《感染》-Infection-
静葉カナシは死の淵に立っていた。
篠突く雨がコンクリートを横殴りするノイズに混じり、二種類のサイレンが彼の鼓膜を掻き乱す。
腹部から流す血液は、雨水の淀みを赤黒く染めて広がっていた。
彼の虚ろな視線は、握りつぶしたがごとくフロント部分を凹ませた自動車に向けられている。
今の彼には、それが自動車と認識できるかも怪しい。
――なぜだ。
カナシは薄れゆく意識の中、何度も問いかけていた。
しかしその問いが何に、誰に向けられたものなのかは、彼自身すでに分からなくなっている。
「大丈夫か!」「早く運べ!」「ストレッチャー急げ!」「衝突した車の運転手はどうした!」「気を失っているようです!」「もたもたするな、出血がひどいぞ!」「HTパックを優先しろ!」「体温が低すぎる……」「乗せろ! すぐに運ぶぞ!」「折れた骨が臓器に刺さっているのか⁉」「まだ間に合う! それ、持ち上げろ!」
周囲を飛び交う叫声も、既に彼には信号を読み取れぬ振動の連続でしかなくなっていた。
ぐらり、と眩暈に似た浮遊感を厭わしく思う余裕もない。
自分が持ち上げられて運ばれている、と知覚するよりも先に、彼の意識は絶えてしまった。
しかし、わずか二週間後。
静葉カナシは傷の痕ひとつ残すことなく、蘇生した。