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クリエイト・ザ・カラフル  作者: 七々八夕
Ⅰ:《萌芽》-Self-
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《偽命》-Create-③

 平日の昼間であるせいか、乗客の少ない路線バスの車内。

 隣り合わせで座る静葉カナシとアイリスは、一目では兄妹であるようにしか見えない。

 仮にそう思われたとして、カナシはともかくアイリスは気にしないだろう。


「ねえねえカナシさまぁ。たいくつですぅ」

「もう少しで着く。静かにしていろ」


 声からも不快感の滲むアイリスに、カナシはにべもなく応える。

 その視線が、目まぐるしく移り変わる街並みから移ることはない。

 勿論のこと、アイリスの不満は募るばかりだ。


「そういえば、カナシさまがうでにはめてるソレ、なんですか?」

「腕輪型携帯端末、リングフォン。これさえあれば大体何でもできる」


 右手首に装着したそれを見せながら簡潔に答えると、アイリスは「ほへぇ」と分かっているのか曖昧な返事をした。

 そうして彼女が見つめている最中、カナシはアイリスの手首を見てあることが気にかかり、リングフォンを起動した。

 透明な立体映像ホログラムの画面が現れ、物言わず主に指示を乞う。

 カナシはリングフォンに、妹のアヤメが持っていたリングフォンの位置を検索させた。

 だが、GPS情報は検知されない。


 ――部屋に転がっていたような覚えはない。リングフォンごと消えたか、壊されたか?


 不鮮明な点の多い彼の記憶だが、それでもこの推論は新たな謎を呼ぶ。

 強盗の類か、あるいは別の何かか。

 考えても無駄なのかもしれない。

 画面を消去して思索を中断すると、自分の意識の甘さが残り、その主張を大きくさせた。

「いつもアヤメは自分でつけていたから、確認を怠っていたな」と。


「アイリスもほしいです!」

「……その話も後だ。いいから静かにしていろ」


 ぶぅ、と豚の鳴き真似のような声を出して、アイリスはそっぽを向く。

 それからしばらく黙っていたので、カナシは何も言わず窓の外に視線を戻した。


「――んん?」

「どうかしたか」


 車内に沈黙が訪れて、数分ほど経った後。

 車両がバス停で止まると、アイリスが窓の外にある何かを凝視していた。

 訝ったカナシも首を動かし彼女の視線に合わせると、花屋の前で人だかりができているのを認める。

 手前に見えるのは大半が野次馬。その奥に見える、何か動いている人影は。


「あれ、ギョウレツってやつですか?」

「……違う。降りるぞ」


 カナシはアイリスの手を強く引いて、リングフォンで二人分の運賃を払い足早に下車する。

 その理由が分からないアイリスは、眉を顰めるばかり。


「な、なにがちがうのですか?」

「このご時世、花屋の前で人だかりができるはずがない。パフォーマンスをするような恐れ知らずも皆無だ」

「でも、じっさいにできてますよ」

「だから、普通じゃないことが起きてるんだ」


 言いながら、カナシはアイリスと共に人込みをかき分けていく。

 圧力鍋の中に放り込まれたような圧迫感に苛まれながら、抜けた先に有ったのは。


「そら、目ン玉見せてみろよ! コンタクトでも付けてんのか!?」


 制服と思しきエプロンを身に纏う女性の長髪を掴み、瞼を無理矢理に開こうとする暴漢の姿。

 女性の頬には、数回叩かれたような赤い跡がある。

 カナシは男のその一言で、大まかな状況を理解した。


「おい」カナシは低い声で、男の前に立つ。

「あぁ、ガキが何の用だよ?」


 男は眉毛をハの字に曲げて、無遠慮な眼でカナシを睨みつける。

 しかし、カナシが怯むことはない。それどころか、男よりも強く鋭い視線で対峙していた。


「………」

「気に入らねえな、お前も魔術師マギアかよ!」


 男は女性の髪を放し、その拳を固く握る。

 彼の視線から推測するに、目掛けているのはカナシの顔面。当たれば痛いだけでは済まないだろう。

 無論、カナシは黙って受け止める気はない。


 ――気に入らないだけで魔術師と判断か。こいつに脳はあるのか?


