第二話 俺、ヒーローになる ★
さて、ヒーローになると決めた俺だったが、決めることは山ほどある。
名前だったり、コスチュームだったり、決め台詞だったり、必殺技だったり。
そして、そんな非業務よりも切迫していま対応しないといけないのは、目の前の仕事だ。
「アキラさん、プログラム修正完了しました。レビュー(確認の意)お願いします」
「了解。
マサル、見てやって」
「了解っす」
ユウタが修正版プログラムのレビュー依頼を俺に投げてくる。俺はそれをマサルに投げる。
仕事を如何にナチュラルに投げられるか。これも上司の腕の見せ所だ。
一応、俺の名誉のために言っておくが、俺はサボり癖があるわけじゃァない。指揮官が現場作業をしたら現場が混乱してしまうから、作業からわざわざ遠ざかっているのだ。
けしてヒーロー妄想のための時間を確保するためじゃぁない。
ピリリリリリ……ピリリリリリ……
業務用の携帯が鳴る。ほら来た、どうせサクセスフューチャーの斎藤だ。
「サクセス斎藤です。修正版のプログラム出来ました?」
「あ、はい! 今できたところでして、レビュー完了次第そちらへ移管(サーバにプログラムをインストールする作業)に伺いますので」
「早くしてくださいね。こっちは残業発生してるんで」
「はい、承知しました。ASAP(アサップ:なるべく早くの意)で対応しますんで」
鬱陶しい奴だ。新卒のくせに立場を利用して上から目線なのが本当に腹が立つ。テメエの残業なんかこっちの知ったこっちゃない。
「うん、良いんじゃない?」
「ありがとうございます」
丁度マサルのレビューが終わったようだ。マサルがオッケー出すなら、まぁ大丈夫だろう。
「よし、移管行くぞ。ユウタ、CD用意して」
ユウタは移管対象のプログラムをCDに焼いている。その間に俺とマサルはネクタイを締め、客先に行くための服装を整える。
「CD焼けました」
「オッケー、じゃぁそれ持っていくぞ」
俺たちは夜の街をクライアント先まで早歩きで歩いた。
赤坂セントラルタワービルのエントランスに到着する頃には軽く息が切れていた。三十代になってからこういう日常レベルの運動がキツく感じる。
エレベーターで38階のボタンを押しつつ、サクセスフューチャーの斎藤に電話をかける。
「今ビルに着きましたんで、サーバ室への入室手続きをお願いします。作業者は花岡、永田。監督者は唐澤です」
「はいはい」
斎藤は二つ返事で電話を切った。いちいち癇に障る奴だ。
サーバ室の出入り口に行くと、斎藤が足を貧乏揺すりしながら待っていた。「待ちくたびれた」と言う意思表示だろう。面倒くさい。
「じゃぁ、チャッチャとやっちゃって」
面と向かうと年下であることを尚更意識してしまう。
斎藤は今風の若者で、長めの髪は少し茶色、ストライプのスーツを来ている。背は175センチといったところか。細い眉毛がバカっぽい。
「じゃぁ、マサル。移管よろしく」
俺はマサルに移管作業を指示して、横でその様子を監督した。
マサルは手際よくキーボードを叩き、ものの五分で移管作業を終える。
この作業にユウタも連れてきたのは、作業の雰囲気を知ってもらいたいからだ。
「……完了しました」
「ん? お疲れ」
斎藤に作業完了を報告する。
斎藤はスマホを弄っていた。
現場をあとにして、俺たちは再びプロジェクトルーム(という名のマンションの一室)に戻った。
「マサル、ユウタ、今日はもう上がろう」
「うーっす」
「了解です」
「来週からはもう二人現場入りするから、それまでの辛抱だ」
「誰が来るんすか?」
「飛田と山根」
「あぁー……男かぁ……」
「おぅ、男ばっかだ」
そんな他愛のない話をしながら今日は解散にした。
初日ということもあったが、それ以上に今この手にある「魔法」を試したくて仕方なかった訳だ。
「察知魔法」ってのを使ってみる。
事件はないか……?悪い奴はいないか……?
俺は早速「察知」した。
ここから3キロの距離、明確な悪意を持った男が女性のマンションに侵入しようとしているイメージが頭の中に広がった。
「今行くぞ!」
俺は走り出した。
頭の中では自作のテーマソングが流れる。
黒いコスチュームに身を包んだ自分をイメージしながら、風のように速く走る自分をイメージしながら。
魔法の力が無から有を生み、イメージは形となる。
現場についたとき、俺の姿は紛れもなくヒーローそのものだった。
「やめろ! 悪党め!」
悪党は女性の部屋に侵入したばかりのところだった。
「何だお前は?」
俺は子供の頃から温めていた設定を披露した。
「俺は闇に走る光!
魔法戦士ブラックシャインだ!」
悪党は刃物を取り出し斬りつけてきた。
咄嗟の瞬間に攻撃してくるなんて、こいつ暴力に慣れてやがる!
「シャインパンチ!」
身体強化魔法で強化されたパンチが悪党の顔に命中する。拳に相手の骨が砕ける感触を味わいながら、俺は腕を振り抜いた。
悪党は意識を失った。
怯える女性がスマホで警察を呼んでいる。
もしかしたら俺のことを通報している可能性もある。
いずれにせよここから先は警察の仕事だ。俺は現場を去った。
闇の中を走りながら俺は高揚感に包まれていた。
そう! 俺はヒーロー。
魔法戦士ブラックシャインだ!