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クリエイト・ザ・カラフル  作者: 七々八夕
0:《現実》-Nightmare-
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《仲間》-Forseti-

 魔術犯罪。

 一般的には魔術師マギアによる犯罪の総称だが、より正確に言うならば、解決が不可能な事件を指す。

 日本で起こる犯罪は警察が取り締まるのは誰もが知っていることだ。

 しかし、ただの人間でしかない彼らの能力の限界は、魔術師の出現によって顕著に表れた。

 社会にとっての《異質なモノ》であるという言いがかりに近い論争から、殺人事件の多発という形で始まった人間と魔術師の殺し合い。

 なけなしの良心で互いを止めようと尽力した警察はしかし、その力不足によりすべてに対処することはかなわなかった。


 そこで当時の首相、谷口はこう考えた。

 目には目を、歯には歯を、魔術師には魔術師を。

 誰でもすぐに考え付きそうなことでありながら、殺し合いの飛び火を恐れて誰も口にしなかったことだ。

 彼は秘密裏に穏健派魔術師の募集を命じ、日本各地に対魔術犯罪特殊部隊、Magia Special Team――通称、フォルセティを設立した。

 それは、国の認める魔術師の唯一の居場所であるはずなのに、彼らの存在は決して公にはできなかった。

 魔術師と政府の関係が密接である事実が発覚すると、政府内部にまで魔の手が及んでしまう可能性が高く、そうなってしまえばフォルセティの後ろ盾もなくなってしまうからだ。


 国に存在を認められていながら、依然として社会には認められていない。

 矛盾としか言いようがない現実を背負いながら、それでも彼らはこの社会のために力を尽くしている。

 でなければ、彼らの居場所は本当にどこにもない。


 ――それは、今しがたフォルセティ東京支部に到着した静葉カナシと、静葉アヤメとて理解していることだ。


「静葉カナシ、アヤメ両名、帰りました」


 太陽光発電によって光を放つ照明が、気持ちを落ち着かせるという意図で暗色に統一された床と壁紙を、二人にはっきりと認識させる。

 部屋の中心には、PCの置かれた事務机がいくつかあるくらいだ。

 フォルセティの人員不足という現実に、否が応でも直面させられる。

 そのうちの一席に、隊員の女性が腰かけていた。

 浜谷シズル。ウェーブのかかったセミロングの茶髪に、尖った釣り目。何より特徴的なのは、その豊満な胸。フォルセティの紺色の制服の形を変えんがごとく、その存在を主張している。

