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第三話 現場に女子社員が来たが、それどころじゃない

 結局、先週は十件の犯罪行為を成敗した。

 ヒーローになってからの俺の習慣は自分の活躍がテレビに取り上げられてないか、朝の情報番組をチェックすることだ。

 まだどこのチャンネルも俺の活躍を取り上げてはいない。

 まぁ、仕方ないか。解決した犯罪も未遂に終わったものばかりだったし、話題にはし辛いだろう。

 

 もっと大きな悪を倒さないと有名にはなれそうもない。

 

 

 

 午前9時、俺はプロジェクトルームに入る。

 今日は新規参画メンバーが来るから早めに出社したのだ。

 マサルとユウタはすでに出社していて、設計書の修正をしている。


 

 

 午前10時、新規参画メンバーが到着した。

 山根やまね真太郎しんたろう、それから、川合かわい奈保子なおこ

 本社からは飛田と山根の二人増員って聞いていたが、急遽飛田は別の案件に取られちゃったらしく、来たのは川合だった。

 女子社員だ。現場の士気も上がる。これは嬉しいサプライズだ。


 俺は第一開発部に所属しているが山根は第二開発部の所属であまり話したことがない。

 山根は長髪のお調子者で、今時ボイスパーカッションが特技というちょっと痛いやつ。業界歴2年の若造だ。


 河合は俺と同じ第一開発部所属で、この春高校を卒業したばかりの新卒だ。

 可愛い系の顔立ちで、ショートボブ。はっきり言って俺の好みだ。

 今回、ここの仕事に参画したのはOJTの意味合いだろう。


「じゃぁ、全員分の席とPCは用意してあるから、まずはドキュメントに目を通していて」


 俺は新規参画した二人に指示を出す。気分はマネージャーだ。

 このままいくんだったら、来季の昇進は期待したいところだ。


  

 今回開発しているシステムは大手通信企業向けの物流管理システムで、元請けはサクセスフューチャー社、グローバルシステムズ(ウチ)はその下請けとして詳細設計、プログラミング、単体試験を担当している。

 

 開発の予定としては、段階的に現行システムから移行するため、段階的に機能をリリースしていく予定になっている。

 

 先週移管したのは第一弾の機能群だ。

 今は第二弾の機能群の開発に着手している。

 基本的な共通処理やアーキテクチャについては前の担当者である片山のチームがキッチリと作っておいてくれたから、俺たちは業務に特化した処理の実装だけやればいい。

 

 ピリリリリリ……ピリリリリリ……

 

 業務用電話のコール音、サクセスフューチャーの斎藤だ。

 

「はい、グローバルシステムズ唐澤です」

 

「サクセス斎藤です、メール見ました?」

 

「まだ受信してないみたいですね」

 

「ユーザからの要望で仕様変わるんで。詳細はメール見といてください」

 

 そう言うと斎藤は電話を切った。

 電話が切れるとともにメーラーが新規メールを受信する。そこには先日移管したプログラムの新仕様が箇条書きされ、最後に一言「明後日までの対応願います」と書かれていた。

 

「斎藤さん、マジ頭おかしいんじゃねぇ?」

 

 マサルが軽くキレる。俺も同意だ。

 どう見積もっても新仕様を組み込むには四人がかりでも四日はかかる。それを二日で完了させろというのだ。どう考えても徹夜は必至だ。

 俺はメンバーに作業の指示を出すとともに、ダメもとで本社に電話をかける。


「はい、グローバルシステムズです」

 電話口に出たのは総務の女子社員だ。


「お疲れ様です、唐澤です。山田部長に代わってもらえる?」


「どうもお疲れ様です。ちょっと待ってて下さい」


 チャーチャラチャラチャラチャーチャーチャー♪

 保留音が鳴る。恐らく社屋外にある喫煙所に呼びに行っているんだろう。

 余談だが、このありふれた保留音の曲はエドワード・エルガーの「愛の挨拶」という曲だそうだ。


 5分ほどして部長が電話に出た。(部長、一本最後まで吸ってたな……)


「はいよ! どうした?」


「唐澤です。お疲れです。実は……」


 俺はサクセスフューチャーからの無茶振りについて部長に報告した。


「ほーん、そらひでぇなぁ。ご愁傷様」


「ちょいと借りれる人材とかいません?」


「今こっちも手一杯でさ、まぁ頑張ってよ」


「了解です」


 スポットで人借りることも出来なかった。しゃーない、ここは根性で乗り切ろう。





 夜になると血が騒ぐ。

 ここ最近ヒーロー稼業に勤しんでいたが、今日明日は対応できそうにない。

 もし今日殺人事件でも起きたら斎藤は間接的に人を殺してることになるんだぞ、わかってんのか?(わかるわけない)


 ベランダで一服する。

 無駄だとわかっていながらも「察知魔法」を発動してみる。


 

 キタキタキタキタ!

