つ魔法は自身の《創造クリエイト》しかない。

 もちろん、フォルセティの捜査における有用性が非常に高い、という意味だ。

 その点においては、彼女は犯罪者の天敵と言える。

 ゆえに命を狙われる危険性も高く、こうして暇を持て余す時間の方が多いのだが。


「寝すぎも体に毒だ。何か趣味でもないのか」

「何をするにも目がいるしぃ」

「……本当に不便だな、その《代償》」


 自嘲しながら傍に置いていた眼鏡を掛ける笠木に嘆息し、カナシは大きく伸びをして欠伸する。

 《代償》。如何なる魔術師もこの概念からは逃れられない。

 原因は不明だが、魔法の効果に反する能力を徐々に失うのである。笠木ならば、過去と未来が見える代わりに現実が見えなくなる――つまり、彼女は《時間視》を使えば使うほど視力が落ちていくのだ。

 しかし、彼女が《今》を視認するには、僅か先の未来を見るしかない。彼女自身、使いどころには悩んでいる――はずだ。

 同様にして、カナシやアヤメ、浜谷にもそれぞれ代償が存在する。


『魔法に頼る思考が、自身の能力を衰えさせている』というのが、魔術師の研究者達の見解である。

 つまるところは、魔法でどうにかなるのだから、既に備わっている能力は不要である、と認識した本能の働きのようなものなのだという。


「ともかくともかく、わたしは寝るんだよ~。寝かせておくれ~」


 じゃあ何のために眼鏡を掛けたんだ、と言いかけて、カナシはあることを思いついた。

 ――こいつを連れて行けば、何か手掛かりが得られるのではないか?

