第一話 俺、魔法を手に入れる
俺は唐澤亮、三十三歳。
グローバルシステムズ株式会社っていう小さいIT企業に勤務しているサラリーマンだ。
身長168センチ体重74キロの体型はお世辞にも良いもんではないし、顔も至って普通。趣味は特撮とプラモデルとエロ動画収集。
どこにでもいる中年に片足を突っ込んだ男だ。
会社ではサブマネージャーのクラスに就いている。
そんな俺だが、今日から新しい職場に配属となった。
新しい職場のロケーションはマンションの一室で、クライアントであるサクセスフューチャー社から徒歩五分の立地だ。
なお、オカルトチックな話だが、このマンションではうちの社員がチーム全員神隠しに遇っている。
その神隠しのせいで前任者が不在となり、俺たちのチームがその穴埋めに入ったって訳だ。
俺はオカルトなんて信じる方じゃないけど、行方不明になった同期の「片山サトシ」は仕事を途中で放り出すようなタイプじゃァない。「何か」があったのは間違いないと思う。
とは言え。だ。
この山を片付けないとクライアントから違約金を請求されちまう。俺は連れてきた部下たちにパソコンの中にあるデータの確認を指示して一服することにした。
最近じゃぁ嫌煙がブームになって一服するだけでいちいちベランダなりに出なくちゃいけない。昔は職場でもタバコが吸えたってのに、全く腹が立つ。
腹は立つがルールはルールだ。部下の目もあるし俺はベランダに出た。
視界の端がキラリと輝いた。無意識に俺はその方向に目をやった。
「なんだこれ?」
そこには大粒の宝石があしらわれた腕輪のようなものが落ちていた。
恐らくは誰かの……多分神隠しに遇ったチームの紅一点、「平田ユカ」の持ち物だったのだろう。
ユカは俺の告白を断って、事もあろうか俺の同期の片山と交際したビッチだ。
片山は俺から見ても仕事のできる奴で、高卒にも関わらず大卒の俺よりも早く出世、マネージャー職に就いていた。同期のよしみでタメ口で話してはいたが、正直同期入社なのに年下の上司にあたる片山は俺にとって友達でもあり、ムカつく存在でもあった。
俺は落ちていた腕輪を拾い、おもむろに自分の腕につけた。女物かと思ったが、意外とすんなり腕におさまった。
その瞬間!
俺の頭の中に膨大な、しかしキチンと整理された情報が流れ込んできた。何なんだコレは?
◇
この腕輪の名前は「魔法石」。嵌め込まれた石の名前は「魔結晶」。「魔法石」は「魔結晶」を動力源として魔法を実行する装置だ。
そもそも「魔法」とは何か? 魔法とは無から有を生み出す技術だ。
この魔法石には、幾つかの魔法がプリインストールされている。
そして、その使用は「念じること」。念じることで魔法は発現する。
これだけの情報が実感を伴って頭の中に入ってきた。
マジか? マジなのか?
俺は試しに咥えたタバコに「火がつく」様をイメージした。
火はついた。
これは……大マジだ。ヤバイ。
◇
魔法を手に入れた俺。
この出来事はどう考えても俺の人生を大きく変える出来事だったが、仕事はそんなこと関係なく動く。
「アキラさん、サクセスフューチャーの斎藤さんから電話です。リーダー出してくれって」
部下の永田裕太が俺を呼ぶ。この大卒新卒はヤセ型でカマキリのような顔をしている。
大学では情報工学を専攻していたらしく、プログラミング能力は下手したら俺より上かもしれない。(もっとも、そうだったとしてもバレないように振る舞うのが上司ってもんだ)
「わぁった、変われ」
俺はユウタの方に手を伸ばした。無意識のうちに腕輪とは逆の手を伸ばしたのは、魔法をバラしたくないって気持ちがあったんだろうと思う。
ともあれ、俺は得意先からの(恐らくは叱りの)電話に出た。
「はい、お電話変わりました唐澤です」
「ったく、やっと繋がったよ。ここ二日ほど電話繋がらなくて困ってたんですけど?」
「あ、申し訳ございません。それが、担当者が事件に巻き込まれたようで……」
「知ってるよ! テレビでもやってるし、こっちにも警察が来たんだから。ホントに勘弁してよ、困るよこういうの」
「誠に申し訳ございません、で本日はどんなご用件でしょうか?」
「どんなご用件だぁーっ? 早くバグった箇所直して納品しろよ」
「あ、その件でしたら、バグではなく追加の仕様変更と言うお話になっていたかと……」
「はぁぁー? こっちは明日から試験なの。わかる? グローバルさん、ちゃんとしてよ」
全く話が通じない客だ。俺たちの業界は元請け、下請けの厳密なカースト制度が存在する。
今話している相手はカーストの上位にあたるため、このような理不尽を言われてもこっちはひたすら頭を下げないといけない。
なお今回の案件で上流工程(顧客の要望をまとめ、方式を決定するフェーズ)を担当するのはサクセスフューチャー社だったが、その担当者である斎藤のクソ野郎はシステムのことを全く理解していない新卒社員だ。
サクセスフューチャー斎藤からの電話は15分に渡った。内容はウチへの非難と無理な要求の押しつけだ。本当に嫌になる。
「おいユウタ、過去メール漁ってサクセスからの仕様変更内容拾ってプログラム修正しとけ」
「了解です」
「あと、マサル。お前は議事録の裏トリな。相手さんが『仕様変更』って言葉使ったはずだから、そこ探しといて」
「うす」
マサルって言うのは花岡勝って言う大卒二年目の部下だ。プログラミングのセンスはイマイチだが、根性はある。俺と同じくらいの背格好で多分童貞だ。
部下に仕事を振った俺は、自分のデスク――片山が使っていたデスクに着き、右手に光る魔法石を見つめた。
さて、折角手に入れた魔法の力だ。腐らせないようにはしたい。
プリインストールされている魔法は七種類。
炎魔法、水魔法
……これらはその名の通り、火を出したり水を出したりする魔法だ。
回復魔法
……ケガを治療する魔法だ。
移動魔法
……手を触れずに物を動かせる魔法。
簡易身体強化魔法
……身体能力が向上するらしい。
簡易組成魔法
……複雑ではない程度の物であれば短時間の間作り出すことができる。
察知魔法
……探し物(人、出来事を含む)を察知する魔法。
これらの魔法を使って、何か人生が大きく変わるか……?
突如俺の頭の中に閃きの光が走った。
そう、子供のころの夢。今では趣味にただのオタク趣味に成り下がっている。
そうだ。俺はこの力でヒーローになろう!
知らず知らずのうちに俺は立ち上がっていた。