第九話 渋谷火炎瓶事件
疲れた。
人を殴ることには慣れたつもりだったが、部下を殴るのは全く違う。
川合を彼女の自宅まで送った後、俺はヒーロー活動をせずにアパートに戻った。
「アキラ、お帰りなさい」
疲れた俺をカスミは優しく迎えてくれた。
「ただいま、カスミ」
疲れた俺は、そのまま前に倒れるようにカスミの胸に飛び込んだ。
カスミは重さでその場にへたり込んだ。
「どうしたの?」
カスミは俺の頭を優しくなでる。
「……俺疲れたよ」
「そう……」
それだけ言うと、カスミは俺を抱きしめた。
Tシャツ越しに感じるカスミの柔らかさ、豊満な凹凸が俺の心を揺さぶる。
俺の手は一人でにカスミの腰回りをまさぐっていた。
「あふ……」
カスミの小さな口から吐息が漏れる。
とろけたような顔のカスミ。
段々カスミの顔が、唇が近づく。
キス。
初めてのキスだった。
俺の人生初めてのキス。
カスミの柔らかい唇が、俺の乾いた唇をふさぐ。
それは一瞬の出来事だったのかもしれないが、俺にはとても長い時間のように思えた。
「お風呂行こうか? もう入れてあるから」
カスミは俺の手を引いて、風呂場に連れて行った。
ぎこちない手つきで俺のビジネススーツを脱がす。
俺はされるがままに脱がされた。
カスミはTシャツを脱ぐ。
下に何も着ていないのですぐに裸が露わになる。
「もしかして、一緒に入るつもりか?」
「うん。嫌?」
「そんな、もちろん嫌じゃないけど」
「じゃぁ問題ないね」
ユニットバスの小さな湯船に二人で入る。
「さすがに二人でつかると狭いね」
カスミの大きな胸が湯に浮いていた。
「カスミ……、その、恥ずかしくないのか?」
「初めて会った夜も、一緒に入ったから……」
俺の方は大変だ。
何が大変って、ナニが大変だ。
「カスミ、俺先に出るわ」
前を押さえてユニットバスから上がり、二歩でベッドに濡れた体のままもぐりこんだ。
素早く動いたが、怒張したシンボルは見られたかもしれない。
「そんなに急いで出なくてもいいのに」
カスミはユニットバスから上がり、身体を拭く。
背中を向けているので、足を拭く時の前屈姿勢では秘密の部分が見えた。
俺の一人息子は今、急成長を遂げている!
カスミもベッドにもぐりこんできた。
「アキラ……固くなってるよ?」
「ふぉぉ!?」
「肩、ガチガチだから揉んであげるね」
カスミはしっかりとした手つきで肩をもんでくれた。
◇
翌日、出社すると案の定、川合は出社していなかった。
ユウタも出社していない。もっとも、ユウタについては出社したところで今回の件で辞めてもらう他ないのだろうが。
「今日、ユウタと川合どうしたんだろ?」
マサルが心配する。
「んー、体調不良かな?」
とぼけながら、ユウタの携帯に電話をかけてみる。
当然っちゃぁ当然だが、ユウタは電話に出なかった。
「仕方ない、今日は俺とマサルと山根の三人で何とか頑張ろうや」
必死にメンバーを鼓舞したが、いかんせん作業量が尋常じゃぁない。ユウタの野郎、この状況でいらん事をしやがって!
川合にも電話をかける。
「……はい」
「あ、川合? 大丈夫か?」
「はい、なんとか……」
「無理しなくていいからな。自分のペースでいいから」
「はい……ありがとうございます」
ホントにユウタは馬鹿野郎だ。
明るくて優しかった川合の雰囲気がぶっ壊れてしまった。下手したら川合はこのまま会社を辞めてしまうかもしれない。
ふと俺の頭の中に「ユウタが自殺してるかも」なんて不安がよぎった。
念のため、ユウタに向けて察知魔法を使ってみる。
……ユウタは生きていた。
どこか塾? のような場所にいる。
さて、人員は減ったが、作業は完遂せねばならない。
俺はざっと、残作業の量とこれから確保できる作業量の比較を行う。
残の作業量が5人×40日分、つまり、200人日だ。
これに対し、納期はあと一ヶ月。30日しかない。
今確保できている工数は3人×20日=60人日だ。
不足分である140人日をどのように捻出するか考える。
まずは、一日の作業時間を4時間延ばす。つまり毎日12時間労働だ。
地下鉄爆破事件以降、メンバーたちは迂回路を使って通勤している。
現実的に考えて、午前九時から午後十一時までの12時間労働が限界だろう。
これで3人×4時間×20日÷8時間=30人日を確保できた。
あとは、マサルと山根に休日勤務をお願いする。
マサルは快諾。こういう時に頼りになる。
山根の方は何か御託を並べていたが承諾してくれた。
今月の休日は10日。これをすべて労働時間に充てることで、3人×12時間×10日÷8時間=45人日
これで全部合わせて135人日。
65人日分足りない。
2人増員が必要だ。
さて、本社に面倒な報告をしないといけない。
一つはユウタと川合のこと。
もう一つは増員の打診だ。
本社に電話をかける。総務の女の子が応答した。
俺は部長に電話をつなぐように頼む。
例によって五分程度待たされて部長が電話に出た。
「お疲れ様です、唐澤です」
「おー、アキラどうした?」
「実は……」
俺は昨日起こったことを部長に報告した。
「……面倒なことになったな」
「はい、スミマセン」
「アキラのせいじゃねぇよ。この件については俺が預かっとくわ。お前は川合のフォロー頼む」
「はい、了解です」
「まぁ、落ち込むな。昔はこういう事はよくあったもんだ」
部長はフォローにならないフォローをしてくれた。正直、何の救いにもならない。
「もう一つ相談が……」
「なんだ?」
俺はユウタと川合が不在になったことでプロジェクトが頓挫しそうな旨を伝えた。
「そっちのほうは何とかしよう。本社で作業している人間を2人そっちによこす」
「ありがとうございます!」
仕事の方はギリギリだがなんとかなりそうだ。
◇
ギリギリの状況でも犯罪者は街に溢れている。
俺は午後十一時の退社と同時に察知魔法を発動する。
繁華街の方角に強い悪意を感じる!
意識をそちらの方向に集中する。
渋谷……多数の覆面の連中と警察官がもみ合いになっている。
俺は渋谷に向かって走る。
頭の中にはいつものテーマソングが流れている。
赤坂から渋谷まではすぐだ。
俺は10分ほどで渋谷のスクランブル交差点に到着した。
そして、目の前の光景に驚愕した。
火を噴く渋谷の街。
地面には多数のケガ人が倒れている。
諸悪の根源は、スクランブル交差点の中央に陣取っている覆面の連中だ。
ガソリンの入ったとみられる火炎瓶を周囲に投げつけている。
「やめろ! 悪党ども!」
俺は覆面の連中に向かい叫んだが、周囲の怒声にかき消された。
仕方なく、今日に限っては名乗りを省略し、俺は覆面の奴らを次々に殴り倒した。
一時間ほどで暴徒は鎮圧できた。
その中の一人を見て、俺はまたもや驚いた。
ユウタだ。
ユウタはそのまま警察に連行された。




