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クリエイト・ザ・カラフル  作者: 七々八夕
Ⅰ:《萌芽》-Self-
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《盲目》-Dysacusis-④

 各所からの悲鳴と非常ベルの音が混ざり合い、混沌に満ちた志崎学園。

 その発端となった学生寮の一角では、悪意と葛藤が入り混じり、緊張が張り詰めていた。


「達樹!」

「……ぁ、はが、ッ……!」


 血に塗れた女子生徒――岡崎凛香に右腕で首を絞め上げられた体勢のままでいる島中達樹に声をかけるが、呼吸も難しいのか、声がうまく出ていない。

 輪郭の歪んだ凛香の左手には、ナイフ。まだ血はついていない。

 だが、直後赤黒く染められてもおかしくはなかった。


「歪んでるのは、あなたの心も一緒ですね」


 余裕ぶった凛香の言葉に、カナシは動揺した。

 とても焦点が合っているようには見えない瞳に、全てを見透かされたような気がしたのだ。


「……そっくりそのまま返してやろう」

「でも止められますかっ? 今からわたしは殺して、死にますよ! 痛みも分からなくなるほどに、ぐちゃぐちゃにして!」


 狂気以外に混じり気のない笑い声を上げ、凛香はナイフを見せつける。

 さあ、どうする、と言わんばかりに。


「動揺してる、動揺してる! 悩みがあるんですね! 自分がどうすればいいのか、分からなくなってる! 迷ってたら死んじゃいますよぉ!?」


 ほらほら、と凛香は急かすようにカナシに歩み寄る。

 唐突な犯人との会敵。それはともかくとして、カナシはいま己の判断を、確かな自信をもって下すことができないでいた。

 待っても死ぬ、行っても死ぬ。

 一瞬の隙を突けるような俊敏さを、カナシは持ち合わせてはいない。

 ましてや、こんな状況では。


「カナシさま!」

「ねぇタツキくん、この人たち見殺しにするみたいだよぉ? 可哀想……」


 アイリスの声も、カナシの鼓膜をまともに揺らさない。

 一方で艶めかしい声で達樹に囁きながら、凛香は歩みを止めた。

 距離が縮み、カナシが一歩踏み出せば十分に拳が届く距離だ。


「ねえタツキくん、一緒に死のうよ。もう誰からも、嫌な気持ちにされることなんかないよ。私がしてきたことも、気にしなくていいから」

「ッ、――ッ!」


 何かを必死に訴えようとして、達樹は凛香の腕の中でもがき続ける。


「大丈夫だよ、何も言わなくても。嫌なのは聞こえてるから」

「!」


 凛香の一言で、カナシは察した。

 心中を見え透いたような発言の理由を。外界からの声が届いていないかのような印象の理由を。


「……心を、読むのか……」

「あ、気付いてなかったんですか? 警察気取りの癖に、勘は鈍いんですね」


 確証を得たカナシは、この少女が犯人だと再確認する。

 達樹が憎悪する相手が死んだのも、彼女が心を読んだうえで実行したからだ。

 だが、共犯と思しき魔術師の姿が見当たらない。

 ――いや、今はどうでもいい!


 カナシは頭を振り、凛香を睨みつける。

 殺すか? 生かして捕らえるか?