 

 ――激しい殺意!

 これは間違いない。犯罪の感覚だ。

 ……しかし憎悪はない。通り魔か?


 とは言え、今日は本業が忙しい。犠牲者には申し訳ないが……

 俺は後ろめたい気持ちを抱えながら、仕事を続けようとした。



 が、できない。

 頭が殺意から離れない。

 今、誰かが殺されようとしている。

 

 見逃せる訳……ないじゃないか!



 気が付くと俺は夜の街を走っていた。

 自分でも意外だった。仕事が忙しいのに。俺は何をやっているンだ……。



 職場から30キロほど走っただろうか。魔法の力で強化された俺の速さなら30分ほどで到着できる距離だ。

 俺の足は一軒の家の前で止まった。

 

「間に合わなかったか……」

 

 そう直感した。

 玄関のドアを開ける。鍵はかかっていない。

 

 靴のまま歩く足音が二階から聞こえる。足音の方へ俺は走る。

 階段を風のように駆け上る、その途中で居間が見えた。

 

 人が倒れている足が見えた。

 

 全身の毛が逆立つような感覚。

 二階に上がった俺の目に犯人が映る。

 

 黒いジャンパーにジャージ、ニットキャップ。

 右手には……血に濡れた包丁!

 

 それがまさに今、怯えきった子供に振り下ろされようとしている!

 

「やめろぉぉぉっ!」

 

 俺のキックが包丁を持った手を砕く。

 子供は無事だ。それを視界の端で確認しながら驚いた顔をしている犯人の顔面にパンチを叩き込んだ。

 

 鼻の骨、頬の骨を砕いた感覚が拳から伝わる。

 犯人は壁まで吹き飛び、その勢いで本棚が倒れる。

 

「大丈夫かい?」

 

 子供に話しかける。

 

「兄ちゃんは……?」

 

 そうだ、一階に倒れていた。俺は急いで階下に降りる。

 そこには小学校の高学年くらいの少年が倒れていた。腕が大きく切り開かれて大量の血が流れている。

 

「大丈夫か? しっかりするんだ!」

 

 俺は兄の体を抱きかかえ回復魔法で傷口を治療した。

 出血は酷いようだが命には別状ないようだ。

 弟が二階から降りてきて、まだ意識が朦朧としている兄に覆いかぶさる。

 

「兄ちゃん! 兄ちゃん!」

 

 その時だ、二階から物音がしたのは。


「ここにいるんだ、犯人はまだ動いている」

 

 俺は子供をその場に残し、二階に上がった。

 犯人はよろめきながらも立ち上がっている。

 

 死んだ子供の姿が脳裏によぎる。

 

 俺は渾身の打撃を相手の足に、腕に、腹に、顔に放った。

 犯人は動かなくなった。

 

 

 犯人は倒した。


 

 俺はこの家にある固定電話から警察に掛けた。

 あとは警察の仕事だ。

 

「どこに行くの?」

 

 子供たちが怯えた目で俺に尋ねる。

 しかし、このままここにいるわけにはいかない。


「俺は闇に走る光、

 魔法戦士ブラックシャイン

 さらばだ!」

 

 俺は再び夜の街を駆け抜けた。途中複数のパトカーとすれ違う。

 

 

 

 その夜は寝られなかった。

 

 昨夜の事件はニュースになった。

 俺のことにも触れられていた。

 

 ついに俺がメディアに躍り出た!

 しかし、あれだけニュースになりたかったのに、俺の心は晴れない。

 怪我をした子供の姿を考えると手放しには喜べない気持ちだった。


 だるい体を引きずって職場に行く。

 

「アキラさん、なんで昨日途中抜けしたんすか? レビュー溜まってるんですけど」

 

 マサルに叱られる。こいつは部下だが言うべきことは言うやつだ。

 

「スマン、今からすぐやるから」

 

 プログラムの修正箇所についてマサルから説明を受けるが、疲労のせいで頭には全く入ってこなかった。

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