第五話 生活と女性、仕事と女性、ヒーローと女性
重みを感じて目が覚めた。
時計を見ると五時だ。起きるにはかなり早い。
重みの正体に目をやると、カスミが一緒にソファで眠っていた。
組成魔法で作った服は消えていて、裸のカスミ。寒かったんだろう。
「ん……」
ゆっくり目を開くカスミ。
「あ、起こしちゃったかな?」
「ううん、おはよ。アキラ」
「おはよう、カスミ。今服作るから」
カスミの身体を見ながら着衣をイメージする。
光が収束してカスミの身体を包む。
我ながら可愛らしい洋服ができた。
「どうだ? 趣味に合うかはわからないけど」
「ありがとう、可愛い」
カスミはにっこりと微笑んだ。
「お腹空いた?」
カスミが聞いてくる。
「あぁ、そうだな」
「私作るよ」
「マジで? ありがとう」
カスミが冷蔵庫を開ける。中にはビールとチーズしかない。
「あらら……」
カスミはこちらを振り返って肩をすくめた。
「ハハハ、男の一人暮らしなんてこんなもんだ」
仕方ないので、カスミと一緒にコンビニまで飯を買いに出掛けた。
カスミは外に出るのは怖いらしく、俺の手をぎゅっと握っている。端から見たら恋人同士に見えるだろう。
朝飯のパンとカスミ用の食料を買ってコンビニをあとにする。
リア充の世界で行われている「同棲」ってのはこういう感じなんだろうか。すげぇ満たされる。
普段、俺は朝飯を食わないが、多分今日からは朝飯を食う毎日になるんだろう。悪くない。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
こんな軽いやり取りで心躍るなんて。
よし、今日も頑張るぞ!
◇
第二期の開発は順調な滑り出しだった。
と、いうのも元請けであるサクセスフューチャー側の担当が斎藤から恩田さんという女性に変わったのだ。恩田さんは産休明けで、斎藤は恩田さんが復帰するまでの仮担当だったようだ。
恩田さんはハキハキとした感じの女性で、開発ミーティングでも分かり易い説明をしてくれた。いかにも仕事のできるクールビューティーといった感じだ。
関係している各社の役割を明確にし、共通の開発線表とマイルストーンを提示する。
いたって当たり前のような事だが、これができない担当は意外と多い。その場合、お互いの役割ややるべき範囲が不明瞭になりデスマーチが発生する。
「……では、この機能に関してはグローバルさんお願いします、仕様については今まとめた通りです」
「了解しました」
「テスト準備の方は弊社メンバーの方で試験文書作成に取り掛かります……」
恩田さんの手際の良さに惚れ惚れし、彼女の言うとおりに動けば良いと思った。
この甘さが後に痛恨のミスに繋がるのだが、この時の俺は気付けなかった。
開発ミーティングが終わりプロジェクトルームに戻る。
ピリリリリ……ピリリリリ……
業務用電話が鳴る。
「グローバルシステムズ、プロジェクトルームです」
川合が電話応対する。
「唐澤さん、サクセスフューチャーの恩田様からお電話です」
「はいよ、サンキュ
……はい、お電話代わりました唐澤です」
「サクセスの恩田です。先ほどはありがとうございました。議事録を送付したので、目を通して頂けますようお願いいたします」
「こちらこそありがとうございました。議事録の件、了解しました」
ほどなくしてウチのメーリングリストに議事録が送付された。
議事録の内容は斎藤の時代とはくらべものにならないほど洗練されていて、決定事項・ToDoが明瞭になっていた。
「へぇ、人が変わるとこんなに変わるもんなんすねぇ……」
ユウタが感心したように言う。
「結構なやり手だよ、恩田さんは」
俺はまるで自分の事のように誇らしい気持ちで言った。
◇
二〇時過ぎ退社。数年ぶりに自炊用の食材をスーパーで買って帰る。
帰宅途中の道で、自室に電気が点いているのが見えた。
帰ったらカスミが居る。
この十年間一人暮らしをしてきて、こんな光景は無かった。軽い脚どりでアパートへ向かう。
「ただいま」
「おかえり、アキラ!」
部屋に帰るとカスミが迎えてくれた。
朝組成した服はとうに崩壊していたのだろう、俺のワイシャツをワンピースのように着ている。
下着を着ていないので身体のラインが露わになっている。
「さびしかったか?」
「ううん、一日お疲れさま。夕飯は? 食べた?」
「いや、まっすぐ帰ったよ」
「じゃぁ、買ってきてくれたもので作っちゃうね」
まるでイメージしていた新婚夫婦のような会話だ。
カスミは手際よくキノコスパゲティを作ってくれた。カスミの作るスパゲティはバターの風味が効いていてとても美味しかった。
食後、少しのんびりする。カスミは洗い物をしている。
今夜は出動しなくてもいいかな……
そんな考えが頭をよぎる。
だめだ。俺はヒーローなんだ。
自分に言い聞かせて察知魔法を発動した。
キタ! どす黒い悪意と性欲。
これはレイプ犯か!
「カスミ、俺行かなくちゃ」
「うん……頑張ってね!」
俺は夜の街に飛び出した。
冬の夜の冷たい空気が頬を刺す。
現場まで20キロ弱といったところか。間に合えばいいが。
人通りのない道で俺は変身する。
黒い光が全身を包み、漆黒のスーツが組成される。
現場が目視できた。
男が女性に向かって走ろうとしている。女性はまだ気づいていない。
俺は男の前に躍り出た。
「やめろ。今ならまだ間に合う」
驚く男と目が合った。
そんな馬鹿な!
それは……ユウタだった。
ユウタは急いでその場を逃げ出した。
その走る足音に女性が振り返る。
その女性は川合だった。
◇
翌日、ユウタも川合も普段通りに出勤してきた。
「あ、アキラさん。今日も早いですね。二日連続でどうしたんですか?」
ユウタはいつも通りの感じだ。
俺は昨夜の出来事が頭の中をぐるぐるしているというのに。
気を取り直して(取り直せないが)、俺は川合のプログラミング研修を始める。
なお、当然イケメン仕様に顔を微調整している。
「ちょっといいですか?」
川合がヒソヒソ声で話す。
「昨日、見ちゃったんですよ。ブラックシャイン」
「へ……へぇー」
自分でも意外なほど裏返った声が出た。
ユウタが聞き耳を立てているのを感じる。
彼も俺の姿を見たはずだ。
「で、どうだった?」
「んー、カッコよかった……のかな? なんとなく唐澤さんに似た雰囲気がありました」
!
恐るべきは女のカン! まさか気付くとは!
「へぇ、そうなんだ。俺も見てみたかったなぁ」
冷や汗が背中を伝う。俺は今、一世一代の演技で茶番を演じている。
「私のマンションの近所、暗くて怖いんですよ」
「それは危ないね」
「一緒に歩いてくれる人がいたらいいんですけど……」
そういって川合が俺を上目使いでチラ見した。
背中にユウタの嫉妬をビンビン感じた。