 そんな美貌を持つ彼女は二人に気づくと、咥えていたイチゴミルクのキャンディを取り出して手を挙げた。


「ご両人、お疲れさん。お手柄じゃないか」

「サンゼンエンとポーチと財布の損失が痛いですっ!」

「GPSも決して安くはないんだけどね」


 渋い顔のアヤメが抗議するのを浜谷は微笑で受け流し、彼女の頭をわしゃわしゃと乱暴に撫でる。

 カナシはその傍らでもどかしそうな表情をしていたが、私情よりも仕事の方が先だと自分に言い聞かせた。


「むしろ謎が深まったな。共犯がいなかったのも気になるし、GPSに感づかれたのも妙だ」

「何かしらのカラクリを持ってると見て間違いはないね。それにすぐ燃える服だって、そう何着も用意はできないはずだし」

「……《奴ら》か?」


 カナシは嫌そうに目を細めて問いかける。

 浜谷の方も、認めたくはないけど、と言いたげにキャンディを再び口に含み、肩をすくめた。


「可能性は視野に入れてるよ。まあ、今ここで駄弁ってもしょうがない。報告書は作ってやるから、休んでおきな」

「それはそうと、頭を診てくれないか。一発もらった」


 アタマ? と聞きながら、浜谷はカナシの背後に回って後頭部をじっくりと見つめる。

 そして何かに気づくと、自身を支えるべくカナシの両肩に手を置いた。


「なるほど、少し腫れてるね。ほっときゃ治るだろうけど、アタシは今日外回り(パトロール)ないし……動くんじゃないよ」

「ああ」

「――《治癒レストア》」


 子守歌を聞かせる母親のような穏やかさを以て、浜谷はその青い双眸から淡い光を発した。

 彼女の視線はカナシの後頭部に集中し、じわじわと蝕むように彼の傷を治癒していく。

 浜谷の魔法を受けるカナシはというと、特に何かをされているという自覚はない。

 ただ少しだけ、涼しさを感じているくらいだ。


 ほどなくして、浜谷の瞳から光が消えた。

 彼女は頭に触れて効果を確認すると、満足げに頷いた。


「よし、こんなもんだね」

「ありがとう。それと一応、アヤメの腰も診てやってくれ。突き飛ばされたんだ」

「ケガはしてないのかい?」

「軽く打った程度だと思うが……何かあっても困る」


 心配性の兄さんだねえ、と慣れた手つきでアヤメを抱き上げ、浜谷は彼女を椅子に座らせた。

 元人間の彼女は、医者を志す学生だった。ようやく医師免許を取得して、これからというときに魔術師となり、未来を失ったのだという。

 それでも彼女は人の役に立つことを望み、偶然出くわしたフォルセティのスカウトマンに志願した。

 おかげで隊員たちの多少の傷は《治癒》で治してもらえるため、東京支部に最も欠かせない隊員である。

 能力の価値を差し引いても、その姉御肌は人を惹きつける魅力がある。

 欠かせないというよりは、場の空気を調停するために必要な人間なのだ。


 ――などと彼女を再評価していると、カナシは浜谷からじっとりとした目つきで見られていることに気づいた。


「いくら兄でもレディの体を見ようなんていい度胸だね」

「す、すぐ出るさ」


 しかしながら姉御肌というのは、怒らせると怖い、の裏返しでもある。

 特にアヤメは気に入っているらしく、兄であっても無理矢理引き離して女だけの空間を作ろうとする癖がある。無論、邪魔者は処される。

 カナシは急いでオフィスから廊下に出、息をつく。

 いわゆるレズビアンでないことは彼女自身が公言しているが、それすらも口実に思えて仕方ない。


「つまりアヤメちゃんを取られて悲しいというわけだね」

「そう、その通――のわっ!?」

「相変わらずのシスコンっぷりだねぇ。兄離れしないとか言いながら、君が妹離れできてないじゃないか」

「うるせえよ!」


 人の心を読みながら現れたのは、眼鏡を掛けた白衣の少年/城崎シュン。

 中性的な顔立ちの彼こそが、先の作戦でカナシと通話していた人物である。


「両依存の家族愛、美しいじゃないか。僕としてはそういうものを見ることができて嬉しい限りだよ」

「あのな」

「まあいいさ、ちょっと僕の部屋においで。いいものを見せてあげるよ」

「いや、お前の部屋じゃないだろ」


 マイペースな幼馴染に振り回されて嘆息しながら、カナシは彼のあとをついていく。

 シュンの言う自室とは、カナシが先ほどいたオフィスの隣にある情報処理室のことだ。

 正しくは魔術師ではない、非戦闘員たるシュン専用の部屋と言ってもいい。

 だが実際は違い、誰もが扱うことのできる場所なのだが――ほとんど、彼が私物化している。