「余裕ですねえ! そんな算段ない癖に!」

「っ」


 眉を顰めるばかりで、一歩も動かないカナシを煽る凛香。

 痺れを切らしたアイリスが、身を屈めて飛び出した。


「なっ!?」「アイリスッ!?」

「――《クリエイト(・・・・・)》ぉぉぉぉっ!!」


 あどけなくも低い声で唸り、アイリスはコンタクトで保護された瞳を黄色に光らせた。

 まばゆいばかりの光を放つ右拳を突き出し、大きく広げる。

 直後、《異変》は起きた。

 凛香が驚いた一瞬の隙に、アイリスの手から暴風が吹き荒れたのだ。

 耳をつんざく騒音すらも掻き消す勢いで以て、風は凛香らの体を浮かせ、飛ばす。


「がはっ」


 みし、と鈍い音を立て、凛香は壁に衝突する。

 その弾みで達樹が拘束から逃れることに成功するが、床に突っ伏して咳き込んでいる。


「アイリス、おまえ」

「ごめんなさい、かってに、とびだし、て……」


 ふらふらとその場にへたりこんで、アイリスは肩を大きく上下させている。

 慌てて駆け寄ったカナシは彼女の無事を確認し、すぐに凛香と達樹の方へ視線を向ける。


「……謝るのは俺の方だ」


 ――俺はこんな小さな女の子に何をさせているんだ。

 カナシは歯噛みし、目を黄色く光らせて駆けだす。


「《創造クリエイト》、アイロン


 その眼光は右手に集束して、鉄の円柱を生み出す。

 カナシはそれを強く握り、意識のはっきりしていない凛香の下へとさらに加速する。


「殺すんだ! あんなに迷ってたのにっ! もう殺すことしか考えてない!」


 口の端から血を流しながら、凛香は狂乱の叫び声をあげる。


「ああ、殺す。殺すさ!」


 己に暗示するように言い放ち、カナシは鉄棒を凛香に振り下ろす。

 頭でも、腕でも、胸でも腹でもなく――足に向けて。

 鈍い音が鳴る。血は出ていないが、骨が折れたかもしれない。

 カナシは歯噛みし、痛みを与えたという認識を誤魔化そうとする。


「……なに? きれいごとですか?」


 凛香には、何が聞こえたのかは分からない。カナシ自身、いま自分が何を思っているのかも分からなかったからだ。


「……なんですか、それ」


 はは、と凛香の口から乾いた笑いが漏れる。

 それは少しずつ大きくなり、また先ほどのような狂った笑い声を上げ始める。

 鳴りやんだ非常ベルの代わりに響くそれに対し、ようやく回復したらしい達樹が立ち上がった。


「なんで、殺さないんですか」

「タツキくん……ごめんね……一緒に死んであげられなくて……」

「なんで殺さないんですかッ! 何人も殺して、僕も殺そうとしてきた!」


 凛香の言葉も無視して、達樹は拳を握り締めて凛香に歩み寄る。

 カナシは彼が何をするのかを考えるよりも、彼を制止するのが先だった。


「まだ近づくな!」

「僕が殺してやる!」

「あぁタツキくん、わたしを殺してくれるの!? じゃあ死のうよ、死のうよぉ!」


 もはや凛香の痛覚が、いや脳が正常に働いているとは思えない。

 凛香は青が滲み始めた足で床を踏み込み、近くに落ちていたナイフを拾い上げて達樹にとびかかる。

 ここで殺されては意味がない。

 カナシは達樹に体当たりをして、凛香の魔の手から逃がすことに成功した、と思ったが。

 にやりとカナシに向けて笑みを浮かべた彼女は、そのナイフを大きく振りかぶった――そう、アイリスに向けて。

 反射的に飛び出したカナシは、投げられるよりも先にアイリスに向けて手を伸ばし、乱暴に抱きしめた。

 しかし勢いを殺しきれず押し倒すような態勢になる。床に服が擦られながらもカナシは体を丸め、ナイフが当たらないことを祈り続ける。


 ふと、カラン、と音がする。

 何が起きたのか、カナシはすぐには分からなかった。

 恐る恐る身を起こし、彼は凛香の方を見る。

 するとそこには――ゼンマイが切れた人形のように動かなくなった、凛香がいた。


「……体に、負担をかけすぎたんだ」


 全身がガタガタと震え、カナシは立ち上がるのがやっとだった。

 達樹も未だ現実を受け入れ切れていないのか、心ここにあらずといった風だ。

 カナシはおぼつかない足取りで凛香に近づき、腰のポーチから麻酔手錠を取り出した。


「………」


 カナシは何かを言いかけて、しかしぐっとこらえた。

 黒く光る手錠を少女の手首にかけ、麻酔針が彼女の意識を完全に奪うのを確認した。


「……イレブンゼロへ連絡」


 力のない声でリングフォンを起動し、カナシは犯人の確保を警視庁へ報告する。

 後にこの場に残ったのは、沈黙だけだった。

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