「アイリス、離れるな」

「は、はい」

「死ねよ、魔術師ァ!」


 男は勢いよく拳を振りかぶり、思い切り前に突き出した――はずだった。

 直後に響いたのは、確かに肉が固いものと衝突した鈍い音だ。

 ただ、拳が触れたのはカナシではない。

 コンクリートの地面から生えるように出現した、鉄柱。


「なッ」


 拳を弾かれた男の目が、驚愕に見開かれる。

 その隙に、カナシは上着の内側から黒く光る手錠を取り出した。


「女性への暴行。俺に殺意を持って暴力を振るったことは……まあ、いいだろう」


 どうせすることは変わらない。

 カナシは呟いて、素早く男の懐に潜り込んで押し倒す。

 まだ状況の整理が追い付いていないのか、動きの鈍い男の右手首を掴み上げ、鎌で刈り取るかのような動きで手錠を掛ける。

 それと同時に、小さな噴射音が鳴り、中から麻酔針が射出された。

 間もなく、男はその場で寝息を立て始める。

 周囲の沈黙がざわめきに変わり始めたのは、それから数拍を置いた後のことだった。


「ま、魔術師じゃないか」「あんなことをして、正気とは思えない……」「なんで、まだいるんだよ」「誰か、警察呼べ!」「殺されるぞ、逃げろ逃げろ!」「人殺しだー!!」


 野次馬は各々が悲鳴に似た奇声をあげながら、その場を離れていく。

 現場の写真を勝手に撮る者もいれば、本当に警察へ連絡する者もいる。

 何食わぬ顔で去る者はもちろん、その場に残る物好きなどはいる筈がない。

 その方が、カナシにとっては気が楽だった。

 何度も言われてきたことが、己の存在を拒まれることにはいつになっても慣れない。


「カナシさま……」

「これが魔術師おれたちの現状だ」


 カナシはリングフォンから110番――通称、《イレブンゼロ》に連絡しながら、アイリスに冷たく告げる。


「げんじょうって……」

「気にするな、いつものことだ」


 彼は表情一つ変えることなく、女性を花屋の中にある椅子に座らせ、何事もなかったかのようにその場を去っていく。

 ただそこで、《何か》があったのだという標となる鉄柱を置いて。

 アイリスは先行する彼に急いで追いつき、時折振り向きながら彼の傍を歩き出す。


「……ほうっておいていいのですか、あれ」

「先方がやってくれると言うんだから、任せている」

「それに、カナシさま。バスをとちゅうでおりてしまいましたが……」

「どうせすぐに着く」

「ちかくにそれらしきタテモノはありませんし、ケイシチョウもまだとおくですよね?」

「……知っているのか?」

「? はい、もう1kmくらい先ですよね?」


 今日の天気はどうだ、と外で聞かれたような顔をして、アイリスは答えた。

 おそらくカナシが同じことを聞かれても同じ表情をしただろう。

 だが、いま初めて外出したはずのアイリスがなぜ警視庁の、東京の地理を知っているのか。

 地図を見る様子など、今朝起きてから微塵もなかった。


「あの、カナシさま。どうかしましたか?」

「……なんでもない」


 アイリスの一言ではっとしたカナシは、無意識に止まっていた足を再び歩ませる。

 おそらくこれ以上を追求しても、思うような答えは得られない。

 カナシはそう判断し誤魔化したものの、懐疑は拭えなかった。


「それはそうとカナシさま。なぜこんな、ひとけのないところに?」


 カナシがいつもの調子で廃屋に囲まれた路地裏に入ると、アイリスが不安げに問うた。

 彼が警視庁に行くものだと思っていたのだろう。


「オフィスの場所がバレるとまずいんだ」

「はあ、そうですか」


 彼があえて回り道のようなことをするのは、意図的なものだ。

 彼の職場が人気のないところにあるのは勿論だが、警察まがいの仕事をしていること以上に、《彼ら》の存在が公になっては困る者が多くいる。それはカナシとて例外ではない。


「ここだ」

「ここ、って……マンホールですか?」

「そうとも言えるが、そうじゃない」


 はぐらかすカナシに、アイリスはまた首をかしげる。

 カナシはその答えを示すかのように蓋を開け、アイリスと共に穴の中へ潜り込んだ。


「く、くらいですよう」

「我慢しろ」


 不安げなアイリスを置いて少し開けた場所に着地したカナシは、しかしまだどこかにたどり着いたわけではない。

 リングフォンの画面が放つ淡い光を頼りに、カナシは認証装置を発見し、そこにリングフォンをかざす。

 すると数拍を置いた後、認証を示す音が鳴る。びくりと肩を震わせたアイリスを追い詰めるように、さらに壁が動き出して彼女の体を恐怖で小さく丸めた。


「にゃ、にゃんですかっ……!?」

「そう怯えるな、多少の寄り道はつきものだ」


 目に涙を浮かべるアイリスを気にせず、カナシは独りで歩き出す。

 今にも泣きだしそうな彼女は、今度は独りにされたくないと、見た目相応の子供のように後を追う。

 僅かな明かりも梨の礫と化す下水道。

 カナシはここが既に使用されていないと知っているが、それを知らないアイリスにとっては未知の領域そのものでしかないだろう。


「うう、もうなんなんですかぁ……」


 ――フォルセティの位置までは、知らないか。


 くぐもった声のアイリスを試すようにして、カナシはまた一つ彼女を知り、謎を増やす。

 今すぐに自分で解決できるのならそうしたいものだったが、カナシにはそこまでの余裕はない。

 適任の奴に任せよう。そう自分に言い聞かせ、カナシはふと壁に触れて立ち止まる。


「すまないな、着いたぞ」

「え、でもここ……」


 壁ですよ、と言いたげな顔をして、アイリスはカナシに訴えた。

 やはりカナシは気にもせず、壁にリングフォンをかざす。


『UNLOOK』

「寝惚けるな、スペルミスだ」

『ちぇ』


 リングフォンの立体映像の画面に映された文字と短く対話すると、ガチャリ、と重い金属音が響く。

 また肩を震わすアイリス。やはり追い詰めるように、次の音が鳴り響く。壁の一部が変形してドアとノブが形成された音だ。


「なんなんですかぁ、さっきからっ!」

「慣れろ」


 カナシは力を込めて鉄の扉を開き、架空のSF世界に存在するような施設の中へ足を踏み入れる。

 躊躇うアイリスに気付いた彼は、促すように目を合わせた。


「早く入れ。ここが俺の職場だ」

「……ここが?」


 段差に苦戦するアイリスの手を引いて、カナシはすぐに扉を閉じる。

 扉の変形しなおす音に三度肩を震わす彼女の頭を撫でたのは、無意識の行動か。


「フォルセティ。魔術師マギアが魔術師らしく生きることのできる、唯一の場所。ここはその東京支局だ」


 しかしカナシはすぐに手を離して、行動を取り消すかのようにアイリスへ背を向ける。

 ――にーちゃんが守ってやるからな。

 かつて彼がアヤメに向けた言葉が、ふいに脳裏を駆けた。


次回:《盲目》-Dysacusis-

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