 今時珍しいノブのついたドアを開けると、大きめの画面をこれでもかと囲むように周辺機器が備えられている。

 その中で特徴的な3つのモニターの内、シュンは真ん中にあるモニターの電源を入れた。

 すると、カナシは何度か見たことのある公園の地図が表示された。


「日比谷公園?」

「先ほど通報があったらしい。なんでも、怪しいダンボール箱があったんだそうだ」

「中身が何であれ、『開かない』なんて言われない限りはこっちに回ってこないだろ」


 解決不可能とはいえど、もっとアバウトに言えば警察にできない雑用がフォルセティの仕事となることも少なくはない。

 もっともカナシの経験上、ほとんどそんな仕事をした覚えはないのだが。


「僕がただ面白いだろう、というだけで君に見せると思うかい」

「思う」

「心外だなぁ。実際に回ってきたから言ってるんだ」


 本当のことを言っているのだろうが、口調が変わらないままだからいまいち受け入れがたい。

 何年もの付き合いだが、フォルセティに入ってから性格の変わったカナシとは違い、彼を追いかけるようにして入ったシュンには、ほとんど変化が見られない。

 ――それが、こいつのいいところでもあるんだろうけど。


「箱は君たちが追いかけっこしている間に回収された。問題は中身にあるわけだ」

「つまり、《警察うえ》の連中はなんだって?」

「魔術師の新鮮な眼球が山ほど入っていたから、犯人を捜せ、とのお達しだ」


 シュンの軽やかな口調からは想像できない重みをもつ言葉に、カナシは思わず唖然とした。

 だがすぐに思考を切り替え、少ない情報の分析を始める。


 新鮮な眼球というには、犯行自体は最近だろう。

 加えて、それが山ほど入っていたのなら、複数犯と考えられる。

 そこまではいい。気になるのは――


「――魔術師の眼球、か」

「そう。君たちが《魔法》を使う媒体だ。マギアウイルスが最も入り込みやすい器官でもある」


 魔術師とは、そもそも人間が進化し、超自然現象《魔法》を得たものと言われている。

 この進化の過程に現れるのが、マギアウイルス。

 感染した人間の細胞や遺伝子の一部、果ては人間がまだ自身で明確に認識してできていない部分――いわゆるブラックボックスまで作り替えてしまう、未知のウイルスである。

 これによって、しばしば感染者の外見が変化することは珍しくない。

 魔法を使う対象を認識する媒体となる、眼球――より正確には言えば、虹彩の色――が代表的な例だ。

 魔術師の代名詞とも言えるそれは、彼らのアイデンティティと言っても差支えはない。


 それが奪われたということは? その問いに対する答えは、カナシの中に一つしかない。


「魔術師嫌いの犯罪集団。《ラプラス》による犯行の可能性が限りなく高いだろうね」

「……さっき、浜谷とその話をしていたところだよ」


 カナシは呆れを通り越して、現実から逃げるように部屋の隅へ視線を向けた。が、すぐに現実に向き直る。


「奴ら、最近何もしてなかったろ」

「どうだろうね。彼らと推測できる犯行は久しいけど、ほかの魔術師絡みの事件に関わっていないとも知れない。さっきのひったくりとかね」

「ああ、聞きたくない」

「残念でした」


 これが現実です、と耳をふさぐカナシの手をシュンが無理矢理引きはがす。

 カナシとて対処しなくてはならないことは分かっているが、こう何度も現れられては自分のしてきたことが無駄に思えてならない。


「そんな調子じゃ彼らの思うツボだよ。やる気をなくしてはフォルセティも意味がない」

「分かってるさ。……捜査を始めるにも、もう少し情報がほしい。明日までにできるだけまとめておいてもらえないか」

「ガッテン。君はアヤメちゃんとイチャイチャして心身を休めておくことだね」

「そうするさ」


 あえてシュンの茶化すような言葉を受け止め、カナシは部屋を出ようとノブに手を掛ける。

 しかし、そこで問題が生じた。

 開かないのだ、まるで鍵がかかったように。


「シュン、これ壊れてないか」

「ん? それで合ってるよ。防犯用に少し弄ってみたんだ。僕の指紋で解錠される」

「……外からは開けられるみたいだな、これ。で、何をする気だ」

「だから防犯用。うっかり何か持ち出されても困るじゃないか」


 持ち出される以前に侵入された時点でアウトだし、閉じ込められたら機材ごとデータを吹っ飛ばしそうな気がしないでもないが――しかし、彼なりの考えはあるのだろうと思い、カナシはそれ以上の追及はしなかった。