 だが、彼女がそう簡単に承諾してくれるとは思えない。


「……笠木。少し手伝ってほしい」

「ぐー」


 恐る恐る声をかけると、返ってきたのはわざとらしい寝言。

 予想はしていたことだが、引き下がりたくはない。


「カーサーギー」

「ぐー」


 試しに体をゆすってみるが、変わらず不自然な寝言を言うばかり。

 笠木の視力と事件の解決、天秤にかけた時に傾くのは後者だ。

 彼女には悪いと思うが、手段の選べる余裕がある組織でないことは彼女も知っているはずだ。


「晩飯くらいなら奢る」

「よしいこう」


 先ほどまでの演技はなんだったのか、笠木は素早く身を起こしてさっさと立ち上がった。

 そんな彼女に、カナシはまたため息が出る。ここまでで何度溜息を吐いただろうか。


「コンビニはやだよー。ちゃんとしたお店に連れてっておくれ」

「……なんでもいいから、行くぞ」


 肩をすくめて、カナシは彼女の思考を読み解こうとするのを諦めた。

 視力が著しく低い彼女は、食と音楽を好む。ただ前者は出歩くのが億劫で、後者は感覚が鋭敏になりすぎて集中できないからとあまり興じている様を見せることはない。

 その分溜まっているものがあるのだから、それを餌にすれば簡単に釣れる。

 単純なのは確かだが、中身が複雑すぎるのだ。


「アヤメちゃんも一緒?」

「いや、少し捜査活動は控えた方がいいらしい。昼間に少しやり合ってな」

「大変だねぇ、戦闘員は」

「杉野はスカウト任務にパトロールで頼れないしな」


 今ここにいない6人目の隊員のことを思い浮かべながら、カナシと笠木は部屋を後にする。

 手をつないだ方がいいかと思ったが、困っている様子はないのでカナシはその手をひっこめた。

 二人はまず更衣室に向かい、フォルセティの制服に着替える。私服でも問題はないのだが、気が引き締まる、という笠木の説得力のない申し出からだった。

 カナシはパーカーを脱いで同じ色のジャケットとボトムスを着、部屋を出てまた笠木と歩き出す。


「一番大変なのあの人だよね~」

「自分でやりたいって言ってるんだ、止める理由もない」

「……おや、カナシ?」


 これから出動しようとしている二人が他愛ない会話を続けていると、情報処理室から出てきたシュンに出くわす。

 彼は右手に何か握っているようで、カナシはそこに注目した。


「なんだ、それ」

「ささっとまとめたから、君に渡そうと思ったんだけど。はい」


 相変わらず早いな、と小声で称賛しながら、カナシはマイクロチップを受け取る。

 リングフォンに挿入してデータを読み込めば、数時間でまとめられたとは思えない膨大なデータが流れ込んでくる。


「多すぎる」

「カテゴリでまとめるようにはしてある。少し時間はかかるかもしれないけど、君が外に出るくらいには終わるよ」

「……なんで外に出るってわかる?」

「笠木さんを連れているからね。外界認識グラスが要るんだろ?」

「お、気が利くね~」


 虚空を眺める笠木が片手を挙げ、シュンの白衣のポケットから取り出された眼鏡を受け取り、自前のものと取り換える。

 一見ゴーグルのように見えるそれは、VR技術の応用で作られた、俗に言う『脳で見る』眼鏡である。

 本当はどこかに監視カメラを設置して盗撮しているんじゃないかと疑いたくなる用意の周到さには、カナシも呆れるほかない。


「それじゃあ行っておいで。僕は続けて情報を集めるから」

「ああ、頼む」

「じゃあね~」


 シュンと別れ、カナシと笠木は廊下を歩き進め、出口に向かう。

 そこで鉄の扉を開ければ、すぐそこには下水道が待っている。現在は使われておらず、フォルセティ関係者のみが利用する秘密の通路となっている。

 彼らのために改造されたこの下水道は、もちろん地上とつながるマンホールがある。

 しかしあくまでカモフラージュのために置いてある排水溝のような役割を果たしているだけで、出入り口に使うには問題が多すぎる。

 ゆえに、専用の出入り口はしっかりと用意されている。


 そのうちの一つが、例の箱の置かれた日比谷公園内の林の中にある。

 薄暗くなった園内の、さらに暗い林の中から出でる二つの影。

 カナシと笠木は地上に出るなり、大きく伸びをした。


「なーんでフォルセティって地下にあるんだろうねえ」

「機密保持のためと考えれば妥当だと思うが。まあ、あんまり親切的とは言い難いけど」

「グチ言ってもしゃーないね。早速見ようじゃない」

「少し待ってくれ、正確な位置は……」


 リングフォンを起動すると、シュンの言った通りにデータの整理は終了していた。

 内容がカテゴリごとにフォルダで分類されており、カナシはそこから地図データを呼び出した。


「……第1花壇か」

「センスがないね~」

「そういう問題じゃないだろ。ほら行くぞ」

「へ~い」


 シュンの類か、如何なる時でも緊張感がない。いつ襲われるかも分かったものではないし、警戒まで笠木に任せるわけにはいかない。

 やはりアヤメを連れてきた方が良かったか、と思ったが、浜谷がそれを許してはくれまい。

 目に映るものすべてを疑いながら歩みを進めていくと、ようやく色彩豊かな花々が咲く花壇にたどり着いた。

 電灯に照らされている様は、風流の心得がなくともなかなかに美しいことはわかる。


「ここに箱があったようだ」

「じゃあわたしは視るから、警戒よろしくね――《時間視ビジョン》」


 カナシが頷くと、笠木はその双眸を青く光らせた。

 グラスが光を抑えているとは言えど、目立つことに変わりはない。カナシは細心の注意を払って、周囲の警戒を始める。


「……どうだ?」

「んー。なんか下っ端が指示されて置きに来たって感じかな」

「どこから来たのか、分かるか」

「そんじゃ、ついてってみようか」

「あ、おい、ちょっと……!」


 カナシのことなど気にもせず、笠木は勝手に歩き出した。

 彼女には今、過去への逆再生で箱を運んできた人物の道を辿っているのだろう。

 そうと知られていなければ、間違いなく怒られているところだ。

 ――やっぱり、フォルセティにはまともなやつがいない。

 分かっていたことだが、改めて理解すると精神的なダメージも大きい。

 俺がしっかりしないと。

 あの中では比較的まともな人間と自負する彼は、笠木の後を歩きながら心に誓った。


「……って、どこまで行く気だ」


 いつの間にか煌びやかな夜の街に出ていて、何分歩いただろうか。笠木が止まる気配はない。

 物が多いとどこを警戒していいかが分からなくなるから、カナシはあまり長くここにはいたくなかった。


「だってこっちから来てるんだもん。それより周りは大丈夫?」

「大丈夫――と言いたいところだが」


 少しばかり散漫になっていたカナシの発言を見計らってか、あちこちの物陰から人影がちらりと顔を出す。


「……罠か、あるいは」

「応援は呼んだよ。わたしがいちゃ戦えないでしょ」


 じりじりと距離を詰めてくる影。そして、二人は今まさに後ずさり、来た道を辿って逃走しようとしていた。

 だが。


『――《俊足アクセル》』


 青い光が暴風を纏って通過し、笠木を奪い去る。

 影は動揺したのか、動きを止めているようだった。

 しかし、カナシは何が起きたのか理解していた。

 《俊足》を扱う魔術師。そして、フォルセティ東京支部の数少ない隊員の、最後の一人。


「杉野か!」

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