 彼がシュンに開けるよう促せば、二つ返事でロックを解除した。


「じゃあ、またな」

「うん。くれぐれもアヤメちゃんには言わないでおくれよ。さすがに刺激が強すぎる」

「分かってるさ」


 微笑を幼馴染に向けて、カナシは部屋を出た。

 本来ならば、一人で毎日のように捜査に出向くことなどしなくていいはずなのだ。

 だが、人員不足という現実問題が許してはくれない。

 魔術師になった一般人が、その事実を隠して社会に留まっているというのもそうだ。

 しかし何より一気に立場が変わったことでほとんどの魔術師は気力が無いうえ、そんな精神状態では機密が漏らされる可能性も決して低くはない。

 浜谷はそれに反するいい例だが、皆がそうというわけでは決してない。


 だからといって人員不足を認めたくはないが、東京支部がたったの6人というのはありえない。

 近隣の支部からの応援が呼べるとはいえど、常駐するのが6人でいいはずがない。


 ――そう嘆いたところで変わるのなら、いくらでも嘆いてやるが。

 魔術師関連の問題に対処するのはいいが、そこに埋もれた諸問題も解決してほしいものだ。

 尽きることのない不満を溜息に混じらせて、カナシはオフィスの自動ドアの近くで壁をノックした。


「浜谷、終わったか。入……」

「ひゃぁんっ!」


 返事代わりに耳朶を打ったのは、妹のものと思しき甲高い声。

 いや、そうと決めつけるのは早い。

 聞き間違いだとか事故だとか妄想とかなんでもいいから違うと思いたかった。


「もうだめぇ、浜谷さぁん!」

「何してんだァァ!」


 怒鳴りながら遠慮なく入れば、長い座椅子にうつ伏せになったアヤメに乗るような態勢の浜谷が、彼女の腰を強く押しているところだった。

 カナシがそれをマッサージだと認めるのに、5秒を要した。


「なに妹に欲情してんだい、シスコン野郎。アタシはなーんにもやらしいことはしてない」

「はぁぁ、ぁん……っ!」

「うそつけ!」

「妹のこんな声、兄のお前でも聞いたことがないだろ。ほれほれ」

「やん、やだぁ! カナにぃの前で、こんな、こんな……!」

「《クリエ》――」

「ちょ、まてまて、アタシが悪かったよ!」


 だから鉄を出すのはやめな、と浜谷が慌ててカナシをなだめる。

 どちらにも非はあるが、強いて言うなら短気すぎるカナシが悪いと言えなくもない。

 カナシは浜谷を睨みつつ、双眸から放っていた赤い眼光を消した。


「まったく物騒なやつだね。腰を打ってたからマッサージしてただけなのに」

「俺にはそう見えなかった」

「悪ノリは謝るさ。それはそうと、アヤメはしばらく激しい運動を控えた方がいいね。なんだかんだで体は子供なんだ、無理はさせられないよ」

「……そうか」


 アヤメには悪いが、丁度良かったかもしれない。これまでにカナシのみが捜査する命令が下ったことは何度かあったが、その度にアヤメが自分も連れて行けと喚いた。

 結局、連れて行ったこともしばしばある。

 しかし負傷しているのなら、十分に納得できる理由になるだろう。

 当の本人はと言えば、断続的に電流を流されるようにぴくぴくと痙攣しているのだが。


「そういえば、城崎となんか話してたのかい?」

「ああ、今はアヤメがいるから詳しくは話せないが……」


 カナシは意識があるのか怪しいアヤメをちらと見ながら、浜谷にシュンからの話を小声で伝えた。

 浜谷はやっぱりか、という呆れた顔をして眉根を寄せ、何も言うことなくアヤメのマッサージを再開した。


「おい、聞いてたか?」

「ああ聞いてたさ。アヤメと戯れてないとやっとられん」

「俺の中でマッサージと戯れが繋がらないんだが」

「気のせいさ。ほれ、休めるときに休んどきな」

「……やりすぎるなよ」


 はぁぁ、と熱っぽい息を吐くアヤメにまた反応してしまったが、浜谷の言葉を信じるほかない。

 あれで実力はちゃんとあるのだ。素人の自分より良い効果は期待できる。

 ――しかしシュンと言い、どうしてこう、優秀なやつの人間性は欠けてるんだ。


 どうせなら二物与えてやれ、と地下(・・)から天に向けて心の中で愚痴を言う。

 カナシは再びオフィスを出て、ベッドのある休憩室へと向かった。


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